Open the Door! (Part 9) - Unraveling the Intricacies of Ryuichi Sakamoto's most challenging piece from "The Last Emperor"
[Abstract: In this article, the super brilliant British gentleman living in my mind will analyze in detail the enigmatic tremolo performance in "Open the Door," a particularly challenging piece to analyze in the soundtrack of the film "The Last Emperor."]
その8からの続きです。今回の分析対象その1は、以下の緑マークぶぶん。
見ての通り、いきなり♭です。それまでは ♯ だったのが、この小節で唐突に♭に変貌するのです。
その謎解きはすでにしているのでここでは繰り返しません。図だけ再掲します。
「A♭」とある調に曲が移ったのですよ。この後の小節で「D」に移ります。
♯ 記号に戻っていますね。上の時計台(四度圏表)は、左回りは ♯ 記号で、右回りは♭記号で調性を表しています。
使う黒鍵の種類を4→3→2と減らしていくよう、このセクションは作られています。これも前に述べたことなので詳しいことは再読して確認してください。
「質問があるんだがホームズくん」
何かねワトソンくん?
「使う黒鍵の種類を4→3→2と減らしていくように設計されているというのなら、こんな風に転調させてもよかったのではないか?」
はは、なかなかいい指摘をするじゃないかワトソンくん。だが却下だ。こんな転調ではただの半音下がりになってしまって、それこそ無限奈落だ。半音下がりの無限奈落。そもそも先の読めるような転調を、あの教授どのがしかけてくるわけがない。以下が実際の転調だ。
彼は先の読めない音を繰り出すときも、実際は必ず何かの法則性に基づいてそうしている。この転調も一見不可解だが、黒鍵の種類が4→3→2と減っていくという法則が発動している。いいかえれば使われる黒鍵の種類が4→3→2と減っていくのであれば、それが上の四度圏表における「4」や「3」にあたる調でなくても、法則からは逸れないことになる。
ランダムに思えて実はある法則性に基づいている…この技が遺憾なく発揮されている彼の楽曲といえば、これかな。映画「戦場のメリークリスマス」のなかの一曲だ。以下の動画はそれのピアノ演奏版。
「ピアノの鍵盤をめちゃくちゃに叩いているような、そうでないような…」
はは、ある法則に従って弾かれているんだよワトソンくん。いかにも教授らしい。この曲のほうの分析と種明かしは後の機会に委ねるとして…
先ほどのこの小節を、どう解釈するね?
「Dメジャー調、なのだよね?」
その前提で分析してみてくれるかね。
「…こんな風かな」
うむ、これでいいと思うよ。して、いかように解釈されるねドクター?
「… わけがわからない」
そうかね? ぼくはすぐピンときたよ。「戦メリ」のラストと同じ響きだなって。
この演奏動画における、教授の右手と左手の、指の動きをよく見てほしい。左手は「g♭」のオクターヴ・ユニゾンを、右手は「f」のオクターヴ・ユニゾンを痙攣させている。つまり「ファ・ファ」を左手が、「ミ・ミ」を右手が奏でている。
この和音は「戦メリ」を貫くメインテーマ的な響きだ。詳しいことはいずれこの曲をじっくり分析する機会があるだろうからそのときじっくり分析する機会を使って詳しく語るので今はしないでおくが、サブドミナント和音が元になっているとだけ述べておくよ。
今ドレミを書き入れてもらった、ここもそうだ。
もっとも、「ファ・ラ・ド・ミ」和音を基本にしながらも、実際には「ファ・ラ・シ・ミ」になっている。どうしてかわかるかね?
「…」
「ファ」と「シ」が増四度音程だよね。これは不安や恐れを刺激する音程だ。サブドミナント和音ならば「ラ」が鳴るところを少しいじって「シ」にしてあるんだ。浮遊する響きに、不安な心が重なる、そういう和音になっている。
「なるほどホームズ、だが下の段にある ソ と ソ♯ はいったい何だろう」
ああこれは ファ・ソ・ソ♯ の三つの音によって、ド・レ・ミ♭つまりマイナーの響きを作っているんだ。これはいわゆる女々しさとか、弱さとかを想起させる音列だ。サブドミ和音の浮遊する響きに、増四度による不安感、そこにさらに女々しさの短三度を重ねることで、3歳にも満たない王子・溥儀のその後の道のりを暗示させているのだよ。
「ううむ、論理の鎖がひとつひとつがっしりとつながっているよホームズ」
ああ、ぼくの人生はいつも退屈さを紛わすための果てなき努力の連続だよワトソン。こういう面白いプロブレムのおかげで、いっとき紛わすことができる。
「人類への貢献はなはだしいね」
ふっ、そうでないこともないというところかね。教授の遺言を思い出すよ。「人生は短く、芸術は長し」
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