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名作になれなかった名作「戦場のメリークリスマス」

映画「戦場のメリークリスマス」はカンヌ映画祭最優秀賞確実と日本では言われ続けて、何もかすらなかったとき、軍曹役で出演したビートたけしが深夜ラジオ番組でこれでもかと悔しがっている様が、今でもYouTubeで聴けます。

どうして期待されたほどの反響が反響しなかったのかというと、私見ですがその原因は複数あります。

ひとつは、ロレンスとセリアズが別々の屋外牢獄で眠れぬ夜を過ごしながら語り合い、朝いよいよ処刑かと思ったら、たけし軍曹が酒に酔った様子で「こんや、わたし、ふぁーぜるくりすます!」と告げて、二人の釈放と、捕虜仲間たちのキャンプに戻るよう促すところ。

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ここ、わかんないですよね。「今日はクリスマスで、私はファーゼル・クリスマス。そう、サンタさんだよ。君たちにプレゼントだ。死刑執行はせず、無罪放免とする」と長々と語るのは野暮ということで、たけし軍曹は「ふぁーぜる・くりすます!」(Father Christmas)を酒に酔いながら繰り返す…

ロレンスは(日本語がわかるということで)それをすぐ理解して、死の一夜を共に過ごしたセリアズに「He thinks he's Santa Claus.」(あいつサンタクロースのつもりらしい)と耳打ちして、これで二人ともすべてを理解してしまうのだから、唐突です。私もよくわかりませんでした。

そこを気にしたのか、脚本を手掛けた大島 with マイヤーズバーグ は、その後こんなシーケンスを挿んできます。

リューイチ所長の前に、ロレンスとセリアズの二人が現れる。所長は驚く。「Lawrecen, why are you here?」(ロレンス、どうしてここにいるのだ?) たけし軍曹が「私が釈放いたしました」と答える。そして怒れる所長に、これこれこういう経緯で私がこの二人を下手人としましたがそれは私の間違いで本当の下手人はほかの捕虜と後で判明したのでその者は処刑しこの二人は無罪釈放しましたすみません所長、と長台詞。「なぜ報告しなかった⁉」「いやーわたくし、あのときかなり呑んでまして」

かなり長い台詞ですたけし軍曹の弁明というか説明。あれですぐ理解できた観客、当時も今もまずいないのではないでしょうか。

ここからは私の想像です。あの弁明台詞、オーシマの当初の脚本には存在していなかったのではないかなって思います。いやあることはあったんだけど、終幕でのロレンスとたけちゃんのやり取りのなかで語られていたのではないかなって気がします。

「いやーミスタローレンス、あれ実は私の判断エラーで、ほかの捕虜が犯人だったのにあなたとセリアズを犯人と私が断定してしまって、後でそれが間違いだと分かったんで、酒を一杯飲んで、アルコールのせいでうっかり釈放しちゃったということであなたたちの死刑執行をもみ消したんですよ、あはは」

それをロレンスが聞いて「あなたらしいよハラ軍曹、命の恩人だ」とすべてを赦免し、たけちゃんが「ふぁーぜる、くりすます」を再び口にして、これがラストのあの顔ドアップでのあのセリフに係り結びして、終。

そういう脚本だったと想像します。

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しかしそれを読んだイギリス人脚本家ポール・マイヤーズバーグが「それならそうとそのときに謎解きしないと英語話者の観客はついてこられないと思う」と口を出してきて、それでオーシマが構成を変更したんじゃないかなって、これは私の想像です。

事実、公開当時のインタビューのなかで監督さんは、脚本を磨き上げていく作業工程において、ポールとのあいだでそういうことが何度かあったと(どのシーンについてかは特定していなかったけれど)振り返っています。

日本語と英語の両方を毎日使っている私には、イギリス人脚本家からオーシマへのこの指摘が、体でわかる気がします。英語って実際そういう風だから。何か疑問が生じたら、その時その場で答えてあげる、そういう言語です。

それで映画では、たけし軍曹がリューイチ所長への釈明という体裁で、釈放のいきさつを語らせたのです、きっと。

ただそのせいでいろいろ分かりにくさが生じてしまいました。酒の勢いでやったことは大目に見てもらえるというのは、日本の男子間での不文律です。外国の観客にはそういうのはわからない。わからないからたけし軍曹の弁明を(字幕であれ吹き替えであれ)理解しきれない。

たけちゃんのサディスティックだが機転の利く、誠実なキャラクターのおかげでなんとか保っているけれど、そうでなかったらもうあそこで論理の糸が切れてしまって、観客の大半は脱落していたのではないでしょうか。

リューイチもまた、サウンドトラックを作りながら、この点について気づいていたと私はみます。そこで「ふぁーぜる、くりすます!」の場面で、あのテーマ曲の変奏をあてて、それをラストシーンへの係り結びとして仕込んだのだと推理しますが、どうでしょう大島さま。

脚本の不完全さを、たけしの天才的存在感と、龍一の秀才的音楽演出が、首の皮一枚で支え切ったのでした。
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