バルセロナ五輪でモーツァルトしよう
Abstract: "El Mar Mediterrani," composed by Ryuichi Sakamoto for the opening ceremony of the 1992 Barcelona Summer Olympics and conducted by him on the day, features a section that moves towards its climax with a modulation of a perfect fourth upwards in each measure. In the fourth measure, it switches to the parallel minor key, where a melodic minor scale melody creates a musically unnatural descending line. This serves as a setup for moving towards the ultimate climax in the following section. This technique was also used in the famous melody at the beginning of the first movement of Mozart's Symphony No. 40.
[追記 本論考で使われている楽譜は、とある方の採譜に基づくものです。作曲者による楽譜の分析は後日]
以下の続きを続けます。
前半4小節(正しくは全16小節の後半冒頭4小節ですが)についてです。
ドレミを入れてみると…
一小節毎にどんどん転調しているので、色分けでそれを視覚化してます。
ここはC長調ですね。和音は ド・ミ・ソ・シ だから機能的にはⅠ△7。
ここで四度上に転調してF長調。レ・ファ・ラ に ミ が挿まった和音なので 機能はⅡⅿ。
和声と和声の連結は、下の黒マークの音でなされています。固定ド表記にすると C・B ↘ B♭ おお半音下降ラインです。これのおかげで連結されています。
ここでさらに四度上のB♭長調になって、レ・ファ・ラ・ド に ミ が挿まったものと見れば Ⅱⅿ7。
ひとつ前の和声が Ⅱⅿ で、それが四度上に転調した先でも Ⅱⅿを 保ち、音がひとつ増えてⅡⅿ7 に・・・と解釈できます。
ここはB♭長調がG短調になっています。いわゆる平行調。(どうしてそう断言できるかというと、後で説明します)
ここの和音は ミ・ソ♯・シ・レ に ラ が挿まったものなので、機能的には Ⅲⅿ7。
ここに半音下降ラインがありますね。これが和声進行を滑らかにしてくれています。
全体としては(4度上転調を挿みながら)Ⅰ△7 → Ⅱⅿ → Ⅱⅿ7 → Ⅲ7 ですわ。
それからこの小節がどうして B♭長調ではなく G短調 なのかというと…
ここです。ソ♯ と ファ♯ がありますね。旋律的短音階における⑦と⑥の音です。
短音階には三種類あって、旋律的短音階はこれです。
この音階は、ほかの音階と違って、上昇するときと下降するときで、⑥と⑦の音が変わるのが特徴です。
上のことがらを頭に入れていただいて、下の動きをご覧ください。下降しているのに ソ♯ と ファ♯ のままです。理屈では ソ と ファ でないといけないのに。
旋律的短音階を降りていくとき、わざと音を代えないままにする技が実はあります。
モーツァルトもこれを使っていました。
詳細は省きますが交響曲第40番第一楽章の出だしです。彼の41ある交響曲のなかで最高傑作といわれる、そのなかでとりわけ美しい旋律で、この技が使われています。
旋律的短音階を下がっていくときに⑥と⑦の音がそのままだと、靴の中の砂みたいな違和感が残ります。「あれ、なんだろうこの違和感は」みたいな。
その違和感をバネに、旋律がこの後上昇していくのがパターンです。
ハリウッド映画で「先に行け、私はここで時間を稼ぐ」とかっこいいことを言うところにアメイジング・グレイスの旋律が流れ出すと「ああこいつもうじき天に召されるんだな」って合図です。あれと似ています。
実際、この違和感付き小節の後、さらに盛り上がっていくわけですよこの曲。
前回の分析で私は、ベートーヴェンの最高傑作「第九」の魂がこの曲に仕込まれていると述べましたが、モーツァルトの代表曲「第四〇番」の魂もこの曲には仕込まれているのです。サカモト転調の妙とともに。
感動的です感動してください。