
装画『この本を盗む者は』-メイキング
『この本を盗む者は』
著:深緑野分 氏
刊:KADOKAWA
発売日:2020/10/08
ISBN:9784041092699
デザイン: 鈴木成一デザイン室
装画を担当いたしました。
装画は特設サイトのトップ、PV、新聞広告やwebのバナーなどにも使用されました!また、装画とは別で特設サイト用に物語の舞台「読長町」のマップも描き下ろしました。
自分の描いたイラストをアニメーションにしていただいたのは初めてです!
今回のお仕事では本当にいろいろな展開がされて、嬉しい限り。
1:雑誌連載時の扉イラスト
今回のお仕事はちょっと特殊で、単行本化する前の連載で扉イラストを担当しておりました。その後、単行本化するにあたってあらためて装画をご依頼された…わけではなく、装画はコンペ形式で決めるとの告知が。
めっちゃ描きたかったのに〜!!なんで私じゃダメなの〜!??
と、当時は悔しかったのですが(笑)ちょうど募集期間に仕事や何やらが重なっており泣く泣く応募は見送り…
のつもりでしたがその後また事情が変わり、応募〆切2週間前くらいに「2週間あれば…いけるか…?」と思い直し根性で描き上げました。
(〆切が3月末あたりでちょうどコロナ騒動が深刻になった頃…同時期に東京でのグループ展に参加する予定だったのをキャンセルしたり、まぁいろいろあったのです)
2:コンペ形式
デザイナーの鈴木さんは〈鈴木成一装画塾〉を毎年開催されています。
実際に刊行される原稿を課題とし、制作・プレゼンテーション・講評を行うこの塾、優秀作品があればそのまま装画に採用されます。もちろん報酬も支払われます。
(今回のコンペは「塾」とはまた違うようですが)
私は2014年の東京講座を受講し、鈴木さんとはそこでご縁をいただきました。受講当時は採用ならず…でしたがその後2冊同時のご依頼をいただいて驚いた記憶があります。『この本を盗む者は』で3冊目。
<デザイナー鈴木成一さんからのリクエスト>
「文芸カドカワ」連載の文芸エンタテインメントです。
とある地方都市の個人図書館が舞台です。
主人公は本嫌いの高校生・御倉深冬。
この図書館は曾祖父の嘉市の蒐集によるもので、様々な事情によりここの管理を深冬は任されるハメに。所蔵の本が何者かによって盗まれることから物語は始まります。
連載時はライトノベル寄りのヴィジュアルでしたが、この小説の射程はそれを優に超えたところにあります。読書という、物語というものの可能性をこれでもかっ!というほどに究めた強力、壮大な代物です。
それ故、編集者のリクエストは「ファンタジーでありながら世界文学としての佇まい」です。この本の重量を多くの読者に届ける装画を楽しみにしています。
https://kadobun.jp/news/press-release/dc57td17msgg.html
(電子書籍版には特典として、カバーイラストコンペ応募作品のイラストギャラリーが収録されています!)
3:アイディアスケッチ
ご依頼のお仕事では本制作に入る前に色々と打ち合わせをしますが、今回はコンペへの応募。自分で考えて、自分で決めます。
いただいた原稿を読み込んだら、情報の整理を兼ねてゆるスケッチ。
魔術的現実主義(マジックリアリズム/現実と非現実が融合した作品)を意識したのは連載扉と同じですが、
連載扉では「この先どんな物語が展開するのか」がはっきりわからないまま描き始めたので、装画では可能な限り作中の要素を反映したいと思っていました。
なので物語の舞台「読長町」に登場する書店の名前や外観、作中作に登場するキャラクターや情景についてなどをメモ的に書き出します。
(実際のお仕事でも最初のネタ出しはこんなかんじですが、さすがにこの工程はお見せしません)
4:ラフをすっ飛ばして描き始める
スケジュールが厳しかったのと、自分でも何がどう収まるか描いてみないとわからないと思ったのでいきなり描き始めました。ご依頼のお仕事ではできないやり方です。
(応募の際は装丁デザインまでは求められていませんでしたが、だいたいこのへんに帯やバーコードが入るかな〜というのは意識しています)
連載扉では「本棚から物語の中のキャラクターが這い出してくる」かんじだったのが「本棚そのものが現実の街の建物と同じようにそびえ立っていたり、巨大な本が惑星のように浮遊していたり…」と、より壮大なイメージにしています。
ロブ・ゴンザルベスのような騙し絵っぽいおもしろさを出したい!と思ったので「コンクリートの階段が、積み上げられた本の階段に変質していく。それを主人公・深冬が駆け上がっていく」のを表1(表紙)のメインに据えました。
なのでまずはオレンジ色の本の階段を描きます。右へ左へまがりくねっているので正直これだけでもだいぶしんどい。
5:本棚と巨大な本、本の塔などを描く
パースにそって、細部を描き込みます。
アタリを消して拡大するとこんなかんじ(描ききっていない部分も多々)
人物はこの時点でこんなかんじ。このくらいのアッサリ感もきらいじゃないです。たぶんサイズ的につぶれがちになるだろうな〜とは思いつつ…
6:現実の街並みを描く
表1側の現実世界…古書店「BOOKSミステリィ」や絵本専門店、ブックカフェ、新刊書店「わかば堂」など(※作中の位置関係は無視しています)。
カラーリングはこの時点では決めていません。
左側に建物が続いているな、よく見れば本屋っぽいかな?というのが伝われば十分というかんじです。
イラストの中に文字を入れ込むとタイトルを入れるときにノイジーなのではという思いもあったのですが、かつて鈴木さんから賜った「デザインに関してはデザイナーが考えるからイラストレーターはいい絵を描くことに専念して」とのお言葉を支えにとにかく描き進めます。
7:細部の描き込み、彩色
左側の建物に色をつけ、
生い茂る葉っぱや巨大な怪物、黒猫や狐、プロペラのついた気球(ゴンドラ)、ランプとカップの乗ったテーブル…など、本の中の世界のモチーフを盛り込んでいきます。だいぶ完成品の雰囲気に近づいてきました。
応募作では、深冬を本の世界に誘う謎の少女「真白」が本の階段を登った向こう側にいました。
自分で描きながら「このサイズだとほぼつぶれるだろうな」とは思いましたが、真白は現実世界と異世界の境目の、一歩異界側からこちらを見ているようなイメージだったので…ご依頼のお仕事ならご相談できるんですが今回はコンペ。「とりあえず描きたいように描こう」の精神で突き進みました。
また、暗い背景の中にキャラクターが沈み込みすぎないように光を当ててみたり…(地味に本の階段も光と陰を加えていってます)
8:さらにキャラクターを追加、テクスチャをのせ色調整
表4(裏表紙)側に物語世界のキャラクターを追加します。
新郎新婦は第一話の、その後ろの帽子の男は第二話のキャラクターです。
作中作はファンタジックだったりハードボイルドだったりスチームパンクだったり、いろいろな物語の要素が楽しめます。
元ネタは昔々まだ印刷機がなく一冊ずつ手で写本していた頃に、修道士が盗みを防止するためにつけた破門の呪いで、「この本を盗む者は」からはじまる。で、今回の本は目次がちょっと自信あるんですよ。全部タイトルにかかって「第一話 魔術的現実主義の旗に追われる」など呪いの内容になってます。 pic.twitter.com/0DloB9bvu7
— 深緑野分 (@fukamidori6) September 2, 2020
第一話は「魔術的現実主義」すなわちマジックリアリズムの世界に、第二話は「固ゆで玉子」すなわちハードボイルドに、第三話は「幻想と蒸気の靄」すなわちスチームパンクに、第四話は「寂しい街に」すなわち怪奇風味の奇妙な味に、閉じ込められます。第五話は「真実を」――さて、どんな物語でしょうか。
— 深緑野分 (@fukamidori6) September 2, 2020
ここでタイムアップ。
別件のお仕事と並行作業だったので正確なところはわかりませんが、ここまでで2週間たらずくらい。
印刷したものを郵送し、選考結果を待ちました。
ちなみに、上下幅を大きめに描いてはありましたが仕上がりはこんなかんじでトリミングされるイメージでした↓
がんばった。めっちゃがんばった。
コンペ形式のお仕事だと、採用されるかどうかわからないのに全力投球できないよねというスタンスの人もいると思います。
(案件によっては、採用されなくても応募した時点で著作権譲渡に同意したことになるよという規約をしれっと織り込んでいるものもありますし。逆に採用されなくてもプレゼン用の制作費はいただけるという案件も。これから初めてコンペに応募するという人は事前にちゃんと確認をしてくださいね)
私も、全ての案件でここまでやりはしません。
今回は連載の時点で「単行本化するなら装画を描かせて欲しい!」と思っていたのと、すぐに描きたいものが浮かんだのと、たとえ採用されなくても(連載扉を担当していたとはいえ、仕上がったものがふさわしくなければ容赦無く落とされるだろうことはわかっていたので)この作品を仕上げたら自分にとってきっとプラスになると思ったのでがんばりました。
9:採用のご連絡と、修正の打ち合わせ
後日、採用のご連絡をいただけました!ありがとうございました!
そして実際に装画にするにあたって、一点だけ修正のご指示がありました。
こちらのリクエストとしては
「真白」の存在感をもう少し強調したいです。
現状の猫の位置、階段に、向こうを見て座っている、とか・・・
これに対して私がザッと描いたのがこちら
こんなかんじで、顔は見えないくらいでよいでしょうか?
また、右端奥に階段+鳥居を加筆できたらと思っているのですが、どうでしょうか。
その他、細かいところを微調整したいと思っております。
応募いただいた時の形よりもよりよくなったということで、こちらでお進めいただければ、ということになりました。
また、深緑さんにも見ていただいたのですが、真白が手前に来たのがうれしいということで、鳥居もさりげなくてかっこいいと喜ばれていました。
懸案の「真白」ですが、
現状、ちょっと中途半端、曖昧かな、とも思います。
不安げな主人公との対比と、「彼女を守り、導く存在でありながら、希薄な現実感」が表現できると良いのですが・・・
挑戦してみてください。
このやりとりの末、「真白にも本を持たせてみるとか、より意味深なかんじにしてみましょうか」ということで落ち着き、再び制作に入ります。
10:加筆・修正→完成
そして3日ほどかけて出来上がったのがこちら。
・左手前に本を持った真白
(真白を印象的にしたいのと、深冬に注目させたいのとからラフよりかなり暗めの色にしています)
・右奥に鳥居+階段
・画面全体に真珠の雨
・右側背景にビル群とサーチライト、スモーク(ハードボイルドとスチームパンク世界のイメージ)
・怪物のしがみつく本に窓を描き入れて建物のように
KADOKAWAさんから
本作はカバーイラストを使用して広告や動画も作りたいとうかがったので、豪華な感じにしてみてもいいのかなと思い諸々を加筆してみました。
加筆したところはレイヤーを分けておりますので、
ごちゃつきすぎて見づらいようなら加筆レイヤーを削除すればよいかと思います。
事前の打ち合わせよりいろんなものが増えているので、もしかしたら驚かせてしまったかもしれません。
(日程的に描きたいものが全部描ききれるかわからなかったので、「その他、細かいところを微調整したい」というフワッとしたことしかお伝えしてませんでした)
いくつかは「やりすぎ」と削除されるかなとも思っていたのですが、全部盛りで刊行されました。ありがたや。
キャラクターが背景に沈まないように光と陰を調整したり。
絵というのは直し続けようと思えばいつまでも完成しないものですが、どうにか、よりよいものにできたのではないかと思います。
書籍の実物は独特の質感とダークな色味で、webで見るのとはまた違った印象です。ぜひお手にとってお楽しみください。
新型コロナで生活が一変してしまった中フィクションはどんな受け入れられ方をするんだろう、求められるんだろうと思いはするのだけど、10/8に出る新刊はまったく影響を受けていない本で、以前と同じ風景に登場人物は生きています。重いテーマも感動もないと思うけれど、ただ空想を楽しんでもらえたら。
— 深緑野分 (@fukamidori6) August 29, 2020
伝えたいメッセージとかも特になくて。でも『この本を盗む者は』は、一冊でマジックリアリズム、ハードボイルド、スチームパンク、奇妙な味、の物語が味わえるので、お話にたたきこまれて、現実逃避してもらえればいいな、と思っています。
— 深緑野分 (@fukamidori6) August 29, 2020
試し読み
分割掲載ですが第一話「魔術的現実主義の旗に追われる」がまるごと読めるとのこと
余談ですが
鈴木成一さんと装画塾(当初は「装丁イラストレーション塾」)を立ち上げ、企画・運営されていた鈴木優さんが今年転職され、辰巳出版で編集のお仕事を始められたそうです。
その1冊目のお仕事が9月に刊行された
『頭を「からっぽ」にするレッスン』(アンディ・プディコム著)
私はこの本には一切関わっておりませんが、イラストを使用した本を出されていること、なんだか嬉しくなってしまいました。
苗字がお二人とも鈴木さんなので最初はちょっと混乱したのですが(笑)こちらの鈴木さんにも大変お世話になりました。
よろしければこちらもぜひ。
いいなと思ったら応援しよう!
