地球のために生きる
こんにちは、大学5年生です。
1年休学という形で留年していますが、7月から行く予定だった留学がいけなくなり、最近は長期インターンで翻訳機の営業をしたり、就職先の資格の勉強をしたり、日本国内を旅行しまくったりしています。
突然ですが、、
「あなたが生きる意味ってなんですか?? 」
自分はこの問いについて何度も考え、最近見つけれた気がします。
それは、
”地球のために生きる”
です。
何言ってんだこいつと思われると思います。自分も数週間前の自分に言ったら何言ってんだこいつって思うと思います。
こう問われたときに私はある旅に出るまで、答えられませんでした。
「いや、そもそも生きているんじゃなくて生かさせられているんだよ。だって親が子供欲しいって思ったその欲望で生まれて来たんだから。自分が生まれたい生きたいって思って、生まれたわけじゃねえし。」
拗れている自分はこう考えていたので、生きる意味はなんですかとか言われても答えられませんでした。ありませんでした。
そんな中、時間が有り余っているので、日本一周一人旅にいきました。(正確には北日本で来月西日本に行く予定です)
旅の目的はありません。
カッコよく言えば自分探し。実際はひま潰し。
そこで感じたは、圧倒的自然の多さ。日本って大体自然です。人間が住んでいる都市部って超狭いです。(日本は約7割が森林と言われています)
この旅で感じたのは、日本の豊さ。平和さ。
「こんなとこでも電波あるんや」の連続でした。
一人旅をしても事件や事故に巻き込まれず、時には全く知らない人に助けてもらう。
「なんて平和なんだ。なんて恵まれている時代なんだ。」
そう感じました。
100年前からしたら考えられないですよね。自分なんて色黒で彫りも深いから、東北の田舎とかに一人で現れたら東南アジアの昔でいう支那人がきたとか言われて撃たれてたかもしてないんですから。
しかも100年なんて人類が誕生して6500万年と言われている中の100年ですから。ほぼ誤差です誤差。この100年のズレでこんなに世界が変わっているんですから。
そして、こう感じるようになりました。
「この地球、この世界、この社会に感謝しなきゃいけないな」
だって私たちは、無償でこの人類が誕生して以来、一番便利と言われている時代の一番平和な国に生かさせていただいているんですから。
無償で貸してくれる人に感謝するのは当たり前ですよね?
例えば、お金のない大学生が上京した時に、家を探していたとして、
なんか知らないけど、友達から「あ、ここタダで住んでいいよ」ってめちゃくちゃ立地いいタワマンもらったとしたら、どうですか。
怪しすぎるけど、本当に住めて、怪しくもなんともなかったら、その友達に死ぬほど感謝しますよね。
そして、その友達がある時、携帯の充電なくて、充電器貸してって言われたら貸しますよね。なんなら充電器買ってプレゼントとか全然しちゃいます。
「その人の力になりたい、助けたい」
そう思うと思います。
それって、このことにも言えると思いませんか。
無償で生かさせていただいている「地球・世界・社会」の力になりたい、助けたい
会社で働いてお金を稼ぐのも、別に自分のためだけじゃないなって。
そのお金の一部が税金という形で国のもとに行って、世界に還元される。
その税金の使い方がおかしい政治家には投票すべきじゃないし、この世界をより良くようととしている政党とか政治家を応援したい。
もちろん、お金以外にも貢献の仕方はあります。街のゴミを掃除することだったり、1本木を植えてみるだったり、ちょっとご飯お奢ってあげるとかでもいいと思います。
資本主義に生きていて、この時代で競争することとか利益を上げることが大事って考えてしまうのは当たり前だししょうがないと思います。
でも、昔の日本人はアニミズム(自然崇拝)を大切にしてきました。思いやりの国っていうのは今も言われています。
今一度、なんのために生きるのか。目の前の利益だけじゃない、自分の気持ちだけじゃない、アニミズム的なところも考えて行動していきたいなとお思います。
長々となりましたが、読んでいただきありがとうございました。