玉川の南と北の地域格差から川の成分を考えてみた。
玉川には流れている川以上に大きな隔たりがある。関西から引っ越して1週間。自分が感じたことだ。
多摩川と書くと範囲が広すぎるので、東京と神奈川を隔てている多摩川を玉川と呼ばせていただく。
玉川の南は神奈川県川崎市、北は東京都世田谷区。
自分は社会人になるため玉川の南、川崎市に引っ越してきた。
あるのはパチンコ、風俗、消費者金融、道路で寝ている酔っ払い、木に刺さったビールの缶。
20分歩けば玉川にぶつかり、橋を渡ればそこは玉川の北側、天下の世田谷区である。
あるのはおしゃれな家電屋さん、タワマン、整備された公園、高級なカフェ、ニコタマダム、楽天。
いったい玉川には何が流れているのだろうか。何を流せばここまでの差ができるのだろうか。時や場所が違えば、ここには関所や検問所があったに違いない。身分が高い人、パスポートを持たない人じゃないと玉川の北側には入れないだろう。
不思議なことに関所や検問所がないのに、玉川の南にいるような人は北にはいない。まあ実際はたくさんいるのだろうが、あたかも玉川の北側の民のような顔をして堂々と歩いている。
ということは、この川が浄化してくれているのだろうか。人間の汚い部分を川が洗い流しているから玉川の川の水は汚いのだろうか。てことは玉川の川の成分は人間の汚い汚い欲望とかかな。
そんなことを考えながら、数日後、玉川の南側から自分の人生第2章が始まる。
いつか必ず、玉川の北の民になる。検問されても堂々と北側のパスポートを持って、このクソ大東京の世田谷区民となって世田谷ナンバーの車を持って玉川を走ってやる。
そんな決意表明をここでさせていただきました。