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絵空事 -eclipsar- 第8話「照らす月」
「――遙。お帰りなさい」
「ただいま、蓮華おかあさん」
村で起こった惨禍から逃れた蓮華と遙は
その後、十六夜との縁を経て、十六夜のいる山で暮らしておりました。
「怪我は無いようね、良かったわ。――今日は何処へ行っていたの?」
「…あのね、おかあさん。おやまをずっとおりていたら、かざぐるまがたくさんあるところを見つけたの。」
「――風車。」驚いて目を丸くする蓮華をよそに、遙はこくりと頷きます。
おびただしい数のそれらから、ただごとではない何かが起こった場所なのだと感じ、そこには近付かなかったのだ、とも、遙は言いました。
「…あれは、どうしてなの?」
「…。」
俯いた頬には、長い睫毛の翳が落ちました。――とうとうこの時が来たかと、蓮華は僅かに逡巡します。
「…、あれは…」
更に暫しの沈黙ののち、蓮華は重い口を開くのでした。
遙は、蓮華の口から語られる過去を、ただ静かに聴いておりました。
やがて話し終えた頃には、傾いていた陽もとっぷりと暮れておりました。
「――そんなことが、あったの。」
「ええ…。」
蓮華は、この子にどれだけの事が理解出来ただろう、と、窺うような視線をちらと遙に送ります。
遙は少し考えるような仕草をしていましたが、何かを閃いたように辺りを見回すと、その名を呼びました。
「…十六夜おかあさん。」
「――何や。」
日が暮れていたこともあり、名を呼ばれた存在は直ぐに姿を現しました。
翳から音もなく現れたそれに今更怯むこともなく、遙は凛と見つめます。蓮華は十六夜の姿をみとめると、静かに頭を垂れ、僅かに後ろへ身を引くのでした。
いつもと何ら変わらぬ様子の十六夜でしたが、遙は言葉を選びながら――僅かに畏れを含ませて、尋ねました。
「あなたが、このお山のかみさまなの…?」
「そうや。」
十六夜はその問いを咎めることもなく、あっさりと肯定しました。
「…お願いがあるの。もう、村のひとたちを赦してあげて。」
「…。………」
十六夜は、遙の言葉に目を細めます。その眉間には深いしわが刻まれておりました。
「おとうさんが、生きたかったのはわかる。…けれど、村のひとたちも同じだったはずだから。」
銀翅を赦すのなら、村人も赦してやってほしいと、遙は願います。
「…………………。」
十六夜は応えず、目を閉じました。
遙も、蓮華も、十六夜の言葉を待っています。
外で鈴(りん)と鳴く蟲の声だけが、家の中に鳴り響いておりました。
雲の多い日ではありましたが、雲間からは時折、満ちた月が姿を見せました。
その月の光が僅かに十六夜の足元を照らします。幽かに伸びた翳は、その姿をより一層浮かびあがらせるのでした。
「………。うちには、まだ解らへん。」
「…………、うん。」
やがて目を開けた十六夜は、遙の目をひたと見据え、溜息とともに言葉を吐き出しました。
「けど…。あいつに免じて、とりあえずあんただけは見ててやる。」
「うん。」
「そっから先は…、知らんな。あんたら次第。」
「うん、分かった。――ありがとう。」
「…端(はな)から、見るんは決まってた事やし。」
十六夜は、ちらと蓮華を見、眉間のしわを一層深くして言うのでした。
「蓮華おかあさんも、お話してくれて、ありがとう。」
「…、いいえ。あなたも、突然こんな話をされて、驚いたでしょう。」
「ううん。――蓮華おかあさんはずっと、待っててくれたんでしょう?」
「…。……、あなたは強いのね。」
「あいつに、よう似とるわ。」
懐かしそうにぽつりと呟かれた言葉に、蓮華もどこか寂しそうに笑いました。
「――待っていて。きっと、お礼を用意するから。」
どちらの母にも微笑んで、村を想いながら、遙は言うのでした。
やがて、幾年かの歳月を経たのち。
山の木々も年輪を刻み、又、山が赤く燃える季節が訪れました。青々とした木々がその色を掬い取るように、銀翅の魄を宿した遙の血は、緋色の影響を強く受けました。
遙は、長くかかってしまったけれど、いつぞやの礼として、と、緋色の扇子と狐の面を十六夜へと捧げました。
渋々といった様子ではありましたが、十六夜はそれを受け取り、――病に斃れた蓮華亡き後も遙の母で在り続けました。
――木に火を燈せば、燃え上がるのと同じように。
やがてその血は廻り、彼の人へと還るでしょう。
例え、石より生じた雨が灯を消そうとも。
宵の月は地を照らし、木々は焔を育むでしょう…。
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