絵空事 -suerte-
「…なぁ、あんた」
「うん?」
「いっつも何がそんなに面白ぅて笑うてるんや?」
「…どうしたんだい、唐突なことを聞いて。」
突然の十六夜の問いに、銀翅は目を丸くしました。
そんな銀翅とは対照的に、十六夜は目を細め、言葉を続けます。
「うちから見たら、人間なんてもんはしがらみだらけや。…あんたは特にひどいし。――せやのに、何がそんなに面白いん?」
「…へぇ、君でもそんなことを気にするのかい。」
「一応、かみさまなんやけど。…あんたら見てて思った事を言うて、何が悪いの」
「御高説を賜り恐悦至極に存じます。」
なぜかとても楽しそうに、銀翅はくすくすと笑いました。
「…。」
十六夜は言葉もなく、銀翅を見つめました。
その視線を受けた銀翅は、少し遠くを見るような目で、十六夜の問いに答えました。
「……、君の言う、しがらみに縛られた人間として、言わせてもらうとするならば…。」
「確かに人はすぐに、何かの因果に縛られてしまうね。…生まれた場所、生まれた性。各々に役割が考えられている。それをいやがる人間もいれば、…喜ばしいと胸を張る者もいる。」
――私は無論、後者だけれどね。
そう言うと、銀翅は微笑み、尚も続けます。
「誰かひとりが選んだ選択の果てに、誰かが苦しんだり、喜んだりする。…或いはそれを、業と呼ぶのかもしれない。」
銀翅は僅かに俯きました。――今まで関わってきた人々に、思いを馳せているのでしょう。
「全てを己の思うままにやれたらどんなに心が晴れるだろうか。…そう思う事もあるよ。――されど、人は…ひとりでは何も為し得ない。場所を与えられて、役割を与えられて、初めて活きる力もあるんだ。…人は、誰かの業によって生かされている。」
――或いは、殺される。
人の業によって消された物怪達を哀れむように、銀翅は微笑みました。
「…。」
十六夜は、人とも物怪ともつかぬような男に奇妙な眼差しを向けました。
「大きな力を持てば持つ程に、己の決められる事は大きくなる。…君の様にね。」
その眼差しをものともせず、銀翅は続けます。
「――神は、人よりも多くを決められる。多くを生かす事ができ、多くを殺す事ができる。」
「…うちにも、しがらみがあるっちゅうんか。」
「そうだ。…私や他の人間に比べれば、遥かに脆く、弱いだろうが。…私にできるのは、君に、人の業を近付けない事くらいさ。」
――それでも、遥かに自由である十六夜を見、銀翅はしずかに微笑むのでした。
「…で、それの何が面白いん?」
何処か物憂げな表情をした銀翅に、十六夜はつまらなさそうに問いました。
「…? 面白いじゃないか。」
唐突な問いに、きょとんとした表情を浮かべ、銀翅は答えます。
「――人々の不自由さを併せると、何処まで自由に近付けるのか。」
「…。」
銀翅の代わりとでも言うように、十六夜は眉をひそめ、溜息を零しました。
「私が君の一番傍にいるから、君には私しか見えないのかもしれないが…。」
そんな十六夜を見、少し苦く笑うと、銀翅は言うのでした。
「私が君を神として崇めているように、――村の者達も皆がそうなんだよ。…だから、君はこの山の神たりえている。」
「…誰の信仰も集めない神だなんて、独りよがりがすぎると思わないかい? 喩えその神がどんなに強大な力を持っていたとしても、誰もそれを信じないのでは、神だっておもしろくはないだろう?」
「ああ。」
「…そういうことさ。…君の力は、一見君の力であるように見えるけれども、君だけの力ではない。…ね? 面白いと思わないかい?」
銀翅は、村ひとつの信仰を集めたほどの力を持つ神にすら、くす、と笑いかけるのでした。
「……。……………」
少しの間不満そうに銀翅を見つめていた十六夜でしたが、何も言わずに鼻を鳴らすと、呆れたように話すのでした。
「…あんた、遭うた頃から何も変わってへんな。…ほんっまに、けったいな奴。――そないな事考えながら生きとる人間なんか、あんたくらいのもんやろ。」
「――そうかい。…まぁ、私の様な人間がひとりくらいいなくては、それこそつまらない世の中だろうさ。」
そんな十六夜に対してもくすくすと笑うと、銀翅は変わらず和やかに微笑むのでした。
「…大したもんや。」
よくもそこまで自惚れたものだと、十六夜はまたも溜息を吐くのでした。