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12年間まともに話したことがなかった担当美容師さんとの心地よい関係


マルマルモリモリが流行った頃からお世話になっている担当美容師Aさん。あれから早13年、愛菜ちゃんと福くんはハタチを迎え、Aさんは……たぶん私が初めて施術をしていただいた時と同じくらいの、ギリギリ30代といったところだろう。

私が美容院へ行く目的にはカットやカラーの他に「ファッション誌を読み漁る」というのがあって、タブレットに変わる前はいつもAさんが紙の雑誌を数冊並べて待っていてくれて……これが嬉しくてね。あとは必要最低限の会話だけで放っといてくれて。

Aさん、技術もさることながら人柄も良くとても穏やか。感情の振れ幅が小さく、安定していていつも同じ。この安心感たるや。他所へ行けない最大の理由はコレ。

毎回、「こんにちは」から始まって「お気をつけて」まで、まるで巻き戻しをして最初からを繰り返しているみたいに時間が流れる。音楽も同じ。ボサノヴァ。

変化がない。これが実に心地よい。

だけどAさん、いつも声の大きさも同じなのに、一度だけ少し声のボリュームを上げたことがある。私を励ましてくれた時だ。

「その時に出来ることを精一杯やったんですから、後悔することはないです。大丈夫です」

うんうん、と頷きながらきっぱり。

母が入院したタイミングで来ることが出来た美容院。その日はファッション誌どころじゃなくて……少し母のことを話したのだ。

Aさんの言葉にどれだけ救われたことか。

思えば、私が「当たり障りのない話」以外の話をしたのはこれが初めてだった。

*

心も髪も軽くなった帰り道。

常々「電車の窓に映る顔はどうしてこんなにも疲れて見えるのだろう。どうにかならないものか」と思っていたけれど、その日は違った。

こうして「真実の窓ガラス」に映るお疲れ顔の私もなかなかいいじゃない。そう、精一杯やってくたびれきった私の顔。

「いつも同じ」のAさんが、私のために少し時間をかけてブローをして、ちょっと華やかに巻いてくれた……さり気ない心遣いが身に沁みた。

つるつるの髪に天使の輪まで出来ていて、疲れた顔とは少しアンバランスだったけど、「この顔、ずっと覚えとこう」と思った。

*

初めての施術から12年は会話らしい会話をせずに来たけれど、私たちは長い時間をかけて、言葉に頼らないコミュニケーションを重ねながら信頼関係を築いてきたのだろう。

これほどストレスを感じずにいられたのは、きっと私の心の機微を感じ取り、柔軟に対応して下さっていたAさんのお陰だ。

Aさんをいつも同じに感じていたこと、同じ時間が流れているように感じていたこと。「波長が合う」というのはこういうことなのかも知れない……と、私は勝手に思っている。

私が美容院を変える時は、変えざるをを得なくなった時。行けなくなってしまった時。これから先、あと何回くらい行くことが出来るのだろう。

1年に8回として、10年で80回……
結構行けるか。

でも、好きな場所にはなるべく足を運ぼうと思う。

とりあえず、私はあの時のお礼をきちんと伝えたい。

さて、予約しようっと。

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