最後の散歩
昨年の暮れ、亡き母のらくらくホンを解約した。
もう詐欺の電話やSMSしか来ていなかったけれど、それでもなんとなく鳴ると、ちょっと嬉しかった。
春に一度解約を試みたものの、他の諸々とは違い、電話というのは私にとって特別で、母の社会との繋がりを断ち切ることがどうしてもできず、携帯ショップの窓口で気が変わって帰ってきてしまったのだ。
予約の時間に合わせて家を出ると、澄んだ空には星々が美しく、緊張感のある静寂が辺り一面に広がっていた。私は久しぶりのらくらくホンとの外出に母を感じながら、気づけば車椅子の速度で空を見上げながらゆっくりと歩いていた。
左のポケットには自分のスマホ、右のポケットには母のらくらくホン。それぞれ手で触りながら、携帯ショップに向かう。母をこの世に感じさせる唯一のもの……「もうすぐ母が止まる」という思いが、寒さと共に身に染みた。
窓口のお姉さんは春の時も暮れの時もとても優しくて、おそらく私が彼女たちの母親くらいの年齢だったから、そのように接してくれたのだろう。おかげさまで心穏やかに母の電話を解約することができた。
*
「あなたに見せたいものがあるのよ」
私を喜ばせたい母を乗せた車椅子を押してひたすら進む。すっかり小さくなった体、細くなった指で道案内をしてくれたけれど、もうすでに道がよくわからなくなっていたのだろう、とんでもない遠回りをして、やっと辿り着いたイチョウ並木。
「あなたに見せたかったのよ」
黄色い絨毯、たくさんのイチョウの葉が舞う中で、母はほっとしたように笑っていた。「来年も」とは言わず、「次は桜並木を案内するわね。素晴らしいから、きっとびっくりするわよ」と母は言ったけれど、結局、桜も実現することはなかった。
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大通り沿いにある携帯ショップからの帰り道は、すっかり葉の落ちたイチョウの木が点々と続いていて、あの、二人で過ごしたかけがえのない時間が、遠い遠い過去のように感じられた。
ぴんと冷えた空気が頬を刺す。私は車椅子の速さで、どうしてもまっすぐ帰る気にはなれなくて……スーパーで母の好きなものを買って、少し遠回りをして帰った。