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エジンバラの小さなカフェから #5


マジックコーヒーでの仕事はとても楽しいものだった。

毎朝、苦手な早起きをし、目をこすりながら小走りでカフェに向かう。

フラットの玄関を出ると、まだ外は薄暗く、お月様さえ見える日もあった。

月曜はヨガのグループ、火曜日には3人の子供を連れたお母さん、小さなカーラ、2人のIT guys, スティーブ、向かいのパブ、Joiners, Taxiドライバー。

音楽はジャズのジャンルならなんでもかけられる。

ジャズピアノ、ビッグバンド、フレンチジャズ、ジプシージャズ、ボサノヴァもあった。

私が大概かけるのは”Jazz Vocal”というチャンネル。ビリーホリデーやチェットベイカー、サラボーンなど聞き覚えのある歌声が流れる。

朝に決まってお喋りに来るスティーブやグレイヘアのおじちゃんたちは大抵この音楽を聴きながら指をスナップさせたり、リズムに乗って体をスウィングさせながら、私がコーヒーを作るのを待っていてくれる。

時には「この Vocalist 知ってる?もう彼女の声は最高。この曲を聴いて見て」と言いながら鼻歌交じりでゆらゆらと体を揺らしながら、なんとも幸せそうな Gentlemanもいた。

それでも、たまのたまにはスコットランドのグレイな天気に、海や青空が無性に恋しくなり、気晴らしにカリフォルニアやハワイのビーチやサーファーを思わせるようなプレイリストを流す日もあった。

夏でもセーターを手放せないこの地で暮らしていると、たまには陽気なバイブスも恋しくなるのか、入ってきた近所のお客さんもメロディに合わせて口笛を吹いたり歌詞を口ずさんだりしたりして。

それをいいことに悠々と仕事をしていると、オーナーのエレンにさりげなく、いつものジャズチャネルに切り替えられてしまった。


* * *


同じビルから降りてくる常連のお客さんや隣のFlower shopの友人を見送り、バタバタのお昼が終わったころ。

ふと大きな窓越しに外に目をやると、

たま〜に見かけるあの老夫婦の姿。

このカップルを見かけるたびにいつも心を打たれてしまう。

80歳近くにも見えるおじいさんが重そうな車椅子の方に話しかけながら、
それをせっせせっせと押している。

その車椅子に乗っているのは、相方のおばあさん。

おじいさんの話に優しく相槌を打ちながら穏やかな雰囲気を醸し出している。

おじいさんも、片足が弱っているのか、歩調が不ぞろい。

それでも、そんなのお構い無しとでもいうように、

いつも満面の笑顔でおばあさんに話しかけながら、前だけを見て、車椅子を押しならがらズンズンと力強く進んでいく。

その光景に思わずお店のドアを開け、途中まで車椅子を手伝おうかと声をかけたこともあったけど

「なあ〜に、いつものお散歩コースだからね」

そう言いながら、また前をみて車椅子を力強く押しながら、おばあさんと一緒に散歩を続けて行った。

おばあさんの優しい雰囲気、おじいさんのたまらなく幸せそうな満面の笑顔。

この2人の姿が窓越しに見えるたび、いつも胸のあたりに熱いものが一気に込み上げてくる。

それまでお店の中に流れていた空気が一瞬にして止まり、
わたしも、そして周りのお客さんも、それまでの会話や動作を止め、静かにその老夫婦を見守る、そんな神聖な空気が流れる。

このお店で見る光景は時折、まるで映画のワンシーンでも見せられているかのように優しく、愛に満ちていて、とても大切なことを語りかけてくれる。





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