エジンバラの小さなカフェから #4
ある日のお昼。
お店の外にタクシーが止まった。
運転席から出てきたのは片手にNewspaperを持ったちょっと猫背のおっちゃん。
スタスタと歩いてドアを開けて入ってくる。
特に印象的な顔立ちでも装いでもないのだけれど、
素朴なその顔からも、どこか穏やかさが漂っている。
「え〜っと、今日のスープは・・・っと」
と手書きのメニューボードを見てから
「Lentil Soupにパンをつけたのと、食後にラテね」
そう言って窓側のソファに座ってセカンドバッグを横に置くと
さっそくNewspaperを大きく広げて記事を読みふける。
カウンターの向こう側から聞こえてくる、新聞のページをめくる音が心地よくて、わたしもランチを準備するのに無心になれる。
ゆげの上るレンティルスープとパンを持っていくと
小さなテーブルに広げた新聞を寄せてスペースを作ってくれた。
「ありがとう」
そう言って、おっちゃんが丁寧にランチを平らげているあいだ
わたしは他のお客さんにサーブしたり、マグカップをエスプレッソマシンの上に並べたり。
暫くすると おっちゃんがまたこっちにやって来て何やらガラスケースに入ったケーキやペストリーを覗き始めた。
「これがおいしそうだな・・Pearが乗っかってるやつもお願いできる?」
そう言って、洋ナシのタルトを注文し、またスタスタとソファに戻る。
物静かな感じなんだけれど、どこか話しかけやすい雰囲気。
好奇心旺盛なわたしは、やっぱり思わず話しかけちゃったりして。
「何読んでるの?」
そうすると、新聞の次に読んでいた本を見せてくれて
「今ね、スペイン語を勉強してるんだ」
感心するわたしにさらに
「たまにスペイン人のお客がいたりすると喜ばれるんだよね。
日々勉強だね。いつも新しいことを学びたくてさ。
暇さえあればこれで新しい単語を覚えたりしてね。」
そう言って使い込まれた スペイン語びっしりのテキストを閉じて
表紙をちょいっと見せてくれた。
〜 * 〜
このおじさん、ここの常連さんだったみたいで
次の週も、その次の週も、
ふと忘れた頃にふらっと来て、束の間のお昼の時間をここで過ごして行った。
いつも決まってスープとパンを食べ終わった後に、
コーヒーのお供のおやつを頼みにレジ付近に戻ってくる。
そうしていつもの特等席で本や新聞を読んだり、ちょっとしたデスクワークをしながら、1時間くらいここでゆったりしてから、またタクシーに戻っていく。
不思議なことに、
その穏やかな雰囲気なせいなのか
このおじさんがいると、いつもの1時間が2倍にも3倍にも感じられる。
まるで彼の周りでは、時間がゆっくり流れてくれてるように。
そしておじさんがくる時にはたいてい、窓側の特等席が ちゃーんと空いてくれている。
そんな風に何回か顔を合わせてると、自然とおしゃべりするようになっていって この日も、スープのお皿を下げるついでに世間話をしていたら、
こんな話になった。
「 前に交通事故にあったことがあってさ。
すんごい大ケガをしたのさ。
本当に死ぬんじゃないかと思った。
親も、もう俺には会えないと思ってたよ。
脳を手術しなきゃいけなくなっちゃってね。
今でもここに跡があるんだけど・・・」
その穏やかな表情はそのままでまたサラっとおじさんは続ける。
「あの時から全部がガラッと変わって。
命があるってさ、本当にありがたいよ。
生きてるってだけで何でも出来るだろ?」
そう話しているおじさんの素朴な表情がずっと生き生きしてた。
「だから君も感謝して生きなきゃ」ってゆう説教じみたところが全くなくて、本当に自然にそれを話してくれる。
「あの時の気持ちを忘れないようにってね」
そう言っておっちゃんは、腕に大きく入れてあるタトゥーを見せてくれた。
それも
"LIVE YOUR LIFE."
あのでかいタトゥーは一体何が書かれてあるんだろう?
っていつも気になってたわたしは、意外とコテコテ定番のフレーズにちょっとだけ拍子抜けしちゃったけれど(笑)
生きていること自体が、
このおじさんにとっては本当に極上に特別なことで
"だから新しいことを学べるのが楽しいんだよ"
そう言ってる時の目がとってもキラキラしていた。
本を開いて もくもくとスペイン語を勉強している姿を見てるだけで
どれだけ生きるのを嬉しがってるのかがすごく伝わってきた。
* 〜 * * * 〜 *
"LIVE YOUR LIFE."
あの時は拍子抜けしちゃったけれど
でもこうやって書いてるいま
このメッセージの力強さがズシンとハートに響いてくる。
今あのおじさんはどうしてるかな?
きっと元気で、また新しい何かを学んで、忙しくしてるんじゃないかな?
おなじみのScott Monument。
Princes Streetから街を見守ってくれてる⭐️
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