大阪商人の成れの果て (大阪怪談)
(クビなし男から改題、改稿したものです)
……金がないのはクビがないのと一緒や。金さえあれば、クビができてめしが喰える……
「わかってるさかい」
俺の居場所は難波長堀の橋の下。入場料三百円の見世物小屋。午前零時の開店だ。肥った座長がだみ声を張りあげて酔客を引く。
「これが大阪商人が恐れる首なし族や。金がないとクビがまわらなくなり、一銭もなくなるとクビが消えてなくなる。こういう人間はほんまに、おるんやで。お客さん、どうぞなくなったクビに向けてゼニを投げたって。金額が大きいほどクビが早く出てくるでぇ」
クビのない俺はまばらな客を前に手足を動かして拙く踊る。「おおこんなんでも生きとる」「クビどないしてん」そんな声と小銭が飛んでくる。十円二十円ぐらいだとクビなぞ出てくるものか。だがちりも積もればなんとやら、千円ぐらいになるとクビがおぼろげに見えるようだ。
「わあ」「ひゃあ」「もうちょいでクビが見えそうやん」
三千円ぐらいになってやっと観客に俺の顔の輪郭がわかるようだ。
「なんやえらいブサイクやん」
五千円ぐらいで顔の造作がわかるが、誰も俺をイケメンといってくれない。
「キモイ」
せっかく人目に見えるように出てきたクビをうなだれさせ、俺は観客を前に手足を形ばかり動かす。チャラリチャァラリという笛の音がみじめさを引き立てる。二時間後、誰もいなくなった小屋の中で座長の忌々し気な声が響く。
「今日もしけとる。一万円いかへんかった」
笛吹婆が呼び寄せたヘビを殺してかば焼きにしている。俺たちは遅い晩飯を喰って夜明けとともにテントに戻って寝る。ここは一応安全地帯だ。昔ながらの商魂たくましい大阪商人自体が、実は首なし族。だから本当にクビがなくなったら、同情してひそかに保護してくれる。といっても最低限の住まいだが。反面教師にもしているようだ。
事実、俺も大昔は商売をしていたが首が回らず、もげてしまった。金を前にすると、首が出てくる。それで食べていける。さあ皆さん俺のクビなし姿を観に来てください。なんでもええから、ゼニをいっぱい投げてや。
俺は本物の首が欲しい。
挿絵 山下昇平