
長編のRPG小説を書いてみた①
第一章:星屑の予言
エルディア大陸の東端、辺境の地に位置する小さな村、シルヴァニア。ここは「星読みの民」と呼ばれる人々が暮らす村だった。彼らは夜空の星の動きから未来を読み取り、人々に助言を与えることで生計を立てていた。
16歳の少女セレスは、そんな星読みの民の一人だった。しかし彼女には他の村人たちにはない特殊な能力があった。星々の声を直接聞くことができるのだ。
「またあの夢を見た...」
朝もやの中、セレスは村はずれの星見台に立ち、東の空を見つめていた。ここ数日、彼女は同じ夢にうなされていた。赤い月が空を覆い、大地が裂け、無数の影が這い出てくるという不吉な夢だ。
「セレス!早く戻ってきなさい!今日は大切な日でしょう?」
母親の声が村から聞こえてきた。今日はセレスの「星継式」の日。星読みの民として一人前になるための儀式だ。
村の広場には、長老をはじめ村人たちが集まっていた。中央には古びた星図が置かれ、その周りを12本の蝋燭が囲んでいる。
「セレス、前に出なさい」
長老の声に従い、セレスは星図の前に立った。彼女の胸には、母から受け継いだ星形のペンダントが揺れている。
「星読みの民としての真の力を示しなさい」
セレスは目を閉じ、星々の声に耳を傾けた。すると突然、彼女の意識は虚空へと引き込まれていった。
彼女が見たのは、赤い月が昇る夜だった。無数の影が大地を這い、人々の悲鳴が響き渡る。そして、漆黒の翼を広げた巨大な影が空を覆う。
「これは...未来の光景...?」
その時、セレスの意識は急に現実に引き戻された。彼女の周りでは、村人たちが騒然としていた。
「見て!セレスのペンダントが!」
セレスが胸に手をやると、星形のペンダントが青白く輝いていた。その光は次第に強くなり、やがて一本の光の柱となって天へと伸びていった。
「千年に一度の星の子が現れた!」
長老の声が震えていた。その瞬間、遠くで地響きがした。村の外れから黒い煙が立ち上り、不気味な咆哮が聞こえてくる。
「魔物の襲撃だ!」
村人たちが慌てふためく中、セレスのペンダントはさらに強く輝いた。その光を受けて、村の地下から古びた箱が浮かび上がってきた。
箱の中には、星の模様が刻まれた杖と、銀色の鎧があった。セレスが杖に手を伸ばすと、突然、彼女の頭に声が響いた。
『星の子よ、旅立ちの時が来た』
その声と同時に、セレスの体に未知の力がみなぎった。彼女は無意識に杖を振り上げ、空に向かって光の矢を放った。光の矢は空で炸裂し、無数の星屑となって降り注いだ。
星屑が触れた魔物たちは、悲鳴を上げながら消えていった。しかし、セレスはこれが始まりに過ぎないことを直感していた。
「私は...どこへ向かうべきなの?」
彼女の問いかけに、ペンダントがかすかに脈打った。それは東の方角を示しているようだった。
「セレス!」
幼なじみのカイルが駆け寄ってきた。彼は村一番の剣の使い手で、いつもセレスをからかってはいたが、心から彼女を気にかけている青年だ。
「一人で行くなんて言うなよ。俺もついていく」
カイルの背中には、既に旅支度が整っていた。彼の剣には、セレスの放った星屑がいくつか付着し、微かに光っている。
「でも、村は...」
「心配するな。長老たちが守ってくれる。それより、早く準備しろ。星の子の旅に、俺という最強の護衛が必要だろ?」
セレスは思わず笑みを浮かべた。彼女はカイルとともに村を出る準備を始めた。この時、セレスはまだ知らなかった。彼女の旅が、この世界の運命を変えることになるとは。
東の空には、赤い星がかすかに輝き始めていた。千年ぶりに訪れる「星蝕」の始まりだった。
第二章:東の果ての港町
セレスとカイルがシルヴァニア村を出てから三日が経った。東へ向かう道中、二人は奇妙な現象に幾度となく遭遇していた。
「まただ...」
セレスが足を止め、地面に手を触れる。彼女の指先には、黒く変色した草が絡みついている。通常の枯れ草とは明らかに異なる、不自然な黒さだ。
「これは魔物の瘴気の影響だな」カイルが剣を構え、周囲を警戒しながら言った。「だが、こんな辺境の地でこんなに濃い瘴気が出るなんて...」
「星々が騒いでいる」セレスは首のペンダントに触れた。「何か大きな力が、この地のバランスを崩しているの」
突然、風が変わった。東から吹いてくる風に、潮の香りが混じっている。
「港町が近いな」カイルが目を細めた。「ラヴェンポートまであと半日ほどだろう」
ラヴェンポートはエルディア大陸東端の港町。大陸最大の交易港として栄えていたが、ここ数年は不穏な噂が絶えなかった。
夕暮れ時、二人はようやくラヴェンポートの城壁を目の当たりにした。しかし、その光景は彼らの想像をはるかに超えていた。
「これは...」
城壁の上には、通常の衛兵ではない武装した男たちが立ち並んでいる。その装備は統一されておらず、むしろ海賊のような出で立ちだ。
「妙なことになっているな」カイルが低い声で言った。「正面から入るのはやめた方が良さそうだ」
セレスはペンダントに手を当て、目を閉じた。「地下道がある...港の東側に隠された入り口が」
「相変わらず便利な能力だな」カイルは苦笑しながら、セレスの指示する方向へ進み始めた。
港の東側、廃墟となった倉庫の陰に、確かに隠し扉があった。錆びた鉄の扉は簡単に開き、湿った空気が二人を迎え入れた。
地下道を進むこと約一時間。頭上から人々のざわめきが聞こえてきた。セレスが天井の蓋をそっと開けると、そこは酒場の倉庫だった。
「...だから、あの船はもう二度と戻ってこないんだ」
男たちの会話が聞こえてくる。
「東の海で何かが起こっている。航海士たちは口を揃えて『海が死んでいる』と言う」
「魔物どころの騒ぎじゃない。まるで海そのものが、何かに蝕まれているようだ...」
セレスとカイルは息を殺して話に耳を傾けた。
「最近の漁獲高は三分の一以下だ。このままでは町が持たない」
「それよりあの『赤い月教団』の動きが気になる。あいつら、港の西側の倉庫を買い占めてから、妙な儀式を始めたらしい」
「やめろ。あの話はするな。先月、あの教団のことを調べていた商人が、忽然と姿を消したんだ。まるで海に溶けるように...」
突然、倉庫の扉が開いた。セレスは慌てて蓋を閉じたが、その瞬間、彼女のペンダントがかすかに光った。
「誰だ!?」
男たちの怒鳴り声が響き、足音が近づいてくる。カイルがセレスの手を握り、地下道を駆け出した。
「見つかったか!?」
「いや、もっとまずいことに...」セレスは走りながら答えた。「私のペンダントが反応した。この町の地下には、古代の星読み装置がある。そして、誰かがそれを動かそうとしている!」
二人が地下道を駆け抜けると、突然眼前が開けた。そこは巨大な地下空洞だった。天井からは青白い光が降り注ぎ、無数の機械が複雑に絡み合っている。
しかし、その中心で行われている光景に、セレスは息を呑んだ。
赤いローブをまとった人々が、奇妙な詠唱を唱えながら、中央の祭壇を取り囲んでいた。祭壇の上には、セレスのペンダントと同じ星形の装置が置かれている。
「あれは...『星蝕の鍵』...!」
セレスが叫んだ瞬間、祭壇の装置が赤く光り始めた。天井が震え、砂が降り注ぐ。
「やめないと!あの装置を動かすと、星蝕が加速してしまう!」
しかし、その警告は遅すぎた。装置から放たれた赤い光が天井を貫き、夜空へと伸びていった。遠くで雷鳴が轟き、海が唸りを上げる。
ラヴェンポートの港町は、その夜から永遠に変わってしまった。そしてセレスは、自分たちの旅が、単なる星読みの儀式を超えた何かであることを悟るのだった。
第三章:海鳴りの神殿
ラヴェンポートの地下で「星蝕の鍵」が発動してから一夜が明けた。港町は不気味な静寂に包まれていた。海は鉛色に濁り、波の音さえ聞こえない。空には薄い赤い靄がかかり、太陽の光は地上に届かない。
セレスとカイルは、赤いローブの教団員たちが逃げた地下道を追っていた。道中、セレスは何度も首のペンダントに触れながら、星々の声に耳を傾けていた。
「彼らは東へ向かっている...海の向こうの何かと共鳴しようとしている」
「海の向こう?」カイルが眉をひそめた。「この先には何もないはずだ。古い地図によれば、ここから東は『終わりの海』と呼ばれ、船で渡ろうとした者は誰一人戻ってこなかったという」
「でも、星々は違うことを言っている」セレスの目が遠くを見つめていた。「海の向こうに、古代の神殿がある。星読みの民が最初に目覚めた場所...」
突然、地下道が開け、二人は断崖絶壁の前に立たされた。眼下には荒れ狂う海が広がり、波が岩肌を打ち付けている。しかし、その光景の中に奇妙なものが見えた。
「あれは...?」
水平線の彼方に、巨大な建造物の輪郭が浮かび上がっている。赤い靄の中にぼんやりと浮かぶその姿は、確かに神殿のようだった。
「ありえない...」カイルが目を疑う。「あの距離にあるものが、こんなにはっきり見えるはずがない」
「星蝕の影響だ」セレスがペンダントを握りしめた。「現実と幻の境界が曖昧になっている。あの神殿は、本来ならこの次元に存在してはいけないものなんだ」
その時、背後から足音が聞こえた。振り向くと、そこには見覚えのある顔があった。シルヴァニア村の長老だ。
「長老!?どうしてここに...」
「セレスよ」長老の声にはいつもの温かみはなく、冷たく響いた。「君にはまだわからないだろうが、全ては計画通りなのだ」
長老の目が不自然に赤く光っている。セレスはその変化に気づき、身構えた。
「あなた...本当の長老じゃないですね?」
「鋭いな」長老の姿がゆらめき、赤いローブをまとった男の姿に変わった。「我々は長い間、星の子が現れるのを待っていた。そしてついに、君が目覚めた」
男は手を上げると、空中に赤い紋様を描いた。その瞬間、セレスとカイルの足元が光り始め、奇妙な浮遊感に襲われた。
「待て!何をする気だ!?」カイルが剣を抜こうとしたが、体が思うように動かない。
「心配はいらない。ただ君たちを神殿へお連れするだけだ」男の声が遠のいていく。「星の子とその守護者には、重要な役割があるのだから...」
視界が歪み、意識が遠のく。セレスは最後の力を振り絞ってペンダントに触れた。青白い光が迸り、男の術式に干渉する。
「くっ...!?」
男の驚きの声が聞こえた瞬間、転送の軌道が乱れた。セレスとカイルは虚空に放り出され、暗闇の中を落下していく。
「セレス!手を離すな!」
カイルの叫び声。セレスは必死に彼の手を握りしめた。周囲は真っ暗だが、どこからか潮騒が聞こえる。そして、冷たい水の感触。
二人は浅瀬に打ち上げられていた。眼前には、巨大な神殿がそびえ立っている。しかし、その姿は地上から見たものとは全く異なっていた。
「これは...」
神殿は逆さに浮かんでいた。海面が鏡のように神殿を映し出し、現実と鏡像が入り混じった不気味な光景を作り出している。
「次元の歪みだ」セレスが立ち上がり、ペンダントを握りしめた。「ここは現実と幻の狭間...星蝕が最も強く影響している場所だ」
神殿の扉がゆっくりと開き、中から鈍い光が漏れ出てくる。その光の中に、無数の影が蠢いている。
「行くしかないな」カイルが剣を構えた。「奴らが何を企んでいるのか、確かめてやる」
「待って」セレスが彼の腕を掴んだ。「ここでの戦いは普通じゃない。星蝕の影響下では、現実が簡単に書き換えられてしまう。私たちの記憶さえ、歪められるかもしれない」
「じゃあどうすれば?」
「星読みの力を使う」セレスはペンダントを掲げた。「私たちの存在を星々に刻み込む。そうすれば、たとえ現実が歪んでも、私たちの本質は守られる」
青白い光が二人を包み込む。その瞬間、神殿から不気味な詠唱が聞こえてきた。
「来たのだ...ついに来たのだ...」
「千年の時を超え、星の子が帰還する...」
「さあ、扉を開けよ...『終わりの時』の幕を上げよ...」
セレスは深く息を吸い込み、神殿へと歩き出した。彼女の背中には、カイルがしっかりとついていた。
神殿内部は、外から見た印象とは全く異なる空間だった。無数の鏡が複雑に配置され、現実が幾重にも折り重なっている。一歩進むごとに、景色が変わり、記憶が揺らぐ。
「ここは...星読みの民の真の歴史が隠された場所...」
セレスの声が震えていた。鏡の中に、彼女の知らない記憶が映し出されている。古代の戦い、封印された真実、そして星蝕の本当の意味が。
その時、中央の祭壇から赤い光が迸った。影が形を変え、巨大な門が現れる。
「さあ、星の子よ...」
「真実の扉を開くのだ...」
セレスはペンダントを掲げ、星々の声に耳を傾けた。しかし、その声はこれまでとは全く異なるものだった。それは警告であり、懇願であり、そして絶望の叫びだった。
「開けてはならない...」
「開けるな...」
「開けたら、全てが終わる...」
しかし、もう後戻りはできなかった。セレスとカイルは、真実の扉の前に立っていた。そして彼らはまだ知らない。この選択が、世界を永遠に変えてしまうことを。
第四章:鏡界の真実
神殿中央の真実の扉は、生きたように脈動していた。表面に浮かぶ星図が青と赤の光を交互に放ち、セレスのペンダントと共鳴して不協和音を奏でている。
「この扉...生き物みたいだな」
カイルが剣先で扉の縁に触れようとした瞬間、無数の鏡が同時に軋んだ。鏡面に映った二人の姿が、突然別々の動きを始めた。
「触れるな!」セレスが叫んだ。「ここでは影も実体を持つの。鏡像が暴走すれば...」
警告が遅すぎた。カイルの鏡像が剣を振り上げ、本物のカイルに斬りかかってきた。金属音が響き、本物の剣が鏡像の剣と火花を散らす。
「くそっ!どうすればいい!?」
「鏡の法則を逆手に取るのよ」セレスはペンダントを握りしめ、星の光を集め始めた。「私が鏡面を固定するから、あなたは『逆の動き』をして」
セレスの放った光が天井の星座模様を照らす。鏡の配置が突然意味を持ち始め、無秩序だった反射が幾何学模様を描き出す。
カイルは鏡像と対峙しながら、意識的に動きを反転させた。右に踏み込む代わりに左へ、剣を振り下ろす代わりに突き上げる。次第に鏡像の動きが鈍り、最後はガラスのように砕け散った。
「できた...だがこれは前哨戦に過ぎないわ」
セレスが額の汗を拭う。彼女のペンダントには、微かな亀裂が入っていた。
扉の前まで進むと、突然周囲の空間が歪んだ。床が天井になり、左右が反転し、時間の流れさえ不規則に脈動する。セレスはカイルの手を握り、星のリズムに呼吸を合わせた。
「見て」カイルが床を指差した。石英でできた床面には、古代文字が浮かび上がっている。「お前、これ読めるか?」
セレスは膝をつき、指で文字をなぞった。「...星読みの民は、真実の守護者たりえず。我らが過ちは海を渇き、空を裂き...」
突然、文字が赤く輝きだした。セレスの手が文字に吸い込まれそうになる。「引き込まれる!助けて!」
カイルがセレスを抱きかかえ、必死に引き剥がす。ズルズルと床に引きずり込まれるセレスの腕に、黒い紋様が広がっていく。
「離すなよ!」カイルの筋肉が軋む。その時、セレスのペンダントが爆発的な光を放ち、古代文字を焼き尽くした。
二人は転がるようにして離れ、激しく息を弾ませた。セレスの腕には、古代文字の形の火傷が残っている。
「これは...記憶の封印」セレスは震える指で火傷に触れた。「星読みの民が隠したかった真実。私たちは...」
その言葉を続ける前に、真実の扉が轟音を立てて開いた。中から溢れ出すのは光でも闇でもない、灰色の霧だった。霧の中から、セレスの声と同じ声が響いてくる。
「おいで...」
「知りたいでしょう?」
「あなたの運命を...」
セレスが一歩踏み出そうとした瞬間、カイルが彼女の肩を掴んだ。「待て。これはお前の声か?それとも...」
霧が突然形を変え、二人の眼前に全く同じ自分たちを出現させた。鏡像ではない。血の通った体温を持ち、ペンダントも剣の傷跡も完全に同一の存在が。
「ようやく会えたね」もう一人のセレスが冷たく微笑んだ。「私たちは、あなたたちが扉を開かなかった場合の姿よ」
もう一人のカイルが剣を抜きながら嗤った。「あの時、村でリナを助けなかったら...長老の言葉を信じていたら...違う世界線の私たちさ」
セレスが喉を鳴らした。「多重現実...?こんなものが存在するなんて...」
「星蝕はただの天変地異じゃない」もう一人のセレスがペンダントを掲げた。「これは時空そのものの崩壊。無数の可能性が混ざり合い、収束先を失った結果なの」
突然、神殿全体が激しく震動し始めた。天井の鏡が次々に割れ、無数の世界線が滝のように流れ込んでくる。砂漠の世界、機械に支配された世界、海すら存在しない世界...全てが混ざり合い、塗り重ねられていく。
「選択の時よ」もう一人のセレスが手を差し伸べた。「このまま進めば、全ての世界が消える。でも私と融合すれば...」
「融合なんてさせない!」本物のカイルが斬りかかる。しかし剣はもう一人のカイルに阻まれ、金属音と共に火花が散る。
「お前はわかってない」もう一人のカイルが歯を剥いた。「この娘は世界を救うために生まれた兵器だ。可愛がっている場合じゃない」
セレスが耳を塞いだ。無数の声が直接脳裏に響いてくる。別世界の自分たちの記憶、感情、後悔が洪水のように流れ込む。
「静かに...!」彼女のペンダントが最大の輝きを放った。星座が現実を縫い合わせるように走り、崩壊した空間を一時的に固定する。
その隙に、本物のセレスは真実の扉へ駆け込んだ。灰色の霧の中には、星読みの民の真実が渦巻いていた。
「...っ!」
彼女の目に映ったのは、美しい星空の下での光景だった。古代の星読みの民たちが、巨大な機械を操作している。その機械の中心で、セレスによく似た少女が無数の星の光を吸収している。
「最初の星の子...?」
少女の目から血の涙が流れ落ちる。機械が暴走し、空が裂け、海が逆巻く。長老たちが叫んでいる。「止まれ!時空の炉心が...!」
セレスの意識が現在に引き戻された時、彼女は泣いていた。ペンダントの亀裂から光が漏れ、それが扉の奥へと導く道標となっている。
「わかったわ」セレスが覚悟の表情で立ち上がった。「星蝕を止める方法...それは...」
その言葉が完結する前に、神殿全体を揺るがす爆発が起こった。教団の男たちが、ついにこの空間に侵入してきたのだ。
「時間切れだ、星の子よ」
赤いローブの男が虚空から現れ、セレスの腕を掴む。彼の目には、悲しみと狂気が同居していた。
「お前たちは選ばれし生贄だ」
「時空の炉心を鎮めるための、最後の鍵なのだから...」
カイルの叫び声が遠のいていく。セレスは流れ込む記憶の奔流に抵抗しながら、一つの真実を見た。
彼女のペンダントは、時空の炉心の破片だった。全ては千年単位で仕組まれた循環。そして今、その輪廻を断ち切る時が来ていた。
第五章:輪廻の焔
セレスの意識は、時空の炉心の深淵で漂っていた。無数の光の糸が体内を貫き、過去と未来の記憶が血管を駆け巡る。赤いローブの教団長の声が、遠くから響いてくる。
「ようやく目覚めたか、星の子よ」
視界が徐々に明晰になる。眼前には、古代の星読み装置を拡張したような巨大な機械がそびえ立っている。青白い炎が装置中央で渦巻き、その中に無数の星座が浮かび上がっては消える。
「ここは...時空の炉心の内部...?」
「正解だ」教団長が水晶の床を叩く。床面に浮かび上がるのは、セレスが神殿で見た「最初の星の子」の記憶映像。「我々は千年かけてこの瞬間を準備してきた。お前の魂で暴走する炉心を鎮め、新たな世界を創造する」
セレスの腕に刻まれた古代文字の火傷が疼く。装置から伸びた光の鎖が彼女の四肢を縛り、ペンダントからエネルギーを吸い取っている。
「待て!セレスを離せ!」
轟音と共に壁が崩れ、カイルが煙塵の中から現れた。彼の剣には異世界の星屑が纏わり、通常の三倍の長さに光の刃を伸ばしている。しかし全身に負った傷からは、黒い瘴気が漂っていた。
「愚か者」教団長が憐れむように指を鳴らす。天井から無数の鏡像が降り注ぎ、カイルを取り囲む。「お前の戦いは、既に七十二の世界線で繰り返されている。どの世界でも、お前は彼女を救えずに死んだ」
カイルが鏡像を斬り払いながら咆哮する。「ならば俺が...七十三度目の奇跡を見せてやる!」
剣が放つ光が鏡面を貫く。割れた鏡の破片が新たな世界の窓となり、無数のカイルとセレスが映し出される。砂漠で戦う二人、機械都市で逃げ惑う二人、海の底で息を引き取る二人──。
セレスは装置に縛られたまま、脳裏に直接響く声を聞いた。『覚えていて』最初の星の子の声だ。『私たちは選択を誤った。力で時空を繕い続けるのは、永遠の苦痛でしかない』
炉心の炎が突然赤く変色する。教団長が慌てて制御盤に駆け寄る。「穏やかなる星々よ...これはまさか...!?」
「教団長、あなたこそが『最初の失敗作』だったのね」セレスが縛られたまま笑った。「千年前に炉心を暴走させたのはあなたでしょう?それなのに、自分を正当化するために歴史を書き換えた」
床が激しく震動する。教団長のローブの下から、機械の義肢と光る血管が露出した。「黙れ!私は...世界を救うために...!」
その瞬間、カイルの剣が教団長の背を貫く。しかし傷口から溢れたのは血ではなく、銀色の時空の砂だった。
「遅いぞ」教団長の肉体が砂に崩れ、再構成する。「私は既に時空と同化している。殺すことはできん」
「ならばこれでどうだ!」カイルが懐から取り出したのは、セレスのペンダントの欠片。最初の星の子が遺したもう一つの破片だ。
教団長が初めて動揺した表情を見せる。「まさか...あの時空の砂漠で...!」
「あの日拾ったんだ」カイルが破片を剣に埋め込む。「セレスを守るためなら、何度でも世界を超えてみせる」
剣が放つ虹色の閃光が、時空の砂を蒸発させた。教団長の叫び声と共に装置が暴走し、青白い炎が赤黒く変質する。
「セレス!今だ!」
縛りが解けたセレスは、ペンダントを握りしめて炉心へ飛び込んだ。炎の中には、無数の世界線が収束する光の樹が立っている。
『終わらせよう』最初の星の子が背中を押す。『全ての輪廻を』
セレスの手が光の樹に触れた瞬間──。
***
ラヴェンポートの港町で、漁師の老人が空を見上げた。「おい...見ろよ...」
空を覆っていた赤い靄が晴れ、真っ青な海が姿を現す。波間には、星の欠片のような光が無数に漂っていた。
地下空洞の跡地で、カイルが崩れかけているセレスを抱きしめている。「おい...!しっかりしろ!」
セレスの髪が徐々に透明になり、体中から光の粒子が漏れ出している。「ごめんね...私、全てを燃やしちゃった...」
「バカ!そんな...!」
「でもね」セレスが微笑みながらカイルの頬に触れる。「星の子は...永遠に旅を続けるの...」
セレスの身体が光の花吹雪と共に消散する。カイルの手に残ったのは、ひび割れたペンダントだけだった。
***
そして──。
時空の狭間で、セレスが目を覚ました。眼前には、最初の星の子と無数の自分たちが輪を作っている。
『お帰り』無数の声が響く。『私たちは、星の子の記憶の結晶』
『貴女の選択が、新たな可能性を生んだ』
セレスが自分の体を見る。半透明で、星屑が血管のように流れている。「私は...死んだの?」
『生と死の概念を超えた』最初の星の子が手を差し伸べる。『さあ、選ぶがいい。永遠の安寧か、それとも...』
セレスの目が、遠くの光点に注がれる。そこには、カイルがペンダントを握りしめ、海辺を歩く姿があった。
「教団長の最後の言葉」セレスが呟く。「『時空は螺旋を描く』って...」
彼女の選択は、既に決まっていた。
第六章:螺旋の邂逅
カイルが波打ち際を歩く足が止まった。掌で握りしめていたペンダントが突然熱を持ち、海風に混じって聞き覚えのある香りがした。
「...セレス?」
振り返った先に立っていたのは、白いワンピースを纏った少女だった。海藻のような長い銀髪が風に揺れ、瞳は星空そのものを閉じ込めたように輝いている。しかし確かに、あの笑顔は──
「久し振りね、カイル」
声が聴覚ではなく直接脳裏に響く。少女の足元で砂が螺旋模様を描き、潮騒の音が突然遠のいた。
「お前...セレスなのか?それとも...」
「正確には『彼女が残した可能性の結晶』よ」少女が指先で空中に星座を描く。無数の光点がカイルの記憶を映し出す──神殿での別れ、消散するセレスの微笑み、そしてこの一ヶ月間の孤独な旅路。
「教団長が言っていた螺旋は真実だった」少女の周囲に次元の歪みが発生する。「時空は壊れたテープレコーダーのように、似た悲劇を繰り返す。でも今、特別な『枝』が生まれたの」
突然、ペンダントがカイルの手から浮き上がり、少女の胸元で光り始める。ひび割れが次々に修復され、新たな星座が刻まれていく。
「選択の時よ、騎士さん」少女の背後に無数の門が出現する。それぞれの扉からは異なる時代の喧騒が漏れ聞こえる。「私を止めるか、共に螺旋を登るか」
カイルが剣を構える。「セレスを返せ」
「残念」少女の瞳が赤く染まる。「彼女はもう──」
その瞬間、水平線が裂けた。
漆黒の裂け目から現れたのは、無数の砲門を備えた飛行戦艦だった。艦体には赤い月教団の紋章が刻まれているが、その様式は千年後の未来兵器のようだ。
「時空警察を名乗る者たちよ!」艦内放送が海を震わせる。「歴史改変者セレス・アルマを直ちに拘束せよ!」
少女が嘲笑うように指を弾く。「また出てきたわ、時空の番犬たち」
カイルの眼前で次元が歪み、白い光に包まれる。気がつくと、未来都市の廃墟の中に立っていた。少女は崩れたビルの頂で、無数の戦艦を手玉に取っている。
「見てごらん」少女の声が耳元に響く。「彼らこそ真の敵よ。全ての時代を監視し、自由な選択を奪う者たち」
カイルが瓦礫を蹴り上げて駆け上がる。戦艦の放つレーザーが周囲を薙ぎ払い、少女が軽やかに回避する。その動きは紛れもないセレスそのものだ。
「なぜ俺を連れてきた?」
「あなたの剣に刻まれた星屑が鍵なの」少女が未来兵器の群れを指差す。「あの艦隊の動力源は、私と同じ時空炉心の破片よ」
カイルの剣が共鳴音を立てる。確かに、戦艦の隙間から漏れるエネルギー波形がペンダントと相似している。
「ならば...」カイルが剣に力を込める。「これで斬れるのか?」
「そうとも」少女が背後からカイルの手を包む。「でも覚悟はある?この一撃が、新たな戦争の火種になるわよ」
レーザーの雨の中、カイルは少年時代の記憶を見た。セレスと星を見上げた丘、約束した冒険、そして守りたかった未来──
「くそったれ...!」
剣が虹色の奔流を放つ。光の刃が戦艦群を貫き、時空そのものに傷を負わせる。少女が歓喜の声を上げる。
「素敵!まさに『可能性の剣』!」
しかし勝利の瞬間、カイルの腕が砕け散る。未来兵器の残骸と共に、彼自身の肉体も光の粒子となって分解し始めた。
「...おい、これどういうことだ」
「当たり前でしょ」少女が無慈悲に微笑む。「この時代のあなたは、そもそも存在してないんだもの」
視界が歪む前に、カイルは少女の囁きを聞いた。
「次は中世の戦場で会いましょう。騎士さん」
***
竜の咆哮が響く平原で、セレスが目を覚ました。彼女は錆びた鎧を纏い、右手には星型の紋章が浮かぶ盾を持っている。
「聖女様!魔族の主力がこちらへ!」
叫んだ兵士の顔が、カイルにそっくりだった。遠くの丘には、漆黒の鎧をまとった「魔王」の姿。その面甲の隙間から漏れるのは、紛れもなくあの少女の銀髪だ。
「またこの戯れ...!」セレスが盾を叩きつける。地面から無数の光の鎖が伸び、魔族軍を貫いていく。
「おやおや」魔王が剣を振りながら近づく。「この時代の聖女は格が違うわね」
「戯言はいい」セレスの瞳が冷たい星の輝きを放つ。「あなたは私の影。消えなさい」
その瞬間、天空が割れた。未来の戦艦群が時空の裂け目から現れ、無差別に砲撃を開始する。
「ほら」魔王が嘲笑う。「番犬たちも混ざって、さらに面白くなったわ」
セレスが盾を天空に向ける。星々の光が集束し、時空警察の艦隊を次々に撃墜していく。しかしそのエネルギーは彼女の肉体を蝕み、鎧の下から黒い血管が浮き上がる。
「聖女様!背後に──!」
兵士の叫びが途切れる。セレスの背中を貫いたのは、未来から送り込まれたアンドロイドの刃だった。
「これで...何度目かしら?」セレスの血を舐める魔王が呟く。「あなたの苦しみは、私のごちそうよ」
しかしその時、平原に奇妙な光が降り注いだ。現代のコートを纏ったカイルが、時空の歪みから転移してきたのだ。彼の右腕は機械義手となり、未来の兵器が組み込まれている。
「見つけたぞ...セレス...!」
「カイル!?」二人のセレスが同時に叫ぶ。
魔王が剣を振るう。「邪魔しないで!」
カイルの義手が変形し、時空炉心のコアが露出する。「くたばれ、偽物め!」
三つの存在が放つエネルギーが平原を焼き尽くす。歴史改変の警告アラートが全時代に鳴り響き、時空警察の主力艦隊がついに本格介入を始めた。
セレスは崩れゆく肉体で笑った。「そう...これこそが...私たちの...」
彼女の身体が光に包まれる瞬間、カイルのコアから飛び出した光の鎖が、三人を螺旋状に繋いだ。時空の底から、最初の星の子の歌声が響いてくる。
『さあ、踊りましょう』
『終わりのない螺旋の輪舞を』
要望があれば続きを執筆します。
(スキが50くらい行ったら続き書こうかな)