「毎月マイナス5万円」赤字でアセクシャル本を作る火丁さんが、それでも「幸せ」と語る理由|case.2 後編
「毎月5万円ぐらいマイナス。仕事上、資産運用に関わっているんですけど、私自身がまったく資産形成できてないんです(笑)」
そう語るのは、金融機関に勤務している火丁(あかり)さん。アロマンティック、アセクシャルを自認し、自身の身の回りで起きた出来事を「コミックエッセイ」としてまとめ、2020年から同人誌として販売してきた。30代は「結構楽しかった」と語る39歳に、幸福についての考えと今後の生き方について聞いた(本記事は後編。前編はこちら)
Q6 今、幸せですか?
・「何者かになりたい」という思いはあったが…
――唐突ですが、今、幸せですか?
幸せです。
――なぜ、そう言い切れるんでしょう?
やりたいことがやれてるっていうのと、今が一番自分らしくなれた、そういう状態にようやくたどり着いた感があるんですよね。昔はイラストのプロとかになりたいなとか思ってたんですけど、投稿とかを持ち込んだりするわけでもなく、そんなに絵も上達できなくて。
一方で周りを見ると、結婚とか子育てをみんなしていく。私が他の人に勝てる分野はイラストとかマンガだと思って、そういうところで名声を得たい、別の分野で私はビッグになってやるという野望が20 代のころ、ちょっとあったんですよね。「何者かになりたい」みたいな思いがあったんです。
――その思いは今は変わったんですか?
結局私もだんだん描いていくうちになんかやっぱ絵って結構どんどん描ける人が描けるし、追いつけないような「神絵師」っていっぱいいるし、と思って。今の仕事もいろいろある程度好きだし、絵だけの仕事になるのが結構怖いなっていうのもあって。面白いものはどんどん日々出てきて、上手い絵描きさんで溢れている……。そう考えていった時に、自分の夢を追いかけて貧乏になったりするのは辛いし、絵は趣味と割り切って、楽しく発表できる形でいいんじゃないかと思ったんです。コミティアという場もあるし、一応正社員で働けてるし、両親も私も健康だし、幸せにやれていると思うんです。
・4万円のアパートに1人暮らし
――仕事は嫌ではないですか?
金融機関で古くさいんですけど、意外と働いてる人は優しいんですよね。パワハラを受けた時にやめたかったときもありました。しんどかったなっていう時もあったんですけど、でもやめちゃうとなんか今まで大事にしてくれた人たちとの関係性が切れちゃうし、もうちょっと頑張ってみようと。そんなことを会社に伝えたら、転勤することになって、今一番いい状態かなという感じはしますね。
――今どんな暮らしをしている?
埼玉県のアパートに1人暮らしで、4万円ぐらいの家賃で過ごしております。コロナ前は結構ひとりで、山形とか行きたいところにフラっと行ってたんですけど、まあその同人(誌活動を)やるようになったら、どこかにいく暇もなくなり、あとみるみる貧乏になっていきましたね。
――貧乏になった?
儲け度外視で本を作ろうってことで、その本に少しでもつながりそうなコンテンツ消費も含めると、毎月5万円ぐらいマイナス。仕事上、資産運用も関わっているんですけど、当の私がまったく資産形成できてないんです(笑)。
・赤字でも同人誌活動を続ける理由
――聞くだけで大変そうですが、マイナスになるから同人誌の活動をやめようとは考えなかったんですか?
本にも描いたんですけど、アセクでなければ出会えなかった人たちにたくさん会えた。私がヘテロのロマセク(ロマンティック&セクシャルの略)だったら、皆さんとお会いできなかったなと思うんです。いろんなことは結構ポジティブに捉えられていて、アセクアロマであることに悲壮さみたいなのは自分にないんですよね。
――ご自身の表現をネット上にあげたり、同人誌活動として発表することに「怖さ」はありませんでしたか?
最初はインスタグラムなどのSNSでいろいろ試しても、あまり反応がつかなかったりしてヘコミました。その意識が変わったのも「どうせ誰も見てないなら、まあアップしてもいいか」というふうに考えが変わって。そうやって続けていると、意外な反応をもらえたり、同人誌でもいろんな言葉をかけてもらえたりしました。「行動したからこそ見える景色はあるんだ」って思います。もしSNS もやってない。オフ会も行かない、作品も作らないという状態だったら、もっと病んでいたと思いますよね。
・30代は「結構楽しかった」
――30代を意識して、結婚などを考えたりする人が周りにいるかなと思うのですが、あかりさんは30歳を過ぎることについてはどんな考えだったのでしょうか?
会社とかで女性は「クリスマスケーキ」みたいな、25歳を過ぎたら…って言われますけど、私には関係ないなみたいな感じでしたね。結婚したいという思いは元々なかったので、周りで確かに30歳になるタイミングで、駆け込みで結婚してた友達が多かったりするのを見ていたりはしました。私の場合、30歳という年齢に絶望ではなく、なんか30歳になったらなんかもうちょっと楽になるんじゃないかなと思っていて、実際結構楽しかったなと思います。この先の未来いずれ親も老いていくし、自分も老いていくし、ちょっと前にあった「いい人いないの?攻撃」はもう収まってきたし。私はそういう子なんだみたいな認識が広まってきて、誰も何も言わなくなったので、今はなんか伸び伸び生きていきやすいじゃん、みたいな感じですね。
Q7 パートナー、家族についてどう思うか?
・周囲の幸福観とは割り切って考えている
――パートナー、家族は欲しいですか? それとも欲しくないですか?
パートナーは友情結婚とか含めて、まあ私はいらないかなっていう感じですね。すごく仲のいい友達とか、家族も今はいますけど、いつか見送っていくことになる。同じレベルといったら失礼ですけど、そんな人と出会えれば、いいのかもしれないですけど、一緒に暮らしたりとか、そういう希望は特にないんですよね。本当にTwitterとかインスタとかで「あーあの人元気にやってるな」みたいな感じの距離感が丁度いいかな。昔は、近所に住んでいるくらいがちょうどいいなと思っていたんですけど、最近はそうでもないなみたいな。共同生活したいという思いもなくて、誰かと一緒に過ごすのは老人ホーム入ったときだな、と。同じマンションに住むとかも生活感見えるのがなあ……という感じです。
――「ひとりだといざという時に大変だ」みたいな意見もありますが、これについてはどう思いますか?
その時はその時かなと。一人暮らしをしていて、ウイルス性胃腸炎とか尿道結石とかになったことがあるんですけど、意識があってなんとかなる状態でした。意識なくなったらもう本当に……。まあ、その時が来ないように、健康には非常に気を使うようにしてます。
――とはいえ、世間では恋愛や結婚をしていることが幸せになる前提として考えている人も多いと思いますが、それについてはどう思いますか?
その人は恋愛とか、パートナーがいること、子供がいることとかがやっぱ幸せなんだなーみたいな感じで否定せず受け入れつつも、自分の中では割り切って考えていて。「幸せの形は人によってそれぞれ。私にとってそれは幸せじゃない」みたいに、とらえています。
誰かと一緒に生きていたいと思う方は、そういう価値観が近い方と一緒になるのもいいし、NHKの『恋せぬ座談会』に出ていた大熊奈央さんみたいにお互いに話し合いを重ねていって良い信頼関係でいるっていうのもひとつの幸せの形だし素敵だなと思いますね。
・結婚って人間性を判断する尺度として使われるのかも
――結婚/独り身で思い出したのですが、作品の中で、愛想のない同僚にあかりさん自身が「そんなんだから結婚できないんじゃないか?」と内心思ってしまったというエピソードがあります。「結婚する人=大人」という意識が内在化して、ややもするとアセクシャルを含めた人たちに牙を向くような考えですけど、自分自身(聞き手のれいすいき)にもこの感覚はどこかにあると気づかされ、びっくりしました。
私自身、びっくりしました。「私、今なんつった」みたいな感じで。社会からの刷り込みで「大人になったら結婚していこう」というのが当たり前とされ、実際に身の回りの人たちが結婚しているというのを経験していくと、知らないうちに私もその考えに縛られていたんだなと思わされた瞬間でした。
勤務先の同僚の独身男性は昔、「結婚できないのは人間性に問題がある」と言われたことがあるらしくて、結婚できない人ってやっぱ多少難ありなのかなって思ってしまうところはあるなと。まあ、「お前もな」って感じなんですけど。私の場合はしたくないっていう思いがある。ただ、結婚って人間性を判断する尺度として使われがちだなとは思います。
Q8 おすすめのコンテンツ、アカウントなど
・『私は壁になりたい』『つくたべ』
――おすすめのマンガなどはありますか?
『私は壁になりたい』も割とほのぼのとしてて、主人公の考えることが分かるなあと共感します。同人誌を読んでいてBL作品に出てくる子たちは幸せだけど、それが実感として自分事になると途端に分からない。作品としては楽しむけどわからない……みたいなことは結構共感するところがあるかなあ。
あと『つくたべ』は私もちょっと会食恐怖症なところがあって、少し共感できるキャラクターが出てきたので、読んでホッとするなと思っています。
私がコミックエッセイを描くきっかけになった佐野さんの作品もとても大事な作品ですね。まず男性というのが珍しいのと、色々細かいことまで結構赤裸々にブログも書かれてるので、学ぶことも多くありがたいなーみたいな感じで、マンガを読んでいました。オフ会参加してみると面白いよ、とか書いてあったおかげでいろいろ行動できたので、本当に佐野さんと佐野さんの作品に出会えてよかったなあと思っています。
Q9 理想とするロールモデル、今後どんなふうに生きていきたいか?
・ひとりで「怠惰ができる」のが最高
――理想とするロールモデルみたいな、今後こういう風に生きて行きたいという未来図はあったりしますか?
理想……まあ、なんかもう自分で作っていくしかないかな。「誰かみたい」にはやっぱり絶対なれないかなっていうのもあって、私は私で自分が快適に心地よく生きられるように……みたいな感じに考えています。それを発信したら誰かにとっていいものになるかなあ、なんてちょっと思ったりするんですけどね。
――阿佐ヶ谷姉妹を理想とするみたいな人もいたりしますが、あかりさんはどうですか?
阿佐ヶ谷姉妹の2人は好きなんですけど、ああいう風になりたいかというと自分の場合は違いますね。ひとりで自分のタイミングで食いたい時食う、寝たい時に寝るみたいな、そういう怠惰ができるのが最高だなという感覚があります。
一緒に住むとは別ですが、久保みねヒャダのお三方みたいな関係性が理想かもしれません。久保ミツロウさん、ヒャダインさんは独身、能町みね子さんは結婚されてますが、そこは全然関係ないし、フラットでお互いを尊重しあっているのが良いなーと。たまにしょうもないことでケンカっぽくなることもあるけど、そこも含めて3人でお話してる姿は、見ていて本当に楽しいし、性別とか既婚未婚とか関係なく、たまに集まってワイワイお話できるような関係性は良いな、と思っていますね。そういう信頼できる友人というのは欲しいですし、大切にしたいなと思います。
・アセク漫画は今年で卒業の予定
――生活の単位としては、今後もひとりで生きていくイメージですか?
そうやって生きていって、発信をしていきたいなとも思っています。やっぱり見えないんですよね、1人の人生って本当はどんな人生だったのかって。私、仕事で亡くなった方の相続とかの業務に関わることもあるんですけど、そうすると相続人の確認するために配偶者いましたか? 子供さんいましたか? みたいに聞くんですけど、「その人が生涯未婚だった」とかすると、「仲間だ」と思ったりして。この人はどういう風な感じで亡くなったんだろう? って気になったり、数十年後の自分だなとか思ったりするんですよね。
――今後はどのような生き方をしていく予定ですか?
よほどのことがない限り、今の仕事は多分辞めないし、定年までは続けたいと思っています。給料も少なめですけど、ある程度お金は入るので。
同人活動は今後も続けていくつもりです。ただ、アセク関係のマンガは今年いっぱいで卒業して、オリジナル(エッセイではない創作作品)を描いていきたいなと思っています。アセク関係の活動は今ちょっと音声メディアが気になっていて、オフ会とかに参加できない人も参加できるし、良いのかななんて考えています。
Q10 メッセージ
・誰かに対して悪いなって思ったりしなくても大丈夫
――最後に、これまであかりさんが生きてきた20代、30代。その世代のAroAceっぽい人に向けてメッセージをお願いします
30代の人には「同胞よ」って感じです。あなたもひとりじゃないし、私もひとりじゃない。「ここまでお互い無事にたどり着けましたね」みたいな嬉しさがあります。
20代の人たちには、自分の感情をいっぱい書いてほしいですね。どういう時、どんなことを思ったとか、自分とめっちゃ対話してほしい。あとは「縛られすぎないでね」と思います。人それぞれ、いろんな形があっていいわけだし、あなたはあなただから、と伝えたいですね。
――エーゴセクシャル的な性的指向を持っていて、「矛盾を抱えて悩んでいる」という人にはどんな言葉をかけたいですか?
何が好きでもいいよ、って思います。「これはダメ、あれはダメ」みたいな感じで自分を縛ったりとか、型にあてはめ過ぎなくていいよ。って言いたいですね。本当にいろんなカタチがあるし、「あなた自身はあなた。あなた自身がすでに1つの代表です」みたいな感じかなあ。自分の感覚に自信を持って、誰かに対して悪いなって思ったりしなくても大丈夫だよ、と伝えたいです。
(前編とあわせてお読みください)
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