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自転車に乗りながら「行こうよ、二人で地平性の向こうまで。」みたいなのを言いたい青春時代だった。

 自転車に乗りながら「行こうよ、二人で地平性の向こうまで。」みたいなのを言いたい青春時代だった。

 というか。
 というか、いや、もう、むしろ、青春時代には、そんなことをしたいなと思っていた。

 いたし、実際に自転車に乗った際に、イマジナリー謎の美少女を頭に浮かべながら、自転車を全力で漕いだりもした。

 何なら、その彼女は異能の持ち主だったし、世界の組織に追われていたし、組織の追手として現れる謎の女剣士は序盤では「消去」という異能を使う強敵なのだが、心を打ち解けあい、最終的には主人公にデレる立ち位置になる。

 立ち位置になる、ではない。


 だが、32歳を迎えた今、私はふと洗濯物をぐるぐると回しながら、こんなことを思った「あれだけ、心のそこから熱望していた『自転車に乗りながら「行こうよ、二人で地平線の向こうまで。」みたいなの』を盲信する感情が心の中から綺麗に消え去っている!」

 本当、何だろう。
 いや、当たり前じゃん、とか言われたらそれで終わる話なのだが。
 そう思った人も少し、待ってほしい。

 学生時代、本当に、あれだけ熱望していたのだ。
 自転車に二人乗りして地平性の向こうまで行くを。

 それを無くすということの意味を、少し考えてみたいな、と思ったのだ。


 まあ、なぜかと言われた際に、ずばりこのような形で言い切ることは可能だろう。

「大人になったから」

 精神的に見える世界の想定のキャパが増え、実際にそれを行った際の弊害などを考えられるようになった、と。
 例えば実際に謎の美少女が来た際にも、共に逃げるという選択肢などは考えず、優しく促し「うん、とりあえず、警察に行く?」みたいなことを実際にしてしまうような。
 間違いなくこの先起こることは厄介ごとだろうし、美少女剣士が来たところで銃刀法違反だ。

 そういった人間としての成長を、まずは誰しも思い浮かべるだろう。

 つまり、セカイ系で言えば「きみ」と「ぼく」の直ぐ外にあったはずの「セカイ」の間に様々な「社会」「人間関係」が挟み込まれてゆき、ぼんやりとしていた「世界の果て」のようなものが、本当はどこにもないということに気づいてしまうということなのだろう。


 だがしかし。 待ってほしいのだ。

 あれだけ切望していた気持ちが、本当にその程度で消えるものなのだろうか。
 自転車で自ずと臨海地域まで足を運んでた、あの頃の自分が、綺麗さっぱりと消えるなんてことが、果たしてあるのだろうか。

 実際に自転車のみで臨海地域まで出向いてみた、あの思春期特有の謎タフネスを厨二病やら高二病で説明づけるのは余りにも早計すぎないか。
 あの時眺めた工業地帯の工場が放つ光。
 煙突や、遠くから聞こえる汽笛。
 冷たい潮風が頬を殴って、潮臭いななんて、切なくなって、馬鹿らしくなって帰宅した、あの日。私服と呼べる私服がなかったから常に学ランを私服のように着回していた、あの頃。あの時の感情が、全て消えてなくなるなんて。

 私は、そこに少し妙な違和感を感じる。
 青春時代の常識が、さも大人になってからの非常識に変わる。
 まるで、世界の認知を歪めさせられているような。

 認知……
 ……。
 ああ、なるほど。
 なんだ、そういうことか、世界さんよ。

 私は悟った。
 それは全ての伏線が、この32歳になってやっと全て繋がったような。

「これは催眠操作系か、記憶改竄系の能力の仕業か。」と。

 洗濯機の回転を眺めている時に、この疑問が浮かんだということは、相手の催眠系の異能の解除条件が回転する何かを見続けることにあるのかもしれない。

 つまり私は、気づかない間にこの記憶の残滓に残る、彼女への思いでこのようなブログに筆を走らせたのだろう。

 え? 
 彼女が誰だって?
 ここまで読んでわからないだろうか。

 組織に追われる謎の美少女に決まっているだろうが。あの黒髪ロングで、前髪はぱっつんで、身長は156センチメートル、口癖は「ぶっとばすわよ」、そして「回転」の異能を持つ、あの美少女に。

 なるほど。私は相手組織、あるいは味方サイドの誰かから記憶改竄の異能を受けたに違いない。
 そうすれば、あの常軌を逸したイマジナリー謎の美少女の説明もつく。あの場所に、彼女は確かに「いた。」のである。

 それをまるで妄想の存在に書き換えられてしまったのだ。


 ここで鍵を握るのは、「組織の追手として現れる序盤では強敵なのだが、心を打ち解けあい、最終的には主人公にデレる立ち位置の女剣士」であろう。

 彼女の異能は「消去」だ。
 剣で切った対象を消し去ることができる。
 その力さえあれば組織の壊滅なども余裕だ。

 しかし、組織が壊滅したとなれば、どこに記憶を改竄する必要があるのだろうか。
 と、ここで一つの可能性を私は見出す。
 
 彼女の「消去」の異能、記憶にも適応されるとしたら……?

 記憶を改竄したのは、女剣士なのだとすれば。
 私は、心の「消去」をされていた。

 さあ、化けの皮が剥がれてきたな、昔の青春さんよ。
 何のために。
 誰のために。

 ああ。
 ここで、私は全て悟る。

 謎の美少女、あんたの「回転」の異能だろ。
 そのエネルギーの脅威から、美少女の剣士は守るために記憶を消去したんだ。 


 自転車に乗りながら「行こうよ、二人で地平性の向こうまで。」みたいなのを言いたい青春時代だった。
 というか、いや、もう、むしろ、青春時代には、そんなことをしたいなと思っていた。
 いたし、実際に自転車に乗った際に、イマジナリー謎の美少女を頭に浮かべながら、自転車を全力で漕いだりもした。
 何なら、その彼女は異能の持ち主だったし、世界の組織に追われていたし、組織の追手として現れる謎の女剣士は序盤では「消去」という異能を使い強敵なのだが、心を打ち解けあい、最終的には主人公にデレる立ち位置だ。

 その全ては、現実に起こり得ていた世界なのだ。
 しかし、女剣士の異能によって、この美少女との逃避行の記憶は改竄されていた。
 一体なぜか。

 それは、謎の美少女異能「回転」にある。
 組織は、彼女の回転の異能に目をつけておっていたのだ。

 この世界のありとあらゆる摂理は回転から成り立つ。
 地球は自転と公転という大いなる回転を行いながら活動を続けている。

 彼女が司る回転は、そんな星の回転すらも支配してしまうような、偉大なる力だったのである。
 そして、それらのエネルギーはある一つの行為によって補填し、解き放つことが可能だ。
 では、そのエネルギー補填方法とは一体なにか。

 そう、それこそ、自転車の車輪を使った回転そのものであったのだ。
 地平線の向こうまで走り出した自転車。
 車輪は止まることを知らず、回り続ける。

 その地平線の向こうとは永遠まで自転車の回転エネルギーを補填することにあったのだ。
 青春というエネルギーを回転へと変換し、大いなる計画のために二人は、どこでもないどこかへ車輪を走らせ続けた。

 つまり、私と謎の美少女は、この地球の全ての回転を差し止め、世界を犠牲に、この世界の何もかもを壊してしまおうと計画していたのである。


「ねえ。」
「どうしたの。」
「私、どうしたらいいと思う?」
「……まあ、君がどんな選択肢を選んだとしても、さ。」
「うん、」
「世界の全てを敵に回したってさ。」
「うん。」
「僕が、いる。」
「……ありがとう。」

 走り出した。自転車。
 無限に生じる回転のエネルギー。
 自転車はどこまでも進む。
 地平線の向こうまで。

「聞こえる」
「何が」
「こうやって背中と耳を引っ付けるとさ」
「うん」
「横林君の心臓の音が」
 
 僕たちは生きている。
 そう、君と僕。 
 この世界に存在している。
 それだけは、変わることのない真実。

 本当に学生の時分に、自転車の二人乗りをすれば世界の表情が一変させようと信していたし、地平性の向こうまで行ってしまって、この俗世の関係値を全て取っ払って新しい二人だけの世界を築き上げることを夢見たのだ。

「ありがとう。」
「何が。」
「私なんかのために、世界を賭けてくれて。」
「うん。」
「ねえ。」
「何。」
「あのさ。」
「何?」
「言葉にして」
「何を」
「私、馬鹿だから言葉にしてくれないとわからないの」
「……大好きだよ」
「うん。」
「めちゃくちゃ大好き」
「うん、うん。」

 けれど、今、僕がこのように生きている、ということは、きっとそうなのだ。
 それらを美少女剣士が消去の異能で阻止をした。


「悪く思わないでくれ」
「……美少女剣士さんよお、この世界がくだらないって思わないかい?」
「ああ、だが、私は、それでも」
「……」
「君に笑顔で日々を過ごしてほしい」
「もう、会えなくなるんだぜ、俺たちよお」
「それでも、だ」
「おいおい、こんな時に泣いてたら、手元が狂っちまうぜ」
「横林、私は、君のことが、大好きだった」
「……言い逃げはずるいなあ。」
「う、ううう」
「じゃあ、よお、最後にいいかい、女剣士さんよお」
「……」
「謎の美少女さん、幸せにしてやってくれよ」
「勿論だ」

 記憶はここで途切れる。

 そして気がつけば私は、工業地帯の工場が放つ光を眺めていた。
 煙突や、遠くから聞こえる汽笛。
 冷たい潮風が頬を殴って、潮臭いななんて、切なくなって、馬鹿らしくなって帰宅した、あの日。
 私服と呼べる私服がなかったから常に学ランを私服のように着回していた、あの頃。
 あの時の感情が、全て消えてなくなってしまったのだった。


 これが僕の青春の正体。
 その全て、なのだろう。

 自転車に乗りながら「行こうよ、二人で地平線の向こうまで。」みたいなのって世界の輪郭がぼんやりしているか言えることなのか。

 いや、違う。

 本当は、あの頃こそが、輪郭のくっきりしていた青春時代であり、もう戻ることのできない日々なのだ。

 洗濯機の回転が終わり、私はしわくちゃのシャツを取り出す。
 勿論、君はもう、存在しない。
 いや、存在していても、もう僕自身が彼女たちを認知することができないのだろう。
 
 それはきっと、世界一不幸なことで、だけれど、世界一幸運なことに違いない。

 この変わり映えしない日常は、そんな世界と僕たちの関係を天秤にかけた圧倒的な青春時代の残滓なのだろうな。

「なら、進むしかないか、この、どうしようもない日々を。」

 そんなことを考えながら自室のダイニングへ戻ろうとした。
 その刹那。

「ぐるーっ……」

 電源を切ったはずの。
 洗濯機が。
 回転をした。

 それはきっと、そういうことなのだろう。
 いや、それらが放つ意味などは探すことも野暮なのかもしれない。

 僕たちは、きっとこれからも生き続けるのだ。
 
 自転車に乗りながら「行こうよ、二人で地平線の向こうまで。」みたいなのって世界の輪郭がぼんやりしているから言えることなのかもしれないな、なんて考えながら。

 ただ。
 
 もしも野暮だとしても。

 彼女が。

 謎の、あの彼女が。

 僕に、告げることがあるとしたら。

 きっと、こういうことを伝えることと思う。

「お前、頭がおかしいのか」と。

 だからきっと僕はこう答えるに違いない。

「いや、これはエッセイだが。」と。



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