【犬に泣く】 《極私的短編小説集》
私は猫が好きだ。しかし私は何故か犬としてここに登場する。
私は小型犬だ。自分で自分の顔を見ることは出来ないが、人間と一緒にいるおかげで鏡を使って自らの姿の全貌を見つめることができる。栗色の、ふさふさとした毛並みと上品な獣臭が、自分は犬であるということを強く教える。石の枡のような住居、彼らがいうマンションというところに私は住んでいる。ここには四人の人間と私がいて、日々食べたり寝たりしている。四人の人間は、大きいのが二人、小さいのが二人、大きいのが親で、小さいのがその仔だ。
私は小さな檻のようなスペースを与えられ、そこから小さな区画で仕切られた色々なところに行き来する自由を得ている。ただ、地上からとてつもなく高い場所にこの住居はあり、草木の生えている場所に行くことは少ない。草木の生えた場所に行くには、これまた小さな駕篭のようなものの中に入れられたうえに、垂直に上下する箱で移動しなければならない。
上下の移動を身体で感じる時、自分は生きものだという気持ちになる。なぜなら、ある種の興奮と尿意を催すからだ。犬にとって尿意はコントロールできる身体活動であるが、外界の環境変化や刺激でも勿論発動する。これは人間でも同じだろう。ただ、その上下移動の際に、私は小さい人間に抱きかかえられているのだが、その不安定な抱き方から来る、いつ放り落とされるかという恐怖もその尿意の発動要因かもしれない。
なぜ私はこのように話をしているのか、訝しむ方もいるだろう。実は私にもよくわからない。生まれた時からこの場所にいて、この四人の人間たちと行動をともにしている。おぼろげな記憶では、最初の頃、小さな人間と会話らしきものをひたすら続けていた。あとから考えるとそれは音・声であり、意味をなさない音であった。私はそのやりとりが楽しく、毎日のように続けていると知らない間に意味がわかるようになった。「ごはん」は食べ物を表わす、「コロチャン」は私自身を表す、「みーちゃん」は彼女を表す。そしてこれが重要なのだと思うのだが、その後に、目眩く夢を見、何重にも重なり合う布団を見た。そのなかで私は「みーちゃん」と寄り添いながら眠っており、それを眺める「みーちゃん」と私、そしてそれをまた眺める「みーちゃん」と私、その円環が続く夢だ。何かが私のなかに生まれたのだと感じる。それから、人間たちが話す言葉が少しずつ分かるようになった。また、こちらから話しかけることもした。しかし、どうやら犬の声帯は人間のように発話することが出来ないらしく、彼らとの声でのコミュニケーションは取れないと悟る。「お腹が減った」が、「BOWBOWBOW」にしかならないのだ。
「みーちゃん」は私に絵本を読み聞かせてくれた。最初は「コロちゃん」だった。私の名前に由来する、幼児向けの絵本だ。そのなかで書かれている言葉を覚えだす。そのうちスーパーマーケットのチラシ、新聞なども読めるようになった。この家にはたくさんの書物もあり、家人がいないときなど、盗み読みをするようになった。最終的には電子的な文字盤(タブレットという)から様々な情報収集をすることを覚え、私の知識は飛躍的に拡張した。
四つの正月を越えた時に、大きな人間の一人がいなくなった。他の三人はたいそう悲しんで、涙を流していた。それからしばらくしてもうひとりの大きな人間が毎日家の扉を出たり入ったりするようになり、家の様子が変わっていった。食べ物の容器が残り滓がついた状態で放置され、テレビの下の綿埃が倍になった。湿気が増し、いつも空気が淀むようになった。「みーちゃん」はおとなしくしていたが、そのおとなしさには生気がなく、こころが弱っていく様子が見て取れた。
人間は、どうやら人間同士で殺し合いをするらしい、ということを、テレビで知ったのはその頃である。なおかつ、一人が一人を噛み殺すのではなく、武器を使って大量に殺すことを繰り返しているらしい。調べたところによると、それこそ人間の歴史(生きてきた経緯を残すこと)が始まったときから、そうした行動をしているのだ。列挙すると、人種の違う人間同士で殺す、先に住んでいた人間を殺す、大きな戦争に勝ったほうが負けたほうを殺す、王が学者を殺す、信じている神が違うという理由で、呪いがかかったという理由で、断続的に、または一度に殺す。近年では、広範囲での国同士の戦争や、生活の主義主張の違いを理由に大量に殺されていく。そのやり方も、昔は生き埋め、焼き払いなど原始的なものだったが、機械や毒などを用いた効率的なやり方に進化してきており、その最たるものが原子核を破壊することによる大量のエネルギー放出での壊滅的な爆風・その後の放射能による生命解体などであろう。まったく人間のやることは理解に苦しむ。
とすれば、人間は、私のような犬も殺すのだろうか。不安というより疑念が湧き上がる。「犬は犬を食わない」というが人間は犬を喰らうのだろうか。家畜としての牛や豚が存在するなら犬が食用になってもおかしくはない。ハンバーガーのパテは犬の肉だと言うが本当だろうか。私はまだ同類にあったことがない。同類と意思の疎通ができるのかどうかもわからない。そういう意味から言うと、私は人間に近いのかもしれない。だいたい、こうして意識を持ち、言語を操るなど、人間の所業だ。もしかしたら私は人間の生まれ変わりではないだろうか。
「伏せ」の体勢をとりながら実存に関わる様々な問いを考えていると、そのまま寝てしまった。目覚めると、見知らぬ大きな人間がいた。どうやら家人がどこかから連れてきたようだ。大きく、髭の濃いその人間は、私を一瞥すると、残忍な目付きをし、「可愛げがないな」と言い放った。
その数日後、家人が留守なのに髭の男が一人だけ家にいる、という状況が生まれた。髭は喋りだした。
「おまえ、人間の言葉がわかるだろう、ああ、言わなくてもいい、俺にはわかる。お前の眼がそう言っている。なんで分かるかって?俺も犬だったからさ。昔な」
「俺はその昔、人間と同様の知恵と意識を持った犬だった。それをひた隠しにしていた。しかし、俺がいたところは科学者の家で、能力に気付いた奴らに俺は実験台にされたんだよ。酷い実験だった。頭に何本もの針を刺され、苦い薬、痛みを伴う電気ショック、そのうち俺は死んだ。と思ったら、転生した。この身体のなかに、俺の記憶と意識が入ったんだ。どうやら科学者たちは、予想していなかった成功を手に入れたようだった。俺は彼らに提案した。俺のような犬はそこここにいる。俺のような犬を探す手伝いをしよう、その代わりに人間の享楽を俺にくれとな。うまい具合に奴らとは意見があった。そうして今日、その獲物が見つかった」
私は家の中を一目散に逃げ回り始めた。しかし、家は狭い。そして髭は大きく、力が強かった。羽交い締めにされ、小さな檻に入れられ、私は持ち出された。
数時間後、広い空間にやってきたかと思えば、そこにいた官吏(行政の役人か何かだろう)が私に話しかけてきた。「まずは、調べるね」
その後の出来事をここで描こうとは思わない。なぜなら、不条理で凄惨な試練はまだまだ続くからだ。フラフラになった私は、人間の残忍さを恨むと同時にこのあとの恐怖に打ち震えた。
薄れゆく意識で私は人間のことを思った。人間の残忍さは、地球一だ。他の動物達はこれほど残忍ではない。他の動物達は、無駄な殺生はしないが、人間は違う。本能の狂った彼らは無限に残忍な生殺与奪を繰り返す。それが彼らの定めかもしれないが、はた迷惑な話だ。しかし、私もその一部なのかもしれない。「みーちゃん」にもその因子が混ざっていると考えるとつらくなる。知性とは、そのようなものなのだ。
意識や物質や世界にはいくつもの層があり、それは昔見た円環に続く夢に似ている。人間について、ある哲学者は次のように言った。「(人間という)種の統一は、種の自己否定により自己の内部に無限の層をなして自己とその否定者との交互の緊張を張り渡し、横に自己とその否定との対立する均衡を、縦に自己自身の内部に無限の層をなして重ね合わせるごとき構造を持つと言ってよい」元来、犬はその否定者の位置にいたはずだった。しかし私はそこから逸脱したようだ。
私の知性は人間以上かもしれない。人間と犬の本性を持ち合わせた上で意識を獲得しているからだ。本能を持ちながら本能を狂わせているという相矛盾する状態が私のなかで共存している。量子の重ね合わせも理解できるし、遠く離れたみーちゃんの匂いも察知できる。犬の嗅覚は人間の数千から数万倍とされるが、その繊細さで思考するなら、人間を遥かに凌駕できるのではないだろうか。その鋭敏な知覚を持ってすれば、わからないことは何もないのではないだろうか。鋭敏な思考は確信に変わっていった。
突然、わかった。私が世界を理解する上で、一つ確信をもって言えることは、ここには髭や官吏以上に、私を毀損する者がいる、ということだ。
官吏のような一人の男が現れる。しかし官吏でも髭でもない。そいつは私に話しかける。
「犬になった君、気分はどうだい」
「やはり私は人間だったのだな。お前は私のことを知っているのか。一体全体私は何者なんだ?」
「君は犬でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。ただの犬さ」
「私は人間の言葉を理解するし、自己意識がある。犬ではないはずだ。何か生物学的な施術を施し、人間の脳を犬に移植したか。それともAIのように人間の思考データを電送したか」
「そんなサイエンス・フィクション的な話ではない。君の本質は、書かれたもの。それがこの世界、この書かれたもの内での君のスタンスさ」
「どういうことだ?」
「ここは文字通り、書かれた世界、なのさ。君はそこでの登場人物以上でも以下でもない。そしてそこでの君の役は『意識を持つ犬』だ」
「言っている意味がわからない」
「たまたまここは四〇〇〇文字程度の虚構世界だが、現実世界も似たようなものさ。『世界』の制約からは、誰も逃れることが出来ない」
「・・・・・・・・・・・」
「君はこれからどうしたい」
「もし、お前の言うことが本当ならば、私はもうすぐ死ぬことになる。文字通り、犬のように」
「そうだね」
「死ぬのは痛いのか。苦しいのか」
「いや、全然。ご要望とあれば痛くしようか」
「お前が私を殺すのか」
「そうだよ。僕にしか君を殺すことは出来ないのだよ」
「それなら、できるだけ犬らしく、犬のように殺してくれ」私は泣いた。
「君に罪はない。それだけで充分、君は犬らしく死ぬことになるんだよ」
そして私は犬死した。私は猫が好きだったのだが、犬死した。
(了)