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読書ノート 「文化大革命十年史(上・中・下)」 巌 家棋 /高 皋   辻 康吾 監訳



 NHKスペシャル『映像の世紀 バタフライエフェクト・中国女たちの愛と野望』を見た。その中でも文化大革命を操っていた江青の人生に衝撃を受け、文化大革命のことについて知ろうと思い、文献を探し回った。日本では文化大革命についての情報は少なく、私のような一般大衆には限られた学術書でしか調べることができない。とりあえず、一番信用できそうな岩波書店に頼ってこの本を読んだ。
 巨大権力の影にはその妻や側室がいるのは容易に想像できるが、江青は、嫉妬と野望、その冷酷無比さ加減が常軌を逸しており、強く嫌悪するとともに興味をそそられる。つまり、なぜ、このような心持ちになるのだろうか、ということ。この本にはその傍若無人さや、なんとしても権力の座についてやろうという執念みたいなものが、たぶんこれでも抑えて記述しているのだろうが、気持ちが悪くなるレベルで書かれている。そして中国の凄みを感じる。権力闘争のレベルが日本の数倍荒っぽく粗野で、数倍残酷、非人間的なのではないか。さすがアジアの帝国主義を背負って立つ大国だなあと、妙に感心する。

江青の悪行をここにピックアップしてみる(どこかで嫌気が差すまで)。


 その前に、文革初期の全体の雰囲気を表す記述を抜粋。紅衛兵の暴挙(破壊活動)が隆盛となると、それに順応しようとして大衆は涙ぐましい努力をしだす。

「このすさまじい造反の勢いを目にして、北京市の市民たちは住居の表に貼った『福』の字やそのほか色々な縁起物を、大急ぎで剥がしたり破り捨てたり」して、その代わりに「流行の対聯ついれんで覆い隠したりした」。自分の「住宅引き渡しの『願い書』を住宅管理局に提出し、性や名を「紅岩」「永革」「継紅」など「革命」的意義を持つものに変えた。「各職場では改姓改名の吉報を知らせる掲示が張り出された」

 「紅衛兵は表面上のはなやかな『革命』の様相を目にし、名状しがたい『満足感』が沸き起こってくるのを感じた。つまり、自分たちは耳をふさぐ間もなくやってきた雷のようなすばやさで、一つの『旧世界』をうちこわし、一つの『真っ赤っ赤な新世界』を打ち立てたのだと。人々は形式的な革命化に眩惑されてしまった」



 で、江青。

「江青は心中密かに羅瑞卿らずいけいをいずれは死地に追いやってやろうと常に企んでいた」


「かつて銀幕のスターであった江青にとって、おおっぴらに活動できないことには我慢がならず、政治舞台のスターになりたいと切望し、文革の機を借りて、公の政治活動に身を投じ始めた」


「『学生の皆さん!こんにちわ!私は毛首席を代表してみなさんに挨拶します!』『毛首席は大変健康で、首席は皆さんによろしくとのことでした』と宣言し、より広い範囲で毛沢東を利用し、そうして自らの威信を高めていった」


「江青グループは、自分たちが尋問し強要して捏造したいわゆる『自供』を手がかりに、彼らは『スパイ』であるとする『至宝』をでっちあげた」


「(でっちあげには)『かもしれない』『ここから類推する』『想像する』『囮』を使い、果ては『人相』などといった方法まで用い、ほしいままに罪人を造っていった」


「江青は文革中絶えず癇癪を起こし、誰それを捕まえろと大声でわめきたてていた」


「『罪悪は一種の悪循環である。心に疚しいことを行えば、より一層疚しいことで自分の地位を固めるしか無い』。自分の三十代の不名誉な足跡を洗い流すため、自分に関する手紙、写真、自分を知っている人間を消滅させれば、自己の醜聞を世間から消滅させることができると江青が考えたのは、実際には極めて愚かなことだった。暴行によってその不名誉な足跡を洗い流そうとすれば、それは新たな醜い歴史を己に付加させるだけのこと」


「9月8日、毛沢東は最後の時を迎えようとしていた。朝7時、江青はどうしても毛の寝姿を変えると主張して聞かず、医師や看護師が姿勢を変えると危険だと言っても耳をかそうとしなかった。向きを変えるさい、江青は毛の身体をあちこち撫で回した挙げ句、遺言状はなかったかと尋ねた。身体の向きを変えるさいに毛の文書入れの鍵をさぐろうとしたのである。姿勢を変えると、毛沢東の顔面は青黒くなり、血圧が上昇したために、すぐさま緊急措置が採られた」


「(毛沢東が亡くなった時)長い間毛に仕えて世話をしてきた張玉鳳は、突然大声で泣きじゃくり、『首席、あなたがいなくなったら私はどうすれば…』と言った。すると江青が近づいてきて、左手で張の肩を抱き、『張さん、泣かないで。大丈夫よ、私がいるじゃない。今後は私に仕えて頂戴」と言った。この時江青は張玉鳳に、『これからは首席の寝室や居間に、あなた以外の誰も入れてはだめよ。首席の残された種類を全部きちんと整理し、点検して私のところへ届けなさい』とこっそり耳打ちし、張はそれにうなずいて応えたという。江青にすれば、毛沢東の遺言や指示、文書は全てに優先するものであり、彼女が最高権力を継承出来るか否かは毛の最後の指示にかかっていたのである」


監訳者あとがきより。

「現代中国の多重構造を理解することは容易ではない。だが『文革』を手がかりに、中国の素顔に更に迫ることが可能である。『文革』という未曾有の激動の中で演じられた無数の悲劇と、笑うに笑えない数々の喜劇に対して、中国の若者ですら口々に『なんで大人たちは、あんなバカなことをしたのか』と疑問を発するように、まさに『狂気の時代』であったと言えよう。だがその『文革』は歴史的事実であっただけでなく、それは中国の土壌に根ざした事態であり、『文革』期こそ中国が己の姿を社会の底辺、庶民の日常、その喜怒哀楽にいたるまでさらけ出してみせた稀有の時代でもあった」


 文革と、ヨーロッパのファシズム、そして日本の太平洋戦争突入~無惨な終戦までの動向との類似性は何だろうか。膨張する近代世界と大衆の無意識が邪な精神を呼び起こし、見たことのない狂気へと進む。そうした時代精神があったのではなかろうか。いや、そんなものはいつもどこにもなく、そして今ここにもある。

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