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【小説】 風に成る

客足が途切れて、店に流れるゆったりとしたジャズが主役になる。

今の気分とは真反対の音楽を止めてしまいたい。

嫌なことが重なっている今、そのことが一つ一つを思い出され、洗い物をする手が、ゆっくりになっていく。

そして、今一番嫌なことを考えた時、ついに手が止まった。

今まで一度もなかったのに、けい流果るかが喧嘩をした。

自分がどっちかと喧嘩してる時より、なぜだか辛い。どうにかしたくて二人に声をかけるけど、何を言っても届かず、冷戦状態になっている。自分の無力さが悔しくて、萎んでいくように深い溜息をついた。

このまま、音楽止めて、お店もお休みできたらいいのに。

その時、いつものベルが鳴って、慌てて手を洗ってタオルを取った。

「あ……いらっしゃいませ」

柔らかい風が吹いた。
ふわりと微笑んだその人は、この間来てくれたお客さんだった。

春のように温かい雰囲気を纏ったその人を見て、自分が店員なのに、この人が店員だったら通ってしまうな……と思ったのを覚えている。
帰り際に「美味しかった」と言ってくれた時、嬉しくて小さな花が咲いたような心地だった。

「すみません、ドリップ珈琲を買いに来たんですが、オススメはありますか? 今日、娘と一緒に飲もうと思うんですが」

いつもは苦手な味とかを伺うのだけど、この人にはオススメしたいものがあったので、前のめりになって手を差した。

「この『そよ風』のドリップ珈琲は如何ですか? 以前飲まれた『風』の珈琲より少し酸味を抑えてあるので、娘さんにも飲みやすいと思います」

「あ、以前来たこと覚えててくれたんですね」

「はい……上手く言えないんですが、柔らかくて温かい、この『そよ風』のイメージにピッタリで素敵な方だなって印象的だったので」

「ふふ、ありがとう。その『そよ風』珈琲いただきます……私も、珈琲と料理する時が全然違う顔されてて印象的だった。でも実際食べてみて、どっちも大切にしてるんだな、それぞれに思いがあるんだって感じたんですよ」

そう、珈琲をはじめとする飲み物と料理、両方大切だけど、込められた思いは同じではない。だから作る時にそれぞれに向かう姿勢が違う。

それって、お客さんにも伝わるんだ……。

「ありがとうございます、その通りです。そんな風に言っていただいたのは、初めてで……嬉しいです」

「こちらこそ。あ、以前珈琲飲んだ時に付いてきたクッキーって単品で売ってませんか?  思わず笑顔になるくらい美味しくて、娘にもって思ったんだけど」

「あ……販売はしてないんですが、良かったら、お包みするので持って行ってください」

「ええ! ありがとうございます!」

爽やかな風が吹いたみたいな笑顔に、思わずつられる。
「すみません」じゃなく「ありがとう」と言ってもらえるのが、嬉しい。

「今度、娘と伺いますね」

「是非!  お待ちしています」

風がベルを鳴らして、再び音楽が主役になるけど、さっきとは違う私がいた。

どっちも大切……思いがあるって、伝わってた。私がやってきたこと、受けとめてくれた人がいた。

体というか、心というか、私の中、深い部分がじわっと温かくなった。

……流果と敬にも何も届いてないはず、ないよ。
ちゃんと見ててくれる二人だって知ってるはずなのに、二人が大事だから辛い気持ちが先行しちゃってた。私まで沈んでどうするの。

「喧嘩できるくらい、本音言い合えてるってことだろ」
前に流果と喧嘩した時に、敬に言われた言葉。

そうだ、喧嘩って悪いことばかりじゃない。
きっと今の二人に必要なことなんだ。

よし、クッキー作ろう。二人も笑顔になれるかもしれない。

次にベルを鳴らしたのは流果だった。
このところ敬と会わないように早めの時間に来てたのに、この時間に来てくれたってことは、一緒に休憩できるかもしれない。

クッキーが焼き上がった頃、いつもより早めに出勤してきた敬は、流果を一瞬視界に入れた時、ほんの少し口角を上げた気がした。

休憩時間になった時、流果はそのまま留まってくれたけど、会話はないまま。
どことなくピリっとした空気と、ゆったりとした音楽のチグハグ感を壊すように、二人の前にクッキーと珈琲を軽やかに置く。

「敬、流果! 今日ね」

さっきのお客さんの話をしていると、二人の固い表情が少し和らいできた。
あのお客さんのような風を、笑顔を、二人に繋いでいきたい。

「あ、このクッキー、販売できるかな?」

二人だけじゃなく、他の誰かにも繋げられたなら。

「いいんじゃねぇの。瑛二えいじなんかたまに酒のつまみに食ってたりするし」

「ふふ、そういえば、そうだね。じゃあ今日は販売に向けてのミーティングにしようか」

心の中で、あのお客さんに呟いた。
あなたのおかげで様々なことが色づいて、一歩進めました。
本当にありがとうございます。

******

小説『春に成る』が終わって、フォローしてる方に温かい言葉をかけていただき、目に見えないモノだけど、受けとってくれた方がいることの有り難さを実感しました。本当にありがとうございます。そして、見ていただいた方も改めてありがとうございました!

そのフォローしている方の一人、風の歌のナウシカさんに、さらに「創作大賞」への参加を勧めていただき、まとめた記事と「創作大賞」への参加ができました!

ナウシカさんのおかげで一歩前進できたと感謝しきりだったのですが、さらに感謝すべき出来事があったのです!

なんと、『春に成る』の紹介記事をナウシカさんが書いてくださったのです!

っっっっ、感動と感謝が溢れて、言葉にできない!!
無数にある記事の中、見つけてもらって、読んでもらえて、温かい言葉をもらって、さらに自分の書いた物語を紹介していただけるなんて、すごく奇跡的なことです!しかも、今まで藻掻きながらも発信したことをしっかり受けとめ、私だけでなく、物語のキャラも大切にしてくださっていると伝わって、本当に感動しました!

前回は商品を、今回は目に見えない創作物を、受け取ってさらに繋げてくださるナウシカさん。感謝の気持ちを込めて、ナウシカさんをイメージしたお客さんが登場する『風に成る』を贈ります。

いつも、柔らかく温かな風を吹かせてくださり、ありがとうございます。

その風に引っ張られるように、その風と一緒に走っていきたくて、一歩、また一歩と進んで繋いでいけます。

見出し画像は、ナウシカさんの記事を見たり、繋いでくれた方々の記事を見ていた時に出てた虹です。なんだか嬉しかったので、思わず撮影しました。

ナウシカさんの記事から、来てくださった方々も、ありがとうございました。

ナウシカさんのように、受けとめて色々な方を繋いでいく素敵なパワーはないけれど、私のできることをすることで、ナウシカさんのパワーごと繋いでいけるようになりたいと思います!

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