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「支援者の殻を脱ぐ」とは何か~福祉従事者の役割とアイデンティティの狭間
1. はじめに
福祉従事者は、単なる職業的役割にとどまらず、しばしば「生き方」としての側面を持つ。しかし、このことが「支援者の殻を脱ぐ」ことを困難にし、仕事と個人の境界を曖昧にする要因となる。今回は「支援者の殻を脱ぐ」飲み会に参加しながら、福祉従事者の役割とアイデンティティの関係を整理し、その意義と課題について考察する。
また、一般的な企業取引においてはBtoB(企業間取引)が主流であり、BtoC(企業対個人)取引は相対的に少ない。一方で、福祉の分野では支援対象者(利用者)が個人であるため、BtoC的な関係性が基本となる。しかし、福祉従事者は単なるサービス提供者ではなく、倫理的責任や個人的関与が求められるため、BtoBとBtoCの境界が曖昧になりやすい。これが、支援者の役割を単なる「職業」として割り切ることを難しくしている。
2. 支援者の「殻」とは何か
2.1. 支援者の職業的役割
支援者とは、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士、スクールカウンセラー、ケースワーカーなど、多岐にわたる職種を指す。彼らは、クライアントの生活や健康を支え、社会的な孤立を防ぐための専門的役割を担っている。この点において、彼らは企業に雇用された「会社員」としての側面を持つ。
ただし、福祉従事者と一口に言っても、その立場は多様であり、雇用形態や職業倫理、支援対象者との関係性に大きな違いがある。ここでは、大きく3つの類型に分けて整理する。
(1) 雇用型福祉従事者(組織内支援者)
・例:精神保健福祉士、ケースワーカー、看護師、ソーシャルワーカー
・法的・倫理的な枠組みに則り、組織の一員として支援活動を行う。
・役割としての支援者であり、業務外では支援関係を持たないことが基本。
(2) 独立型福祉従事者(個人事業者・士業)
・例:独立型社会福祉士、フリーランスのカウンセラー、弁護士
・組織に属さず、個人の裁量で支援を提供する。
・仕事とプライベートの境界が曖昧になりやすい。
(3) ボランティア・NPO経営者・当事者支援者
・例:NPO法人代表、ピアサポーター、地域活動家
・金銭的報酬を目的とせず、支援を「生き方」として実践する。
・支援者としての役割と個人としての関係が混在しやすい。
2.2. 支援者の倫理的・感情的コミットメント
一方で、福祉の仕事は単なる「業務」では終わらないことが多い。支援者はクライアントの生活全般に深く関与し、時には私生活の領域にまで踏み込むことが求められる。さらに、倫理的責任や感情的な負担が大きく、「仕事」と「個人の価値観」を完全に分離することが困難になる。
このような背景から、支援者には「職業人としての自分」と「個人としての自分」の間に境界線を引くことが求められるが、それが難しい状況も少なくない。この「支援者としての自分」が形成するものこそが「殻」だといえる。
3. 仕事と生き方の境界線―支援者と会社員の違い
3.1. 会社員における役割の切り分け
営利企業の会社員は、一般的に業務時間と私生活の境界が明確である。顧客に対応する際は「担当者」としての役割を担うが、業務時間外はその立場を離れることができる。もちろん、近年では「企業文化」として仕事とプライベートの境界が曖昧になるケースもあるが、基本的には業務としての役割と個人の生活は切り分けられる傾向にある。
3.2. 支援者におけるアイデンティティの難しさ
対して、支援者は仕事の性質上、クライアントの生活と密接に関わるため、プライベートと仕事の境界が曖昧になりやすい。たとえば、ソーシャルワーカーが支援する対象者の人生が大きく変わる瞬間に立ち会うことがある。介護福祉士や精神保健福祉士は、利用者の感情や家庭環境に深く関与せざるを得ない場面が多く、単なる「仕事」では片付けられない状況に直面する。
そのため、支援者は「支援者としての自分」を維持し続けることが求められ、これが「殻」としての役割を果たす。一方で、その「殻」をどこまで保持するのか、またはどこまで脱ぐことができるのかという問題が生じる。端的に分類すると、下記のようになる。
福祉従事者のアイデンティティの構造
(1) 職業的アイデンティティ
・役割に基づく行動規範(倫理規定、守秘義務、専門性)
・福祉制度の枠組み内で活動することによる自己認識
・支援対象者との関係を明確に区別することで成立
(2) 個人的アイデンティティ
・人間関係や価値観による自己認識
・支援対象者との交流や個人的関係の影響を受ける
・「支援者」という役割を超えて、個人として関わりたいという欲求
職業的アイデンティティと個人的アイデンティティの間にはしばしば摩擦が生じ、これが「支援者の殻を脱ぐ」ことの是非につながる。
4. 「殻を脱ぐ」ことは可能なのか
4.1. 支援者の「殻を脱ぐ」とは何を意味するのか
「支援者の殻を脱ぐ」という表現は、単に「仕事の役割を外す」ことだけを意味しない。支援者としての自覚や倫理観を持ちながらも、職業的なアイデンティティから解放され、個人としての自分を大切にすることを指す。
この「殻を脱ぐ」ことができるかどうかは、職場の文化、個人の価値観、社会的な期待によって左右される。たとえば、支援者同士の飲み会では、普段の職業的な立場を超えて、個人の感情や悩みを共有する機会となる。こうした場が「支援者の殻を脱ぐ」場として機能し得る。
4.2. 支援者は「殻を脱ぐ」ことができるのか
支援者の「殻」は、職業的な倫理観や責任意識と深く結びついているため、完全に取り払うことは難しい。しかし、適切な環境とサポートがあれば、部分的に「殻を脱ぐ」ことは可能である。
① 自己ケアと境界線の確立
支援者が自分自身のメンタルヘルスを守るためには、仕事とプライベートの境界を適切に設定することが必要である。たとえば、勤務時間外は業務関連の連絡を取らない、仕事のストレスを発散できる趣味を持つといった工夫が求められる。
② 支援者同士のコミュニティ
同じ立場の支援者同士が集まり、仕事の悩みや経験を共有する場を持つことも重要だ。支援者が「支援者としての立場」から解放される機会を確保することで、精神的な負担を軽減できる。
③ 組織文化の変革
支援者が過度に自己犠牲を強いられる環境では、燃え尽き症候群のリスクが高まる。組織として支援者のワークライフバランスを重視し、役割の明確化や休息の確保を推奨することが求められる。
5. 今日の飲み会のまとめだよ。
支援者の「殻」とは、職業的役割と倫理観によって形成されるものであり、それを完全に脱ぐことは難しい。また、支援者の殻を完全に脱ぐことは、支援の本質を揺るがす可能性がある。一方で、支援者自身が「殻」に閉じこもりすぎることで、支援の柔軟性が失われる。
したがって、支援者は「境界を意識しながら、役割の柔軟性を持つ」というバランスを探る必要がある。しかし、仕事とプライベートの境界を適切に管理し、支援者同士のつながりを活かすことで、部分的に「殻を脱ぐ」ことは可能である。
「支援者の殻を脱ぐ」という命題は、支援者のアイデンティティそのものを問うものであり、単なる仕事の枠組みを超えた存在意義を持つ。この問題に向き合うことは、支援者自身の持続可能な働き方を模索する上で、極めて重要な視点である。
しかし、まぁ「支援者」を対象とした飲み会である時点で私たちは支援者の「殻」を脱いだり、破れていないのは自己矛盾をはらむのではあるが、それはまた別の記事で。
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