美しき『双頭の鷲』に還る日を夢見て
『双頭の鷲』(2016年 宙組公演)が大好きだ。『凱旋門』(2000年 雪組公演)と甲乙つけがたい、轟悠さんの作品のうちでも群を抜いて好きだ。最も好きな作品を二つ選ぶなら、トップ時代が『凱旋門』で、専科へ移られてからのものが『双頭の鷲』である。
轟さんのお芝居に感動し(2018年『凱旋門』)怒涛の勢いで轟さんのご出演作品を買い始める、その最初のDVDが『双頭の鷲』だった。まだ轟さんを好きになりたてで、長く応援されてきた方やほかの方に「轟さんのファンです」と言うのはおこがましいと思っていた(あまたの誹謗中傷に対するショックを受けていた)頃に、少しだけ『双頭の鷲』の映像を見せて下さった方がいた。記憶が正しければ、それは轟さんが相手役だった実咲凜音さんの胸にうずくまり、二人同時に「あなたを愛しています」と告げられる場面だった。『双頭の鷲』のキモの一つとも言えるであろう場面である。
ジャン=コクトーの原作戯曲が「究極の愛のファンタジー」な作品で、恋人と言われている?マレーの依頼を受けて書かれたもの。原作のテーマである「愛」(の世界観)が非常に美しいものとして描かれている(この作品で、初めて戯曲を読んだ)。それを宝塚歌劇で舞台化するのだから、輪にかけて美しくなるのは決定事項である。その上、スタニスラスを演じられたのが「ギリシャ彫刻のよう」なお顔の轟悠さんなのである。さらに、歌劇団の中でも特に「美しいもの」がお好きなのだろうと推測できる方が、脚色と演出を担当されている。王妃を演じられた実咲凜音さんも素が綺麗な方だと思うが「陶器のような肌に」と言われ「轟さんの隣に立つ」ために、特に気を配ったとインタビューでお答えになっていた。
要するに、原作の世界観も脚本も演者も、皆「美しい」のである。歌劇団の公式ホームページにおける作品紹介で「耽美的な愛の物語」と言い切っている。
もともと、轟さんのお芝居に惹かれてファンになったのである。スタニスラスの年齢設定からすると、随分とお若い役を生きられた轟さんだが、それは些末なことに過ぎなかった。王妃との言い争いでまくし立てたかと思えば、彼女の胸にうずくまり、跪く。王妃のために命を捨てると定め服毒するが、その前に一筋、轟さんが本当に涙を流される。毒が効き始め朦朧としながらも、最後の力で王妃にナイフを突き立てる前にそれを取り出される様は、まさに(『エリザベート』における)ルキーニの再来だと思った。
轟さんの本物の涙に涙し、王妃とスタニスラスを陥れたフェーン伯爵を憎んだ。何十回と観て、台詞や歌詞も覚えてしまった。
だが、昨年の青天の霹靂だった轟さんのご退団発表以降、少なくとも今(2022年1月5日)に至るまで、一度も『双頭の鷲』を観られていない。『凱旋門』の封印は解け、『婆裟羅の玄孫』も、落ち着いた心持ちで観られるのに『双頭の鷲』だけは躊躇している。理由は分からない。「観よう」と心を決めても、いざ手に取るのは『凱旋門』なのだ。なぜだろう。
再び『双頭の鷲』を観られる日が来るのは、いつなのだろう。早くその日が来てほしい。まだ、あの「美しい」轟悠さんがもういらっしゃらないということを認めたくないのだろうか。スタニスラス様として生きられた、あの轟さんがいらっしゃらないことだけが…。
参考文献およびホームページ
青木研二,1992,「ジャン・コクトーの『双頭の鷲』」『茨城大学教養学部紀要』24:243-258.
宙組公演 Musical『双頭の鷲』(2021年1月5日取得)