私とセイバーメトリクス
この文章は「第二回トロオドン怪文書アドベントカレンダー 2022」における12/4の投稿となっております。
今ではデータシコリストをやっている私が野球に興味を持ち始めたのは中学生の頃であった。思えば私が小学生の頃は全く野球に興味を持たなかったのである。小学校二年生のころにサッカーワールドカップが開催されていたこともあってサッカーにばかり興味を持ち、ベッカムやジダンを愛してやまなかった私の少年時代は突如終わりを告げた。
中学二年生になり鉄道研究同好会というオタクの巣窟のような部活に入った私は二つ上の先輩にある動画を見せられたのである。それが伊藤智仁のスライダー動画であった。
まるで重力に逆らって真横に曲がるかのようなこの伊藤智仁の高速スライダーを見せられた私は物理に反するようなプレーに感動させられ、野球の虜になったのであった。
そこから私は独学で野球について勉強をし始めたのであった。それまで野球を知らなかった私は野球選手について野球ゲームで知識を集めた。そしてその選手たちについてインターネットで情報を収集、過去の成績について調べ上げどういった選手なのかを勉強していった。
いやそもそも野球というスポーツに対する認識が間違っていたと言わざるを得ない。当時の私の野球に対するイメージはホームランを打つバッターこそが至高であっていいバッターというものはあまねくホームランバッターであると思っていた。だからこそイチローは最高のホームランバッターなのだと思っていて、ホームラン争いでマグワイアやサミー・ソーサと争っていたのだと私は勘違いしていたのだ。
しかし実際にはいろんなプレイヤーがいることを知った。打撃では結果が出なくても守備走塁で一軍をつかみ取った選手。非力ながらヒットを量産した選手。ホームランを打つことだけが野球ではないと知った。
そして自分が名選手だと思っていた選手たちは必ずしも歴史に残る大選手ではないということもやっと理解した。
たとえば広島の「赤ゴジラ」嶋重宣は球界を代表する強打者だと思っていたが2004年の覚醒がキャリアハイで.332 189安打 32本塁打とリーグ屈指の猛打を誇ったが翌年は.288 27本塁打に終わり、全盛期は短かったこと。
私の数少ない少年時代の野球観戦の思い出として名前がかっこいいという理由だけで応援していた赤星憲広は私が野球に興味を持ち始めた年にダイビングキャッチを試みて選手生命どころか自身の生命すら危ういほどの負傷を受け引退したこと。
そしていつしか私は野球選手の成績を見るだけで数字に対して「エロい」に近い感情を覚えるようになった。それは決して数字が良ければエロいというわけではない。打率.301よりも打率.288のほうがエロいし、打率.252の32本塁打が最もエロい成績だということに気づいてしまった。
僕は野球における数字にとりつかれてしまったのである。野球ゲームでは自分で操作することなくオートでペナントを回しては選手の成績の数字を見てそのエロさを競っていたのだ。「防御率2.57 14勝6敗」「打率.271 23本塁打74打点」「防御率3.03 18勝7敗」……そういった選手たちの数字を見てはニヤニヤする生活が私の高校時代の夜の過ごし方になっていた。
そして2010年オフ、ついに助っ人外国人の面白さに気づいてしまった。来年来日するであろう助っ人外国人の情報を調べてはそれを再現するという現在につながるライフワークはこれをもってスタートしたといえる。自分が最初に再現した助っ人外国人選手は広島のチャド・トレーシーであった。確か肩力Cながらもレーザービームをつけることで外国人選手特有の肩の強さを再現しようとしていたことをよく覚えている。
落合監督が「ブランコよりも飛ばす外国人選手を連れてくる」と言って連れてきたジョエル・グスマンは当初ミートCパワーSの最強外国人として作っていたがシーズン成績が低迷したことからミートFパワーSに下方修正したことも鮮明に覚えている。
そうして如何にリアルに助っ人外国人を再現できるかを一人で極めて楽しんでいたのが私の高校時代だったといえる。
そんな生活をしているうちに気づけば私は大学生になっていた。そしてついに私は出会ってしまったのだ。「セイバーメトリクス」というものに。
Society for American Baseball Researchの略であるSABRに測定基準という意味のmetricsを足したSABRmetrics(セイバーメトリクス)は野球プレー経験がないアメリカ人野球ライターのビル・ジェームズが1970年代に提唱したもので、当時野球選手のプレーというものがほぼ印象論で語られ実態を評価するには相応しくない指標で選手が評価されている現状に対し疑問を呈し、新たな指標を提示して選手の価値を正当に評価しようという試みであった。野球経験がない彼の主張は当初は認められなかったが後に評価された。
つまりこれは一般にはまだ評価されていない選手をセイバーメトリクスの指標で測ることによって実は戦力価値が高いということを見出すことができるということでもあった。一般野球ファンがまだ評価していない選手を見出しその選手の指標を見て一人ただニヤニヤすることができるということであった。
まだ誰も見つけていない選手の細かい指標を見てニヤニヤしている自分、まだ世の中では評価されていない選手を見出している自分というものは自分の中の独占欲を満たすには充分であった。こうして私はデータシコリストとなった。
Ultimate Zone Rating(UZR)、Defensive Runs Saved(DRS)、Batting Average on Balls In Play(BABIP)、Defense Independent Pitching Statistics(DIPS)……。そんなアルファベットまみれの海に漕ぎ出せばいくらでも野球選手に関する数字が転がっていた。野球選手の指標を溺れるほど調べ漁った私は気づけば指標の中にエロさを見出すようになっていた。
シングルヒットを打つこととフォアボールを選ぶことの価値は本来ほぼ変わらないということ。フォアボールを選ぶということはカウントが不利になりやすいということでもあり三振がつきものだということ。長打を狙うバッターは三振が多くなりやすいということ。ホームランは揺らぐことなく絶対にヒットになる打球だからホームランを打つことこそが成績を安定させるために必要だということ。気づけば私はホームラン至高主義の小学生時代に戻っていた。
例えば2015年、タンパベイレイズの中堅手であったケビン・キアマイアーは守備指標であるDRSで歴代最高の+42を叩き出した。これはチームの失点を42点減らしたということである。
ただ守備が美しくまた派手であるというだけでなく、実際にその守備力が指標上で高く評価されているということが重要なのだ。来る日も来る日もメジャーリーグの指標の海に溺れてはオカズ探しを続けていた私だったが、指標に飽きるということは一切なかった。
むしろ指標は毎年毎年変化するものであり、元来守備の名手であったはずのケビン・キアマイアーの今季のDRSはわずかに+2に止まってしまった。栄枯盛衰諸行無常を感じずにはいられない。しかし指標の数字が衰えたからと言って嫌いになるというわけでもないのが興味深いところ。全盛期だけをオカズにし続けるのはよくない。指標的に衰え、成績が落ちてきていたとしてもそれを受け入れていくことがデータシコリストたる自分の使命だとも思っている。
データシコリスト的にはいろいろと気になる指標はたくさんあるのだがとりあえず自分が最もオカズとして利用しやすい指標を今回いくつか挙げていこう。
Z-swing%(ゾーン内スイング率) - O-swing%(ボールゾーンスイング率)、自分はこれを勝手にゾーン管理能力の指標として利用させてもらっている。ストライクゾーンのボールに手を出した割合からボール球に手を出した割合を引くことでその差を導くことができる。この数字から如何にボール球に手を出さずにゾーン内の球だけに手を出せたか、ということが評価できるということである。これにより本当の意味で選球眼が優れたバッターを評価することができるのではないか、というのが私の考えである。2022年ヤクルト塩見が44.2、2021年阪神サンズが43.2でリーグ平均を上回っていたこの二人は非常に鮮烈なイメージを残した。
BB/Kは簡単に計算できる指標でありながらシコクオリティの高い指標でもある。四球÷三振という簡単な計算式で導き出せるこの指標もバッターの選球眼を測る上で一つの目安となる指標で、より多くのフォアボールを選びより少ない三振をした打者が優秀となる。2020年吉田正尚のBB/K 2.48はたまげた、まさに異常打者と言わざるを得ない。2022年佐野恵太も22本塁打を放ちながらもBB/Kは0.75と非常に高い数字を記録した。個人的には今年で最もシコクオリティの高い数字であった。
HR/FBはフライに占めるホームランの割合を示す指標でパワーの評価に使われる。2022年の村上宗隆はもちろん三冠王で話題となったがその裏でシーズン犠牲フライ0という驚異的な数字を残した。あれだけフライを打つ能力が高い打者なのにこれはおかしな数字ともいえる。これはHR/FBが30%を超える、つまりフライの3割はホームランになっているという人間離れしたパワーがあったからこそ成し遂げられた数字であったのだ。パリーグ本塁打王の山川穂高のHR/FBが20%(全体2位)であったことを考えてもその異常さがおわかりであろう。
Win Probability Added、WPAは自身の打撃でどれだけチームの勝利期待値を高めることができたかを評価する指標である。阪神中野はその打撃面が非常に評価される選手であるがWPAでは-2.36と実はチームの勝利期待値をむしろ下げたシーンが目立った。こういった選手のイメージと実際に出てくる指標の値が乖離していれば乖離しているほどニヤニヤしてしまう。たまらない。
Wins Above Replacement、WARは平均的な野手と比較してどれだけチームに勝利をもたらしたかを表す指標。打撃守備走塁の評価をすべて得点に換算して評価する、最もわかりやすく選手の価値を数値化することができる指標である。2022年の村上宗隆のWARは10超えでルーキーイヤーにしてトリプルスリーを達成したマイク・トラウトと同レベルともいえる。
今年最もエロいと感じた指標は佐野恵太のBB/K 0.75。今年のプロ野球界で最もエロい数字、トロオドン的MVPに今回認定させていただきます。来年のMVP、いやMSPは一体だれが掴むのか。来季に向けて期待が膨らみます。
最後にデータシコリスト的に最高にエロい成績の選手を公開してこの記事を終えようと思う。2017年ジャロッド・ダイソン(シアトル・マリナーズ)。この年のダイソンは111試合に出場390打席に立ったものの打率は.251と決して高くなく本塁打も5本、OPSは.674とメジャーリーグの平均的な野手を大きく下回り打撃面では-6.9と赤字を垂れ流してしまった。しかし28盗塁7盗塁死とその自慢の脚力で5.6ものプラスを生み出すと守備面ではセンターとレフトを中心に駆け回り守備で13.6と大幅黒字を達成、WARでは2.6と平凡な野手という数字に終わったが打撃面での赤字を守備走塁だけで黒字にするというそのストロングスタイルな代走屋でまさに名は体を表していたと言えよう。
今までもそしてこれからも、私は死ぬまでデータシコリストとしてあり続けたいと思う。来季のデータシコリスト的MVPをお楽しみに。
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