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リカとジュリ ~幻の大韓ピンキーバイオレンス映画を追って TEXT by 植地毅(後編)

『混血児ジュリ』の謎を巡るレポートの後編をお届けします。

・出鱈目すぎる海外公開版のデータ

海外版VHSジャケ

YouTubeで配信されている英語版の存在を知り、衝撃を受けて早速その内容の確認ができたまではよかったが、海外版の存在は映画を巡る謎を更に複雑化させただけだった。
まず海外版タイトルの『STRIKE OF THE TORTURE ANGELS』で検索すると、データーベースとしてIMDBがヒットするのだが、これはトラップだ。出所がいい加減な香港/アジア産映画にありがちな事例なのだが、本作に関してIMDBに記載されている情報は、公開年度も監督もキャスト名も全てデタラメ(1982年とあるが、実際には1974年とか)。他に関わったキャストのリンクもなく、当然こちらが求めている情報につながる手がかりもゼロという有様。海外版VHSから手がかりを辿る線は捨てて、当時の韓国映画市場の背景から探るしか、もう方法は無かった。

本作の謎を調べるにしても、なにせ相手は50年近く前の韓国映画である。しかも作られた時代が厄介だ。1970年代当時の韓国は、朴正煕大統領による熾烈な軍事政権下にあり、表現の自由はほぼゼロ。政府の検閲なくして映画は作れなかった暗黒時代であり、韓国映画人は古典作品などを工夫して映画化することで、何とか作家性を活かそうと苦心していたと伝え聞く。そんな頃の韓国内でもレアとされるような情報を、日本国内でいくら探し回ったところで、入手できる一次的資料には限界があり、現地に出向き掘るにしても今の状況下ではハードルが高い。

そこでソウル在住の筆者の友人のS氏(スラッシュメタルバンドでドラマーと務め、デスマッチ系プロレスをこよなく愛するナイスガイ)にコンタクトを取り「どんな細かいネタでもいいので、この映画に関する情報を教えてほしい」とリクエストしたところ、さすがナイスガイS氏。すぐに調査報告レポートの返信が届き、日本では知り得ないような事情を詳細リンク付きで解説してくれた。彼の協力によって『ジュリ』の調査は急展開を迎え、重要な情報が続々と集まってきた。以下、あくまで当時の状況証拠からの推察になってしまうが、判明している情報と照らし合わせながら報告しよう。

・謎の鍵は「申相玉プロダクション」にあり

まず、『ジュリ』で主人公ミョンヒ(英語版ではスーザン)を演じた女優ソ・ミギョン。彼女は『ジュリ』が、ほぼデビュー作であり、その後数本の映画に主演したりテレビドラマなどにも進出。のちに若手アイドルの登竜門と呼ばれるロッテ主催によるイメージガール・コンテストの第1回目の優勝者に選ばれると、ソ・スンヒの芸名でデビュー。美貌を活かしたアイドル路線かと思いきや、『混血児ジュリ』以外の女囚映画や、韓国ヤクザ映画の傑作『侠客金斗漢』などに出演しながら、ロッテの広告塔としてもCMやグラビアで活躍。しかし、人気絶頂の最中に彼女は突然「日本に留学する」と言い残して芸能界を電撃引退。実は彼女は、ロッテ会長・重光武雄こと辛格浩に見染められ、見事に第三夫人(妾)の座に就いたのだった。財閥のメンバーになり表舞台から完全に身を引いたかに思われていたソ・ミギョンだが、近年ロッテ財閥お家騒動をキッカケに数十年ぶりに公の場に姿を現したことで話題を振りまいた。その波瀾万丈の人生は韓流ドラマを地で行くノリでエンタメ感満載…ご興味のある方はで検索してみてほしい。
ジュリ役のチェ・リョンは本当にハーフというわけではなく、ちょっと濃い顔立ちだったのでドーランを塗ってジュリを演じているだけの韓国人女優。現在はイム・グォンテク監督(代表作は韓国ヤクザ映画の傑作『将軍の息子』)夫人である。
主演2人が存命なので、もしかするとこの映画に関して何か質問できる日が、いつか来る可能性はある。
ソ・ミギョンはスキャンダラスな意味で再び有名になっていたおかげで比較的情報を得やすかったが、他のキャストやスタッフに関してはKMDB以上の情報はない。だがS氏から送られてきた情報の中に、1つだけ気になるブログ記事があった。

『混血児ジュリ』釜山版新聞広告
デビュー当時のソ・ミギョン。アイドル路線かと思いきや、ヤクザ映画や女囚映画にも積極的に出演。
その後の波乱の人生を含め、エクスプロイテーション女優の貫禄を感じるブロマイド。

それは、韓国のビンテージ女優や歌手の研究をしている韓国人ブロガーの記事で、そのブロガーは、ソ・ミギョンやチェ・リュウの他に、端役で出演していた女優たちや大部屋俳優を追うマニアさん(同じ趣味の人が彼の国にもいるかと思うと胸が熱くなる)。そのブログには、『ジュリ』は非常に低予算の映画であり、ロケのスケジュール含め短期間で撮影されたといった撮影裏話的なエピソードが記載されていたのだが、その中に見逃せない一文を発見する。

「この映画の監督は全應柱と宣伝されたが、実は日本人が代理で監督している」

な、なんですと!!??

そうなると話はまるで違ってくる! なにしろ製作した申プロダクションを率いる映画監督・申相玉といえば、日帝統治時代の生まれで東京藝大卒。ゆえに親日家であり、日本語も堪能で日本人の友人も多い。日本人代理監督を起用する可能性は高い。
その一方では、1970年代当時の申プロダクションの経営は予算超過が常態化して危機的状況にあり、厳しい検閲のために撮りたいテーマにも挑めなかった。この頃の申プロを取り巻く苦しい台所事情については、ドキュメンタリー映画『将軍様、あなたのために映画を撮ります』でも詳しく語られている。

『女囚407号』ポスター
『女囚407号』ポスター
北に拉致された申相玉夫妻と金正日の3ショット

『ジュリ』の公開から4年後に申監督は自らメガホンを取り、超暴力的な女囚映画『女囚407号 ESCAPE FROM TIGER CAMP』(1978年)を公開。香港やアジアを筆頭にヨーロッパでも公開され、海外セールスも好調でヒットする。しかし直後に申プロダクションは、過去に検閲に違反した映画を製作したとして、政府によって強引に認可が取り消され会社は閉鎖。その時に資料やフィルムの多くが散逸する。その失意の中で妻が香港で、映画製作の資金提供者を装った北朝鮮の工作員に拉致され、続いて自らも…。
申相玉は北朝鮮拉致という波乱の人生に突入するのだった。

申監督が検閲違反(ヌード描写)したとされる『薔薇と野良犬』(1975年)。
閉鎖命令は政府に批判的な申に対する制裁だったという説もあるが…。

・渡韓した日本人映画監督は、あの天才作家?

こうなったら話は簡単である。申プロダクションに当時関わっていた日本人監督を探し出せばいい。そして1974年に渡韓して、申プロで3本の映画を監督している日本人が1人だけ見つかった。
中平康である。
そう、『混血児リカ』を新藤兼人と共に実写映画化し、監督を勤めた、あの中平康である。
中平は新藤兼人の独立プロの誘いで『混血児リカ』と『混血児リカ ひとりゆくさすらい旅』を監督。3本契約だったが、なぜか2本目で降板している。なのでリカの3本目『ハマぐれ子守唄』の監督は吉村公三郎となった。
この件に関して原作者の凡天太郎は「中平は自分から降板した」という言葉を残しているが、その理由までは明らかになっていない。

中平康監督(wikipediaより)
(引用元URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/中平康#フィルモグラフィ
『混血児リカ ひとりゆくさすらい旅』海外版DVDパッケージ

中平は、73年から74年にかけて申監督の誘いで渡韓を繰り返し、自身の作品『紅の翼』を韓国人キャストでリメイクした『青春不時着』を筆頭に、日韓合作名義の映画を3本撮っている。そこに『混血児ジュリ』である。とても偶然とは思えない。
これは何かヤバいものを掘り起こしてしまったのではないか?
筆者はあいにく、東映ヤクザ映画には詳しいが、中平作品に関しては門外漢。ここはプロの意見を伺おうと、中平康研究のエキスパートである映画評論家のミルクマン斉藤氏に連絡。今回の調査結果を報告すると、このような返事をいただいた。

「資料が残されていないので断定はできないが、かなり興味深い事例。実質的に『ジュリ』を監督したのは、ほぼ間違いないのではないか?」

ミルクマン斉藤氏の意見も踏まえたうえで、ここからは状況証拠を積み重ねた推察でしかないが、まとめてみよう。

・混血児ジュリ総括リンチ

ここまで判明している状況をまとめると、このようになる。

①中平康は3本撮るはずだった『混血児リカ』を何故か2本で降板した。

②その後中平は渡韓して申プロとの合作で複数の作品を撮った。その中に実は『ジュリ』も含まれていた。

③その際、本来監督する予定だった『リカ』の3本目『ハマぐれ子守唄』のプロットを引用した可能性もある。

④全面的に監督した作品ではないかもしれないが、制作過程で何らかの関わりがあったのは間違いないと思われる。しかし、決定的な確証につながる資料は残されていない。

以上、状況証拠だけみればビンゴなのだが、いかんせん断言するには資料が少なすぎる。残念ながら調査はここまでなってしまうのが何とも歯痒いが、『ジュリ』を取り巻く実状にはかなり迫れたのではないだろうか?
結論としては、『混血児ジュリ』は『混血児リカ』と、大いに関係がある作品だと断言できる。しかし、取り巻く状況は複雑怪奇。まず以って凡天太郎原作の『混血児リカ』とは正直ほとんど関係がない。この映画は玄界灘の向こう側にて、中平康と申相玉との間に生まれた、いわば「落胤」ような作品である。凡天太郎が全く預かり知らぬ話なのも無理もない。
『ジュリ』の物語は、「事件→収容→キャットファイト→脱走→復讐」という女囚アクションの基本手順にこそ忠実だが、内容的には原典というべき『リカ』との共通点や影響、インスパイアなどは全く見出せない。そもそも『混血児リカ』自体、中平は旧知の仲である新藤兼人に頼まれたので、断りきれず監督を引き受けただけで、原作漫画に特に思い入れはなかったらしい。申監督の誘いで渡韓した際も、また頼まれて断りきれなかったのではないか?
「新作の感化院もの、撮るの手伝ってよ」的な話の流れで、製作に関わった可能性は高い。ここまでの結論を踏まえて再度ミルクマン斉藤氏とも情報交換したが、恐らく真相としてはこんな話ではないかと思われることで意見が一致した。
最終的にこの真相を突き止めるためには、存命中の2人の主演女優にインタビューを試みるのが最も確実そうだが、ロッテ財閥はまず無理そうなので他の手段を模索しつつ、今後更なる調査を続行することを誓い本稿を締め括りたい

追記:山本周五郎原作による児童向け小説『混血児ジュリ』との接点に関しては、物語的にも全然関係がない。しかし、中平が関わっていたと仮定するならば少々事情は変わる。中平は自身の監督デビュー作に山本周五郎原作の『かあちゃん』を希望していたが、諸事情により実現しなかったというエピソードが残されているのだ。山本周五郎に思い入れを持つ中平であれば、完全に無関係とも言い切れないかもしれない…。

(5月3日:追加の調査結果を元に全体を加筆修正しました)

ミルクマン斉藤・著『KO NAKAHIRA Retrospectiveー映画をデザインした先駆的監督』


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