see you
「ねえ、読書中悪いけど散歩へ行こう」
「本、まだ途中なんだけど」
「うん」
僕がつけるのは、あきらめのため息だけ
肩を並べて歩く
海と空を見渡せる草原
草たちが緑豊かになびいている
僕が持っているのは読めるはずのない本だけ
「ねえ、気持ちがいいね」
「そうだね」
「ここはいいところだったね」
「そうだね」
「君はいい人だったよ」
「そうかな」
「私はどうだったかな」
僕が思考するのは
君にイヤな思いはさせたくない
それだけ
いや、それを言葉にする余裕も力も持っていない
掴んでいたはずの本が手から落ちる
落ちた拍子に頁は開かれ
その頁から風が話を進めていく
頁がめくれる音しか聞こえない
次第に音が強くなる
草たちが舞い上がる
君の長い髪が大きくなびく
風と草が君を抱きしめるかのように
包み込んでいく
髪の先端へいくほど
色は黒から紫そして緑へ
草なのか髪なのかわからなくなる
草と髪
舞い上がりなびき
一つに溶け合っていくみたいだ
それでも君の瞳は僕を映していた
目を離してはいけない
そう強く思うほど
かなわないことだとわかってしまう
瞳の中の僕が歪み出す
風が一滴二滴と誘い出す
君が口を開く
「ねえ、またね」
突風
反射的に目をつぶる
目を開ければ
君はいなくて
草たちは消え
海も空も風も
僕は本を拾い
読んでいたところまで頁を戻す
そこには草が一片挟まっていた
‘ねえ、またね’
君の声がよみがえる
「そうだよ。まだ途中なんだ」
挟まっていた草は緑でも黒でもない紫色
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