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短編 「何者」


「夜に溶ける」1



モンクの「April in Paris」を聴きながら深い夜に溶けていた。


そのままでいると、しばらくしていくつかの昔話が蘇ってくる。


そうだ。


そう言えば、俺はじぶんの父親の顔を知らない。


ま、そんなことは今となってはどうでもいいことだが。


近所に住んでいた同級生の母親。


どうにも低俗で野卑な生きもの。


それらが面白がって、俺に話しかけてきた。


「お母さんは、夜はいないの?」


「お母さんは、何をしているの?」


7歳だったか、8歳だったか。


そいつらと比べたら遥かに美しくて純粋だった俺は。


「キャバレーというところで働いています」


なんて、はきはきと答えていたんだ。


父親は、その数年前からいなかった。


だから、端っからいなかったと同じだ。


夜がやってくると、正真正銘のひとりだ。


誰とも話さず、どこにも行けない。


テレビもラジオもない。


そこにあるのは、なぜ生まれてきたのか?という疑問だけだ。


やがて、夜に横たわる奇妙な安堵感に慣れていき。


その…あたかも闇に紛れて、じぶんの姿が消えているような錯覚。


が、気に入るようになって、思春期になった。


15歳。


じぶんと同じ年頃の男子を持つ母親の友人がいた。


そのアパートに泊めてもらうと。


母親の友人は腕に、自ら注射を打っていた。


打った後に目を閉じて、うっとりした表情を浮かべていた。


それを見ていたら家に帰りたくなった。


家に帰っても誰もいないが、それでもその方がいいような気がした。


外に出ると生ぬるい夜が俺を待っていてくれた。


痺れたような気持ちを暗闇が受け止めてくれた。


同じ道でも、昼間の道と夜の道は別物だ。


昼間の道は他人行儀だ。


夜の道は妙に馴れ馴れしい。


どっちも好きなわけではないが、夜の方がまだましだ。


家まで、あとどれだけ歩けばいいのだろう?


窓から漏れてくる明かりと雑音。


きっとあの窓の主からは独特の臭いがするに違いない。




「間違っていた」2



帰る途中でうずくまっている女を見つけた。


いつもなら興味も持たないが、ふと魔が差した。


「おい、こんなとこで何やってんだよ!」


15歳の俺は女のことをまるっきり分かっていなかった。


ドブくさい臭いが漂う私鉄駅近くの商店街。


その女も同じくらいの歳に見えた。


明らかに未成年のくせにやたらと酒臭かった。


表通りから一本入った裏道で、それは店の裏側になる。


雑然と積み上げられた段ボールにビール瓶や酒瓶が突っ込まれている。


俺の時計は死んだ親父が着けていた腕時計だ。


そいつを見たら午前2時だった。


「しかたねえな…」


居酒屋の店の裏側で拾った女。


この女、やれるかな?


ガキの俺はそんなことを思いながらゲロまみれの女をかついだ。


力を抜いた人間はとにかく重い。


なんとか女をおぶって、薄暗い裏通りを歩き始めた。


背中が生暖かくなった。


女の尻を支えていた手にじわっと湿り気が這った。


湿り気は思いのほか勢いを増して女の太もももびしょ濡れになった。


俺から見ればかなり趣味の悪いワンピース。


それを着ていた背中の女がしゃべった。


「気持ち、悪っ…」


女はいきなり飛び降りて思いっきり吐いた。


俺はそれがおかしくてしばらく大笑いしていた。


道の脇で女の背中を撫でてやったら、俺をじっと見ながら言った。


「あんた、誰?」


その聞き方に俺はまた爆笑。


すっかりやる気がなくなった。


間違っていた…。


酔った女だからって、そんなに簡単にはやれない。


だって、俺にその気がなくなってしまうんだから。


道端に倒れていた女を助けたら、抱けるかと思っていた。


しかし、そんなシナリオにはならなかった。




「暗闇に手を握る」3



モンクの曲が終わった。


コルトレーンの「A Love Supreme」に変わった。


この店のマスターは俺の好きな曲を知っている。



15の時に拾った女のこと。


あれから俺は自分の住むアパートに連れて行った。


お袋は寝ていて、目も覚まさなかった。


翌朝、俺のベッドにはマスカラが目の下に流れた若い女がいた。


相変わらず笑わせてくれる女だ。


まだ半分寝ている女に聞いた。


「いくつ?」


「17」


「ふ〜ん」


「ところでさ」


女は続けてこう聞いた。


「わたしとやった?」


「面白くてやる気にならなかった」


そう答えると女は、


「じゃ、今からやる?」


と。


本当はやりたかったが、何だかかっこ悪い気がしてこう言った」


「そんな気にならない」


これが俺とナオミの付き合いが始まった。


聞いてみるとナオミは金持ちん家の娘みたいだった。


高校は寮生活で、たまたま実家に帰っていた時に俺と会った?わけだ。


あれから3年経った。


どういうわけだか、ナオミは俺が気に入ったみたいだった。


何もかも満ち足りているように見える境遇なのに、あいつは荒れていた。


浴びるほど酒を飲んでよくベロンベロンになった。


そのくせ学校にはそんな自分をおくびにも出さず通っていた。


成績は優秀だった。


やがてナオミは高校を卒業して有名な女子大に入学した。


俺は高校3年になっていた。


2歳年上のナオミは俺にいろいろなことを教えた。


セックスのことも、ファッションのことも、アートのことも。


ナオミは週末にこちらに帰ってきては俺と会った。


同じ街に暮らす二人の境遇は全然違っていたが、お互いが好きだった。


付き合うようになって1年くらい経った頃だった。


ナオミは妊娠した。


俺には言わないで勝手に堕ろしてきた。


「今日、ヒロシとわたしの子どもがいなくなったよ」


手術の後にふらふらした足取りで俺のアパートに来て、そう言った。


ナオミからは消毒薬の臭いがした。


きれいなブルーのセーターを通して…。


俺はナオミと朝までいっしょに過ごした。


夜、ベッドの中でナオミは俺の手を握ってきた。


その時の感触を、俺は生涯忘れることはなかった。


【俺たちから、俺へ】4



コルトレーンの長い曲が終わった。


ぷちっぷちっという、行く先を塞がれたトーンアームが

戸惑う音が続いた。


ややあって新たな曲が始まった。


チエット・ベーカーの「The Thrill Is Gone」。


投げやりで優しい声が周囲の雑音と重なった。



18歳になった俺は、赤点だらけだったが高校を辛うじて卒業した。


就職する気も起きずアルバイトをしていた。


ミュージックバーのバーテンダー。


この店では自分の好きな曲をかけていいことになっていた。


ジャズでもロックでもシャンソンでも。


選曲のセンスが良くて、客が受け入れればそれでOK。


昼まで寝て、夕方から朝まで仕事。


先ほどチエットの曲を選んだのは俺だ。


ここのところいいことがなかった。


先ずはナオミと別れたこと。


ナオミには新しい男ができていた。


俺と付き合っている時だって、他の男とセックスはしていた。


分かっていたが、離れていこうとはしなかったから。


ところがこんどはどうやら本気らしい。


半年前にあいつが堕ろしたことを思い出した。


あれは誰の子どもだったんだろう?


どっちでもいいことを考えていることに自分に腹が立った。


俺は努めて平気な顔をした。


平然と「そうか」とだけ言った。


あまり治安がいいとは言えない地区にあったロックバー。


そこで別れ話をした。


そして短いやりとりをして、すぐに店を出た。


見上げた12月の夜空は美しかった。


どこかにでかい穴が空いていた。


そこから青い血が大量に流れていた。


わずか数分前の自分と今の自分が全く違っていた。


当たり前だがそんな経験は初めてだった。


ふわふわとした地面に足が着いていないような感覚。


前に進んでいるのか、そうでないのか、つかめない。


寒さも感じない。


頭の中は空っぽ。


「家に帰るしかないか…」


1時間ほど歩いていたら目の前に汚いアパートが現れた。


そのアパートの二階が俺の家だ。


最低の母親と最悪の俺が暮らす部屋がそこにある…。


階段を上がって部屋の鍵を開けた。


ちょいちょい見かけるおっさんの革靴があった。


母親はおっさんとのセックスの真っ最中だった。


バックから入れられていた母親と目が合った。


母親は少し照れながら笑った。


俺は軽く手を上げて、気にすんな、と合図を送った。


なんだか母親を褒めてやりたいような気持ちになった。


落ち込んでいる俺を励まそうとしているみたいに思ったからだ。


仕方がないので部屋を出てまた歩き始めた。


外はやたらと寒く感じた。




「そいつの役割」5



誰からも相手にされない男がいた。


そいつは、気味が悪くなるほどの笑顔で人に話しかける。


しかし二言か三言でいなされ、その後は無視される。


ところがそいつは全くめげないのだ。


人を見れば話しかけ、冷たくあしらわれ、顔を背けられる。


だからとにかくいろいろなところへ出かけていく。


さまざまな店に顔を出す。


ちなみに疎ましがられるのは何も女にだけではない。


男からも嫌われる。


つまり全員からつまはじきにされるわけだ。


それでも、それでも。


そいつは悲しまない。


決して泣かないし、絶望もしない。


とは言え、そんな風だから希望なんてものも、もちろん持っていない。


この世で、この社会で、この人生で。


自分が本当に心底からひとりだと思えるようになるまで。


悲しみという感情は持たないことに決めたからだ。



ところがある日。


とうとう自分はひとりなんだと知ってしまった。


夢の中に、とうに死んでいる母親が現れた。


そしてそいつに向かってこう言ったのだ。


「お前は死ぬまで誰にも愛されない」


「誰にも優しくされないまま死んでいくんだ」



やがて目が覚めた。


身体を起こして鏡を見ると黒光りする身体が写っていた。


そいつは気がついた。


ああ、自分はゴキブリだったんだ。


そいつは、なまめかしく光る身体をのけぞらして大笑いした。


わかったぞ!わかったぞ!


自分の果たすべき役割がはっきりわかった。


俺は嫌われるために生まれてきたんだ。


そのゴキブリは身体中が幸福感でいっぱいだった。


とめどなく涙が溢れてきた。


もういつ死んでもいい。


踊りたくなってきたから、思い切り踊りまくった。


あまりに幸せだったからか、目の前がぼんやりしてきた。


賑やかな街に雪が降ってきた。


すっかりかすんできた目で空を見上げた。


「最高だ…」


誰も聞いていないのに、そいつは誰かに向かって話しかけた。


道端で死んでいたそいつは、誰からも無視されたまま横たわっていた。


赤いランプが近づいてきた。


生まれてきた意味は理解した。


でも生まれ変わりたい、とは思わなかった。


メリークリスマス。


聞こえない声でそいつは言った。

「でかい音の中」6


カウンターの中でぼ〜っとしていたら這っている奴を見つけた。


「ちっ!」


思い切り踏んづけてやったら、はらわたのようなものを出して死んだ。


嫌われるために生まれ、嫌われているから殺された。


ティッシュを使ってそいつを包んで捨ててやった。


それは、そいつに施された今までで最大の優しさだったかもしれない。


白い衣に包まれてあの世に行ったのだから幸せだっただろう。


今日はどんな客が来るんだろうか?


だいたいは常連しか来ないのだが、たまに間違えて入ってくる。


真夜中の12時頃に、そんな女客がひとりやって来た。


ショートカットでなかなかいい女だった。


「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグみたいな。


細身の身体にぴったりしたジーンズに青いセータを着ていた。


青いセーターだ…。


ふとナオミを思い出した。


「何を飲まれますか?」


カウンターに座って、そのまま下を向いていた女に聞いた。


「何でもいいよ」


「分かりました」


カクテルなんて作るのが面倒だから、シングルモルトに決めた。


フランス人が好きな甘口のシングルモルト。


それをロックにして出してやった。


カウッターにロックグラスを置いたら女が顔を上げて俺を見た。


25になっていたが、相変わらずミュージックバーで働いていた。


そんな俺は相当に疲れた顔をしていたに違いない。


あまりじっと見られるのも嫌だったが、そいつは俺を凝視した。


そして俺は気がついた。


明らかにナオミだった。


暗い照明とタバコの煙。


ナオミの場所だけが店の中で明るく見えた。


しかしナオミは何も気がつかないような顔をして座っていた。


「おいしい…」


ナオミ、いや、その女はBALVENIEの12年を一口飲んで、つぶやいた。


ナオミではなかったのか…。


知り合いのそぶりを全く見せない女を見ながら思った。


人違いだったんだ。


すっかりナオミだと思い込んでいた俺は、少しがっかりした。


「でかい音でドルフィーが聴きたいんだけど」


「ああ、分かった」


そう答えて俺は「ERIC DOLRHY AT THE FIVE SPOT」を大音量でかけた。


野太いバスクラの音がJBL4343のウーファーを震わせた。


音が大きくなったので、もう会話はほとんど聞こえなくなった。


他の客が激しく頭を振りながら曲に没頭し始めた。


女は、タバコを吸いながら目を閉じていた。


俺には話しかける気がなさそうだった。


だから俺も黙っていた。


かなりの時間が経ってから女が俺に向かって何かを言った。


レコードが大音量で鳴っているので、聞こえない。


女は叫ぶように、また何か言った。


それでも聞こえないので耳を女の口に近づけた。


こんどははっきり聞こえた。


「酔っ払ったから、家まで送って!」


一瞬迷ったが、口を女の耳に寄せてこう答えた。


「おぶって送ってやるよ」


女はうれしそうにうなずいた。




「あれはアイだったのか?」7−1(前編)


スギウラが最初の男だった。


商社に勤めていたスギウラは有名私大卒だった。


姉のミチコの友人で、家に遊びに来ていた時に誘われた。


そん時、私はまだ中学3年だったのに、ボディはもう十分に女だった。


おっぱいもでかかったし、自分でも思うけど、かなり早熟だった。


姉のミチコは5歳上だったから、その頃はハタチだった。


そもそも私の家はやたらと大きかった。


親が幼稚園経営でがっぽり儲けたからだが…。


母の愛車はシボレー・モンテカルロ。


父はどんどん派手な暮らしになっていく母を冷ややかな目で見ていた。


郊外に建つその家で姉はよくパーティーを開いていた。


有名レストランからのケータリングで食卓は豪華だった。


母はじぶんの娘たちを医者と結婚させたがっていた。


最低でも有名私大卒の金持ちの子どもに嫁がせたいと考えていた。


だからミチコがそこそこの女子大に入学したことを喜んでいた。


特に有名私大で、医学部があったスギウラの大学には好感を持っていた。


パーティーはいかがわしい雰囲気に満ちていた。


20人くらいはいただろうか?


必ずいつも男女が同数になるようにセッティングされていた。


たいていは土曜日の午後から始まり、途中で飲みに行く者もいたが、

そのまま泊まっていく連中もけっこういた。


当たり前だけど、私はとにかく可愛かったから、男子大学生はあからさまに

嫌らしい目で私を舐めるように見た。


その中でもスギウラはかなり積極的に迫ってきた。


パーティーの日はうるさくて嫌いだった。


じぶんの部屋にいて、パーティーに顔を出すことは滅多になかった。


その日もじぶんの部屋にいたら、いきなり酔っ払ったスギウラが勝手に入ってきて、私に抱きついた。


なんだよ、こいつ!


酒臭いし、顔は油でテカテカしてるし、やたらと身体もデカいし。


ま、こんなことは時々あることだから、慣れている。


部屋の外に押し出して、バイバイ、と言えばいいだけだ。


なんてたって私は中3なんだから、そうそう強引には来られないはずだし。


立派なバージンだぞ!


キス程度なら知っているし、オトコの欲望について、それなりの知識はある。


やれやれ、テカテカのおっさんよ、出て行ってくれよ。


24〜25歳のスギウラは、私から見たら完全におっさんだ。


だいいち私ん家で、私に手を出そうとするなんて思いもよらなかった。


ところが。


スギウラは諦めようとしなかった。


笑えるくらい本気だった。


なんだよこいつ。


押しだそうとしたら、いきなり懇願してきた。


床に手をついて、バッタみたいに頭をペコペコした。


ナオミちゃん!頼む!一生のお願い!


だって。


しょーがねえなぁ。


よっこらっしょ、って呟いて私は履いていた下着を一気に下ろしてやった


スギウラは信じられない、って顔をして私のあそこを凝視した。


そりゃ美しいだろうさ。


15のバージンのあそこだぞ!






「あれはアイだったのか?」7−2(後編)


その前に、ちょっと待って。


キャロル・キングのレコードをレコードプレーヤーに載せた。


いちばん気に入っていたアルバム。


「Tapestry」


このレコードが終わるまでに済ませてくれよ。


そう、BGMは大切なんだよ。


スギウラは、尻を出したままレコードに針を落とす私を見ていた。


あいつが唇を押しつけてきた時、なんでだろう?


ま、こんなものなのかな、って思って、一瞬スギウラがかわいく思えた。


力が抜けた。


って言うより、もうどうにでもなれ、って感じか。


スギウラはやたらと焦っていて、その様子がめちゃ面白かった。


明らかに何をどうすればいいのかが分かっていなかった。


キスはした。


次はどうするんだ?がんばれスギウラ!


その時の状況をざっと説明すると。


私は下半身丸出しでキスされて、覚悟を決めた。


それじゃ、いくらなんでも乙女には辛いから。


お気に入りのレコードをかけてムードづくりにかかったわけさ。


その間、かわいいお尻を出したまま。


今、その姿を思い出しても十分に笑えるし。


からのスギウラ!


私のベッドに寝転んで、私を手招きした。


おいっ!裸のマヤみたいだな。


仕方ないから隣に寝てやった。


スギウラは急に無口になって口をもぐもぐさせていた。


小さな声で何か呟いていた。


こいつ段取りを考えてんな。


まぁ、何でもいいから早くやってくれ!


どうやら段取りが決まったようで、スギウラは私の上着を脱がせにかかった。


気に入っていたメルローズのピンクのニット。


あいつは、それを脱がそうとして首の辺りを引っ張った。


ニットが伸びてしまうのが嫌だったから、じぶんで脱いだ。


それから片手でブラのフックを外そうとした。


上のフックは外れたけど、下のフックはだめだった。


笑いながら、それもじぶんで外すことにした。


さて、これで私は正真正銘のすっぽんぽんだ。


ところで、この「すっぽんぽん」て言葉は誰が考えたんだろ?


確かに丸裸になると、すっぽんぽん!て感じがするし。


そんなことを考えていたら、猛烈な勢いでスギウラが服を脱ぎ始めた。


いかにも名門大学の卒業生です、みたいなチルデンセーター。


上手くもないのにテニスラケットを持ってそこら辺を歩いていそう。


チノパンも手早く脱いで、ラルフのボクサーパンツ。


ストリップの踊り子さんよろしく脱いだ服を放ってた。


ラルフは固くなっているじぶんにひっかかってなかなか取れない。


びよよよよ〜ん。


やっとこさ素っ裸になれたぜ、スギウラ!


触られたり、吸われたりしているうちに濡れてきた。


自分の意志なのか、そうでないのか?


よく分からないけど濡れたことに間違いは無い。


そうこうするうちにスギウラが入ってきた。


ぬるっ、って感じかな。


ちょっとした抵抗があって、しばらくしたら通過した、みたいな。


シーツには小さなピンクがかった記が残っていた。




「人生とのお別れ」8


身体はすっかり思うように動かなくなっていた。

夜も眠れないから、いつも疲れていた。


実は自分で驚くほどずいぶん長く生きていた。

年齢は60歳をとうに超え、68歳になっていた。

そして最近とみに若い頃のことをよく思い出す。


あいつはどうしているんだろう?


とか。


あの街はどうなっているんだろう?


とか。


そんなことだ。


若い頃はジャズとロックに溺れて、酒やその周り。

あるいはその先にあるものとかをやっていた。

けれどももう身体の方が受け付けなくなってきた。


だから。


必然的に俗に言う健康的な毎日、とやらになっていた。


目を閉じる。


いろんな奴の顔と声が浮かんでくる。

宗教に狂っちまったあいつは、あっという間に死んだ。

反社から金を借りて事業につぎ込んでいたあいつも死んだ。


なんだよ、みんなどんどん死んでいくじゃないか。

て、ことは俺もそろそろか。


なんて思っていても現実には俺はまだ生きている。

さ、何とか起きて何か食べに行くか。


身体を起こして部屋を見渡した。


金にあかして買ったバカ高い家具がごろごろしている。

クルマは一体何台持っているんだろう?

そう、確か8台くらいか…。


イタリアやドイツやイギリスのクルマ。

ほとんどが古いクルマだが、それは趣味だからだ。


金なんて。


むちゃくちゃいっぱい持っている。

数百億はあるとは思うが正直知らない。


興味が無いからだ。


今、俺が住んでいる家もかなりデカい。

そんな家にたったひとりで暮らしている。

家政婦が3人いて、いろいろやってくれるから困らない。


何十年か前、俺は酔っ払った女をおぶって街を歩いていた。

しかも同じ女を二度も!

いちど目はまだ十代の頃だ。

もういちどは25の時だ。


そんなことも遠い思い出だが、妙によく思い出す。

あいつとは本当に若い頃に出会って、数年付き合った。

それから、また何年後かに偶然会った。


あいつはしらばっくれていたが分からないはずがない。

俺の店でベロベロになったあいつをおぶってやった。

タクシーに乗せればいいのだが、あえておぶったまま歩いた。


しかもナオミとは気づかないふりをしてだ。

「お客さん、家はどこなんですか?」なんて。

よろよろ繁華街をおぶったまま歩いた。


「そこでいいよ!」

いきなりナオミが飛び降りた。

「バイバイ、サンキュー」


俺はそのまま何も言わずにナオミに背中を向けた。

その背中に向かって「何者かになれよ!」とナオミが言った。

何だ?「何者」って…?よくわかんないな。

それがあいつ、つまりナオミとの正真正銘の最後になった。


それから俺はミュージックバー以外に不動産屋も始めた。

もともとそういうことには鼻が利いたから、商売は頗る

うまくいった。


いつの間にか数百億もの金を手にすることになった。

30代から50代まで、とにかく必死に働いたから。

リスクの高いギャンブルに勝ったようなものだ。


その間に何人もの女と付き合ったが、面白くなかった。

やるとすぐにその女が厭になった。

女を追い出し高級ホテルの窓から夜景を眺めながら泣いた。


悲しかったからではない。

自分が「何者」にもなれないことに苛立っていたからだ。

ナオミの言った「何者」とは何なんだ?

おれは永遠にその答えを探し続けるのか?


そんなことを続けるうち、俺は60代後半になっていた。

とうとうどの女とも所帯を持つことはなかった。

そでも十分にハッピーだった。


だから。


そろそろこの世とおさらばすることも悪くない。

そう思うようになってきた。

けしてそれは逃げたくなったからではない。


毎日がさほど面白おかしくなくなってきたからだ。

今まではとにかく酒を飲んで女を抱いてかっこつけて

過ごしていればよかったんだが。


どうやらそれにも完全に飽きた。

決心したら、不思議と心が安らかになってきた。

鏡を見ると俺は優しく微笑んでいた。



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