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遊びをせんとや

死にたくなったことってある? グリコの質問に僕は、いや、と答える。ないよ、一度も。

無いなんてことないでしょう、憤慨したグリコが口を尖らせた。人間だれしも、死にたくなることってきっとある、幸せなのよ、あなた。でも、あなたにもこれからあるわ、きっと。

無いよ。僕はうんざりして答える。ないよ、あるわけがない。これまでも、これからも。死ぬまで。
グリコはどうしたの? いま、死にたいの? 何かあった?

夕暮れ時の喫茶店で、コーヒーを片手にするには少しだけ重めの話。それがグリコの最大限のプライドなのだと思うと無下にもできない。ぼんやりと、けれども前日から用意されていたかのようにはじまる彼女の人生論に僕は耳を傾けながら、頭は空にチャンネルを合わせた。ねえ、マキちゃん。死にたくなることなんか、僕たち一度もなかったよね。だって、僕たち今でもずっと、どうして生きてるんだろうってことだけをずっと考え続けているんだから。そうだよね。

***

そうね。私はそれをよく、「呼ばれる」って言ったりするんだけど、今日も同じようなことがあったよ。

なんだかすごく疲れてて、生きる気力も死ぬ気力もなくなっちゃって、もういっそのこと、自然に死ぬまでこのままぼんやり生きてたっていいんじゃないかなって、最近思っていたところなの。

ほら、例えば私に前世があったとして、ねえ、例えばそう、少年兵。生まれた時から死地にいて、撃ちあいの中を生きてきてたりして、その日食べるものも満足になくて、しょっちゅう殴られたり、蹴られたり。夜もゆっくり眠ったことなんか一度もない、それどころか、眠ると死ぬかもしれないから眠るのが怖い、なんて人で。一度でいいから、屋根のある下で温かい毛布にくるまって眠りたい、と願いながら、それが一生叶わずに死んでしまった人だったとしたら。ね。

生まれ変わったら、別にお金持ちじゃなくていい、屋根の下で暮らせて、その日食べるものに困らなくて、国は戦争をしていなくて、夜はぐっすり眠ることが出来る。部屋があたたかかったら最高。前の晩に見た夢を反芻しながら布団の中で寝返りをうつんだ、って、そんな願いを持った人だったら。

ねえ、マキちゃん。別に、私の今の生活、悪くはないんじゃないかな、って思うの。

***

グリコの人生論を聞き流しながら、マキちゃんの話に僕はどうにか笑うのを堪えた。いつものことながらなんという超理論を持ち出すんだろう、って思うよ。まったくこの人は。たとえば戦争で死んだ不幸な人がいたとして、それと君と、一体どんな関係があるんだ、って、僕は、そりゃあ思うけどさ。まあ、そりゃあ・・・

***

話を聞いてよ、マキちゃん。

それで、思ったの。私はこの人生、遊びをするために生まれたんじゃないかなって。そしたら、思い出すじゃない。遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけむ、遊ぶ子供の声聞けば・・・

ああ、そうよこの歌が一番近くにあるところ、私の部屋の本棚の上から五段目、右から2冊目。寂聴先生の美しいお経。

それで、私歌いながら、本をめくったら、なんと、いきなりそのページを開いたの。この衝撃、伝わるかな、びっくりしちゃう。ぞーっとして、しばらく上を向いたまま動けなかったわ。

***

それが「呼ばれる」につながるんだね、わかるよ。

よくあることじゃない、君なら。いつだって君が呼ばれるときは、力を蓄えているときだ。君はまだ見捨てられてない、マキちゃん。君はまだ、この世界から見捨てられていない。君が死ねない理由だよ。よく見てごらんよ、手のひらのバツ印はまだ消えていないだろう。

グリコの話はもうじき終わる。いつかまた、一緒に暮らせるようになったら、僕はまっさきに君のところへ行くよ。どうかそれまで、僕らはいつまでも、生きることと死ぬことを考え続けていよう。ね。

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