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ダンスをご覧ください

 昭和期だけど、体育の授業にジャズダンスがあった。グループに分かれて、創作ジャズダンスを作り、皆の前で踊る。

 私達のグループは5人、運動神経の鈍い生徒の集まりだった。多分、好きな者同士でグループを作ったのだろう。好きな者同士で集まれるなら、運動神経の悪い生徒とは誰も組みたくない。そのことに別に不満はなかった。当時の私は、何があっても、「人生、そんなものだよ」と思うことにしていた。

 グループの他のメンバーは違った。
「こんなメンツじゃ、ダンス作れないよね」
「赤点決定じゃん」
などとぼやいて、体育の時間なのに、振り付けを考えずに、本を読んだりした。「こんなとこで本読まないでよ」と思ったが、注意はできなかった。ただでさえ運動神経が鈍くて、人付き合いも苦手で、はみ出し者グループに入っているのに、そのグループでも嫌われたら、生きていけない。

 だから、注意する代わりに、家から持ってきたカセットを流して、どの曲で踊るか決めようとした。最初に流したのはマドンナの『Like a Virgin』。当時、日本でも大ヒット中だったので、うちの父親まで
「マドンナはかわいいな。マリリン・モンローに似てるよ」
などと言い出すほどだった。
「ヒモ夫が暴力男なんだって。別れればいいのにね」
 そんな話もした。後のアカデミー賞受賞者、ショーン・ペンのことである。
 『Like a Virginは、そんなにテンポも早くないし、私達のような運動神経のない者でも、踊りやすい曲に思えた。
 

 だが、曲を聴いた林さんは顔を顰めた。
「こんな下品な曲、ダメだよ。ヴァー……」
 林さんは、ヴァージン処女と言えずに言葉を濁した。
 今では、処女という言葉は死語になったかもしれないが、当時は、例えば作家の第一作を処女作と呼んだりしたものだ。女性作家だけでなく、男性作家にも使った筈だ。その割に、結婚まで処女でなければ、などという価値観は既に消えていたので、『Like a Virginという曲の意味を深く考えたことがなかった。
「下品かな」
「下品だよ、沢村さん、何考えてるの」
 林さんは、顔を真っ赤にして、そう言い募った。他の生徒は、中立を装い、目を逸らす。
 
 諦めて、私はカセットの他の曲を流した。クイーンの『RADIO GA GA』、ワム!の『Wake Me Up Before You Go-Go』、マイケル・ジャクソンの『Beat it』……。流すたびに、林さんに反対された。
 今思えば、林さんは、体育が下手な生徒ばかりを同じグループにするような体育教師のいい加減なやり方に腹を立てていたのだろう。それが、私が提案するテーマ曲に片っ端から反対するという形で現れたのだと思う。

 今ならそうわかるが、当時の私は、提案をことごとく拒否されて、うんざりした。結局、最後に流したネーナの『99 Red Balloons』で踊ることになったが、気分は晴れなかった。母の勧めで、私立女子中に進学したのを後悔した。
 公立中学なら、体育の授業でダンスなど踊らずに済む筈だ。

 曲選びでさえそんな体たらくだから、振り付けなど、まともに考えられるわけがなかった。ジャズダンスよりは、ラジオ体操に近い振り付けになり、それをメンバー全員で合わせることもできずに、めいめいがてんでばらばらに、下手くそなダンスを踊った。
 なぜかセンターで踊った私は、ネーナの曲が終わった瞬間に泣き崩れた。恥ずかしくて、消えてしまいたかった。

    *

 古賀コンのテーマである「ダンスをご覧ください」とは似ても似つかぬ話になってしまいそうだけど、実はこの話には続きがある。授業の後で、クラスの人気者だった世田さんが「沢村、一生懸命踊ってて、可愛かったよ」と言ってくれたのだ。「私もネーナ好きなんだよね」とも。
 以来、世田さんは何かと目をかけてくれるようになったので、私の中学生活は、華やかとは言えないまでも、厳しいものではなくなった。ラジオ体操のようなジャズダンスを踊ったせいで、二学期の体育は赤点になってしまったけど、悪くない成り行きだった。

*1時間で考えて書くということなので、最後がちょっと甘くなったかな。私が運動下手なのと、ネーナの曲で踊った話だけは本当です。父親がマドンナ好きなのも。大阪住まいなのに、東京ドームコンサートまで行きたがってたな。

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海人
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