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『青音色』創刊号 試し読み 【文学フリマ東京39】

青音色とは?

 青音色は、創作好きの仲間が集う文芸サークルの名前であり、仲間の作品を集めた同人誌アンソロジーの名前でもあります。

 昔、大正デモクラシーの時代に『青鞜』という、女性が集う雑誌がありました。そのタイトルが“Bluestocking”の和訳であることにヒントを得て、“Bluenote”=青音色と名付けました。

 Bluenoteの音階が使われるジャズのように、メンバーそれぞれが個性的なリズムやメロディを奏でながら、ひとつのものを創りたい。年齢や性別にとらわれずに、のんびりゆったり、自由に行動したい。――そんな願いを『青音色』という名前に込めました。

『青音色』創刊号

 12月1日(日)に東京ビッグサイトで開催される文学フリマ東京39にて、文芸アンソロジー『青音色』創刊号を販売します。
 『青音色』では、1つのテーマに基づいた文芸作品を掲載する予定です。創刊号のテーマは「癖は心の窓」。癖にまつわる3つの短編小説を掲載しています。イラストサイトSKIMAの人気クリエイター八月さんによる装丁とあわせて、楽しんでいただければと思います。 


作品紹介

 3篇の短編の冒頭部を公開します。

蒔田涼「なくて七癖」

 貧乏ゆすりと睡眠中の歯ぎしり。江藤えとう里香りかの癖だ。自分で見たわけではないが。里香に限らず、他人が寝ている姿なんて見たことがないし、貧乏ゆすりも、あれは、多分、じっと座っている時に出る癖だ。
 僕らが直接会う機会は少なかったが、会えばよくしゃべった。貧乏ゆすりをする暇はなかった。
 貧乏ゆすりと歯ぎしりをまず思い出すなんて、どうかしている。里香が自分で言ったにしても。変な癖が多くて、と言ったんだ。本人の言葉ではなく、母親の言葉を引用したのだが、その後で、自分でも、貧乏ゆすりや歯ぎしり、癖字……と付け加えた。
 僕らは別に、癖の話をしていたわけじゃない。それともしていたのか。僕と里香は二人とも、異形化いぎょうかの経験者だった。早坂先生は、それを僕らの癖と表現した。
 異形化現象を癖と呼ぶなら、里香は、僕にとって、同じ癖を持つ仲間ということになる。仲間でもあるし、そもそも、あの癖がなければ、里香とめぐり会うこともなかった。

渡邉有「過去情炎」 

そんならもうアカシヤの木もほりとられたし
いまはまんぞくしてとうぐわをおき
わたくしは待っていたこいびととあうように
鷹揚にわらってその木のしたへゆくのだけれども
それはひとつの情炎だ
もう水いろの過去になっている
『春と修羅 過去情炎』宮沢賢治
 
 
 二人を引き離すものの断面を見つけようとして、互いの瞳の底を覗きあううちに、死神の姿が明瞭に浮かぶようになった。死神は人の形をしておらず、黒く燃え上がる冷たい炎である。その火影は絶えず幻想的な色彩を帯びながら、静かに、規則的に、冷酷に、燃え上がる。まるで妻が放つ死臭を酸素として取り入れているかのように。
 妻の背後に時折姿を現すようになった死神は、右胸を覆い、やがて血液の流れに沿って全身に行き渡った。今では彼女は頭のてっぺんから足の爪先まで炎に包まれ、黒い衣を纏っているように見える。吐き出す息も黒い。瞬きもせず真っすぐ僕を見る瞳は、一切の色調を失った底のない漆黒だ。死神は生命の灯火が消えかかっているものを探し出してはその背後に忍び寄り、隙あらば身体に入り込んで、最期の時を悠々と待ち続けるのだろう。全く忌々しい。 

吉穂みらい「リミッター・ブレイク」

1 持ち込みの人、江崎えざき実咲みさきの限界
 
 古い雑居ビルの五階にあるオフィスの空調は、壊れているようだった。
 天井に設けられた四角い格子の隙間から、ぶうん、という音がしている。時折音が大きくなる。三月なのに今日は、汗ばむほどに暑い。
「大変申し上げにくいんですが、古い、と思います」
 と、目の前に座った女性が言った。これまで対応してくれた佐藤と言う女性編集者の上司で、編集長だと先ほど挨拶された。
 努力と研鑽の果てにもうこれ以上は無理、という時が訪れることを限界、と人は言う。江崎実咲はたった今まさに、その限界に直面していた。


『青音色』創刊号は、文学フリマ東京39、ウミネコ制作委員会のブース【さ-39&40】にてお求めいただけます。青音色一同、皆様のご来訪を心よりお待ち申し上げております。


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海人
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