【創作】ある日のテネシー・ワルツ #シロクマ文芸部
風薫る五月と思える日は、最近の東京にはあまりない。春が終わるとすぐ、湿気混じりの蒸し暑い五月になってしまう。だけど、今夜は、爽やかな風が吹き、どこかで花咲く藤の香りさえ漂う気がする。
そんな心地良さに誘われて、アークヒルズで食事をした後、永田町まで歩くことにした。その途中、山王坂を過ぎたあたりで、初老の男性とすれ違った。ほろ酔い加減なのか、男性は英語の歌を低くハミングするように口ずさんでいた。
「さっきの曲、知ってる?」
しばらくして、娘の朱莉が訊ねた。曲名を知り