逆走馬灯
夜道。
仕事を終えて車を走らせる。
暗い街から少しずつ煌めきが増えていき、やがて夜でも明るい街へ辿り着く。
信号が赤から青に変わり、発車する。
次の瞬間、視界の右側から人が見えた。
車と通行人の距離は僅か5センチほど。
ああ、もうだめだこりゃ。轢いちゃうかも。
と思う暇もなく僕の頭はフル回転していて走馬灯のように今までの人生を振り返っていた。
そして、自分の人生だけでなく、目の前の通行人にも家族がいて、その人の人生があることを想った。
2つの人生が、終わろうとしている。
1つは命の終わり。
もう一つは自由の終わり。
車で流していた音楽もその瞬間は全く聞こえない。
聞こえるのはトクントクンと波打つ自らの心臓音のみ。
そして周りはまるで時間が止まったかのような光景。
これが永遠的瞬間というやつなのだろうか。
色々なことを考えたが、走馬灯のような時間はいつまで続くのだろうか。
こんなに考え事をしているのに一向に車は前に進まないし、周りの景色も動かない。
その瞬間車窓から流れ星が3つ見えた。
目の前の通行人が助かりますように。或いはこの瞬間が永遠に続きますように。僕が人を轢きませんように。
願いが通じたのか、それからも僕は、この瞬間の中にいる。
いつまでも目の前に通行人がいて、周りの世界は静止していた。
ただ頭だけが働いている。
しかし体も動かずこの瞬間からどう逃れれば良いのかわからない。だが、逃れられていないからこそ、目の前の人は生きている。
僕はこの瞬間に閉じ込められたまま、考えるのをやめた。