ラルゴのように歩いてゆく。
今年の冬から、障がい者申請し、貯金六千円を手に、市役所へ。
生活保護申請をし、どうにか生き延びました。
行政、本当にありがとうございます。
生活保護なら、六千円でもお金持ちらしい(笑)
こうなって、初めて、わたしは、お金の本当の大事さに気づきをいただき、どんなに安い時給でも、「もらえるだけ、ありがたい」と、思えるようになり、仕事への不平不満は激減。
ぶっちゃけ、働けるだけええやん。とか。
0と1は、お金では、まったく違う現実なのです。
生保では、1円から、所得申請対象だからね。物品や、食事は、許されるらしいが…自治体によるのかしら。
いずれにせよ、しばらく行政監視下におかれ、思い通りに機能しない心身を抱えて、上半期は、ノロノロ走り出した。
今の夫とは、一昨年から友人づきあい。
よく食事に誘ってくれました。
わたしの状況が、どんなに変わろうと、ひるまなかった夫のおかげで、今年の春夏は、生き延びました。
6月、ついに恋人しましょー、となり。
8月、通い結婚を始め
10月、正式に結婚しました。
初夏辺りから、真剣に執筆に戻り、いまはWeb上やデータで、投稿したり。
記事を売買したり、スタンプ作って収益を、LINE会社に搾取されたりしています。あはは
最近、夫のおかげで、Web環境が整い、いま、Adobeで遊びながら、学びー。ラップか。
夫は、先々、デザイン会社として、法人化したいらしいが、さてさて?(笑)
わたしのようないい加減な女を、社長にすえようとする、おそろしさ。
正直、いやだなー。めんどい。
ただでさえ、確定申告が…こわい。
書類が、こわい…。
奴は、ADHDと書類の因縁対決を嘗めてえいやがる。(ジ
ョジョの台詞風)
いまは、学生以来の、Webデザインソフト触りまくり、新しくて、興奮するんす。
と、下半期から、ゆるり。
さて、つまり、何が言いたいのか。
つまり、大きな問題をここ二年ばかり、抱え持っていて、それを乗り越えると、不思議なくらい、目の前の道が滑走路のように開けた。
それまで、重たい大きな石を足にくくりつけられ、巨大な石の壁が常に目の前にあったような感覚でした。(家族や、仕事や、様々な過去に勝手に縛られていたんだ。)
それが、驚くほど変わっていったのも、ありがたいことでございました。
昨年、暴行を受けた相手をかばい、全責任をおった。
詫びしさつのるなか、残金六千円をにぎりしめ、痺れた左足を引きずりながら、整形外科に行って、まず背骨の異常のないのを確認。
秋の空風を受けながら、ハローワークを出たとき、「ああ、本当に何にもなくなった」と、す、と涙がこぼれた。それも、いまは、むかし。
あれほど、悲しい日はなかった。
誰にも相談できず、沈みこんでいた。
部屋から出られなくなったわたしを、母は、精神科に連れて行った。
最初は、不安しかなかった。
障がい者手帳がきて、様々な支援を受け、ようやく前が向けた。
毎月、行政から必ず資金を受けられて、ようやく焦らなくなった。
たまに、計算間違えをして、食事を1日、200円まで落としたけど、あの秋の寒さに比べたら、我慢できた。
夫と会う頻度が上がった。
わたしの心を軽くしたのは、彼だった。
家庭を持つ覚悟をした。
その時から、きっとわたしは、もうずっと幸せなんだ。
人は、一人では生きられない。
だから、いとおしいのかもしれない。
いと、おかし。
ユーハイムというケーキは、美味しいお菓子。
大事な友人が、教えてくれた、いとおかし。
少し遅いのかもしれないけれど、わたしの人生は、またここから始まる。
次は一人じゃない。夫婦で。家族で。友人と。大事な人たちと。感謝を忘れずに。
みんなで、一緒に、ゆっくり歩こうと思う。
ラルゴ、歩くようにゆっくりのリズム。