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紅筆伝 1-9
九
ひとまず、うちでは解決できないので、また別日に来てくれ。
そう言って、男を帰らせた。タチバナは、小さくため息をついて、頬杖をついたまま、八枯れを見る。
「それで?」八枯れは不機嫌そうに髭をひくつかせながら、タチバナを睨みつける。「結局、赤也を巻き込むつもりか。貴様、いい加減にその他人任せの性格を、どうにかしたらどうだ」
「へえ。きみが、そういうことを言うのは、何と言うのか」
「なんじゃ」
「意外だね。式神としての仕事が増えるから?」タチバナは抑揚のない声で、微かに息をついた。
「それ以外に何がある。しかも、今は……、」八枯れは低く言いよどむと、真子の方を仰ぎ見る。「厄介なお守りもしとるんじゃ。元々は貴様の問題なのだから、どうにかしろ」
「そう、寂しいことを言うなよ」タチバナは苦笑を浮かべ、真子の頭をなでる。真子は、それを嬉しそうに受けながら、ふと言葉をもらした。
「ねえ、なんの話をしてるの?かびってなあに?」
「黴って言うのはね、真菌とも言い、ジメジメとした地面や、床に生息する微生物の一種だよ」
「そういう話じゃないだろう」八枯れは、牙をのぞかせながら、あくびをもらした。「何のことは無い。昔の知り合いで、赤也の所にも相談に来ていた根暗男の話じゃ」
「名前は、蒲田。わたしの店の客でね」タチバナも、苦笑を浮かべたまま、足を組み替えた。
「ある日、突然、額に黴が生えてしまってね。それをはがしたい。ネガティブなことを考えると黴が広がる。と、相談にきていたんだ。だけどね、まあ、なんだ……、ちょっと面倒でね。坂島の坊っちゃんに託したんだがね。どうやら、うまくゆかなかったみたいだよ」
タチバナの責任感の無い言い方に、八枯れは、心底呆れたため息をついて、低くうなった。
「ふざけるなよ。赤也もわしらも、ちゃんと対応をした。来なくなって、欲に飲まれて、勝手に黴になったのは、あのくそバカじゃ」
「まあ、そう言うな。君らと違って、人間っていうのは間違えやすいんだから。」弱い、生き物なんだよ。そうつぶやいて、じっと、タチバナは自分のつま先を眺めていた。
真子はその様子を眺めながら、「なんだか、かわいそう」と、つぶやくと、一度大きく息を吸い込んだ。
「八枯れ、みかんちゃん」
何なんだ。と、二人して、真子の真剣な顔を見た。
「私たちで、その蒲田さんを、助けてあげよう」
そう言って、快活に笑った。真子の笑顔を眺め、八枯れはひそかに目を細めた。
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