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短編小説 バースデーカード

 裕美が星を見ることが好きになったのは、祖母の影響だった。都会の裕福な家で生まれ育ったという祖母は、自然の星空ではなく、当時珍しかったプラネタリウムを見たことが星を好きになったきっかけだったそうだ。裕美と言う名は、その祖母の裕子という名前から一字もらって付けられたものだった。
 息子である裕美の父は、星にはあまり興味を示さなかったが、孫の裕美は祖母に教えられた星座を夜空を見て指し示すことが出来るほど好きになっていた。
 そんな、祖母の七十五回目の誕生日が来週に近づいて、裕美はどんなプレゼントにしようか、迷っていた。
――お財布買ってあげたのは、一昨年だったっけ。去年はケーキを手作りして……
 裕美のプレゼントだったら何でも喜びそうではあるが、適当に済ましたりなどはしたくなかった。
「なに深刻そうな顔してんの?」
 学校の帰り道、話しかけてきたのは、小学生からの友人の正美だった。背の高い正美がちょっと見下ろすように話す。態度も少し大きいところがあった。
「あなたには分からない悩みかもね」
 反対側から声をかけたのは、同じく友人の和美だった。背の低い眼鏡を掛けた子で、絶滅危惧種の文学少女と自分で名乗っていた。似た名前の三人は妙に馬が合って仲が良かった。
「それ、どういう意味?」
 正美が突っかかる。
「まってまって、ケンカしないで」
 裕美は、祖母の誕生日プレゼントを何にしようか悩んでいることを二人に話した。
「手作りで何か作れば?」
 正美が言う。
「来週だから、あまり時間がないのよね」
「本でも贈れば? 趣味が判ればいいけど」
 それも考えていたが、今度はどれにするかで悩みそうだった。
「あ、ちょっとそこに寄って行っていい?」
 和美が古本屋の前を通りかかると、そう言って返事も待たずに入って行った。
 正美と裕実は顔を見合わせて、後に続いた。
「探してるものがあればラッキー……」
 ぶつぶつ呟きながら和美は棚を見ている。古本屋にはちょっと場違いな雰囲気の三人が入ってきて、白髪頭の店主は見ていた新聞から顔を上げたが、直ぐに顔を戻した。
「あ、これ、もしかすると……」
 裕美が棚の上から、背表紙に、天文写真集と書いてある、大判の本を取り出した。
 祖母が子供のころ買ってもらって大事にしていた星の写真集があったが、いつの間にやら失くしてしまった、と言う話を聞いたことがあった。
――たしか、これだ。
「なあに、天文写真集?」
「古いわねぇ。レアものっぽいけどいくらなの?」 
 和美に言われて、値段を見る。
「うわ、五千円?」
 正美が大きな声をだす。
「レアものだったか。これをプレゼントにするの?」
 裕美は今日買い物をする予定はなかったので、三千円しかもっていなかった。
「私、三千円しか持ってない……」
 裕美が呟く。
「しかたないわね。私が千円くらいは貸してあげてもよくてよ」
 正美が胸を反らして言う。
「まあ、私もそれくらいなら」
 顔の横で手を上げて、和美も言った。
「二人ともありがとう!」

 家に帰った裕美は、買ってきた本から埃を落としたりして、綺麗にしていた。ケースは茶色に変色していたが形は綺麗だった。中の本も角が折れたりはしていなくて、綺麗な状態のようだった。
「ふうん、モノクロなのか」
 カラー写真が当たり前な裕美には、却って珍しく興味をもって見られた。「ん?」
 ページをめくっていると、何か下に落ちた。

                  ***

 祖母の誕生日。

 お定まりのハッピーバースディトゥーユーを歌って、祖母に誕生日ケーキのろうそくを吹き消してもらうと、裕美はプレゼントを祖母に渡した。
「開けてみて」
「まあ、何かしら」
 包み紙を開くと、祖母は目を見開いて、手を胸にあてた。
「あらまあ、またこの写真が見られるとは思ってなかったわ。どうしたのこれ?」
「古本屋でたまたま見かけて。その封筒も開けてみて」
 写真集と一緒に入っていた、ハートのシールで封のされた白い封筒を、祖母は手に取ると、ゆっくりと開けた。
 一瞬、目を見開いた祖母は、口に手を当てて嗚咽した。目から涙が溢れた。
「ど、どうしたの、母さん?」
 父が驚いて思わず席を立った。
「まあ、何なの? 裕美ちゃん?」
 裕美は、母にそっと耳打ちした。
「まあ、そんなことって、あるのねぇ……」
 震える祖母の手にした、茶色く変色したカードには、次のように記されていた。

『星の好きな裕子へ 十歳のお誕生日おめでとう。この写真集を贈ります。あなたがいつまでも健やかに過ごせますように』




  ※ 別のサイトにも投稿したものです。
   同じ登場人物でシリーズ化しています。

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