あたらしい器官が句を作るとき〜フラワーしげると川合大祐の川柳道場
始まりはいつも突然。西崎憲(=歌人・フラワーしげる)さんがつぶやいた、「川柳もやってみようかな」の一言。それを見つけた川合大祐が「是非やりましょう! フラワーしげるさんが川柳やったら世界が変わりますよ! 歴史に名を残す! わはははは!!」とハイテンションになってのこの対談。しかし川合が句集出したりで疲労を極め(怠け癖とも言う)、発表はなんと一ヶ月後に! それでも面白い川柳入門になっているはず。どんな具合になっているか、その目で確かめましょう! わはははは!(今もちょっと変な川合)
フラワーしげる(以下、フラワー) 遅くなりました。ちょっと多くなってしまいました。
たまたまだいまにみてろよきれいなこ
妊婦は酒はのまず月がくだものみたい
あたりまえだと謝らずまだ飲むのか
前の奥さんが怪我をして慌てる
もういいか探していいのか探すぞ
迷子の放送の説明がずいぶん長い
フラワーしげる
自由律川柳ってジャンルはあるんですかね。よろしくお願いいたします。
川合大祐(以下、川合) こんばんは。よろしくお願いします。それでは、はじめて行きましょうか。まず、五句ともそれぞれ良い句でした。それを踏まえた上で、私の方からまず質問してもよいですか? フラワーしげるさんは、「自由律」で行きたいのか、それとも、五七五の定型句を作りたいのか、その辺りの基本方針としてはどうなのでしょう?
フラワー 川柳を作るにあたって、最初は575にしようと考えていたのですが、だめでしたね。ルールが途中でわずらわしくなってきてしまうのです。できないことはないのですが、息が詰まるというか。
川合 ルールというと、575がでしょうか。
フラワー うーん、一番大きなのは、奇数で終わって一拍あく感じががありますよね。そこがわざとらしく感じてしまうというか。さあ、どうだ、みたいな感じに抵抗があって。
川合 なるほど! 短歌ではどうなのでしょう。
フラワー 短歌もそうです。だめ押しの空白が苦手で。みえを切る感じ。でもこの20年くらい、短歌はだんだんそれをさけてきてるかも。
川合 そうなのですね…確かにフラワーしげるさんはそういう制約に抗する、というポリシーで歌を作られている感じがします。
フラワー 積極的ではないんですよね。積極的に抵抗している感じはではなく、逃げているのかもしれないです。隙間を探しているのか。鑑賞はどっちでもいいんですけどね。鑑賞するぶんには5と7の音数は気にならないです。あと制約があるということ自体がストレスかも。
川合 それでわかったのですが。いただいた、一句目の
たまたまだいまにみてろよきれいなこ
という句は、制約をとても感じながら作られましたか?
フラワー あ、それは利用してますね。奇数の重い語でみえを切ると、どうもつまらない感じがするのだけど、軽い語や、口語でポイントを作っても、あまり短詩型コスプレっぽくならないんでたまにやります。
川合 この句、とても不思議な感じがしたのですよ。定型を意識する、ということを意識している、というか。うまく言えないんですが。
フラワー むりやりはめている感じありますね。
川合 ですよね。でもそこが「入れ物」という感じを際立たせていて、面白かったのです。
フラワー ははは、定型が「うつわ」だってことはよく言われますよね。きちんとうつわにいれないで、はみだしてたり、蓋がういてたりするようなのがすきかも。
川合 僕は多分、定型を守ることで、中側から定型を崩すことができるんじゃないかと思って、自分の句を作っています。「たまたまだ」の句にはそれと同じ手触りを受けました。
フラワー それはおれが官僚になって、国をよくするとか、おれが社長になればこの会社はよくなるみたいな感じですね。力のある作者の考え方かなあ。
川合 うーん、確かに。ちょっと自分でも自意識過剰なのかもしれないですね。
フラワー いや、そのやりかたでないと、変わっていかないかも。ピエロやジョーカーやトリックスターが何かを変えるって意外にない感じがします。
川合 ああ、ありがとうございます。ただ私、誤解を与える表現だったかもしれないけど、「川柳界を変えよう」とか思っていないんですよ。自分で自分を壊してゆきたいというか。
フラワー なるほど。定型ニアイコール自己、みたいな感じでしょうか。
川合 「自分」に固執しすぎなのかもしれないんですが、あくまで「自分の句」が自分を超えてゆくところを見たいんですよ。たぶん、定型でないと自己が保てなくて、それじゃ苦しいから、自分の定型壊したいんですね。だから、はみ出してゆく、っていう発想法には、とても惹かれるものがあるんです。
フラワー ああ。
>「自分の句」が自分を超えてゆくところを見たいんですよ。
これいいですね。定住型みたいな語を使ってもいいのかな。
川合 フラワーしげるさんの句は、ノマドかもしれないですね。安易に言っちゃってるのかもしれないですが。
フラワー 定住、ノマドとかなんか言いたくなりますね。たぶん単純化しすぎになってしまうんだけど。わたしは自分がぜんぜんわからないんです。作品に自分の手癖みたいなものもあって、クリシェになってるな、と思うこともあるのだけど、離人症みたいになることもあって、どうしてそうなるのか、全然自分でわからないことも多いです。
川合 「自分がわからない」ってことと、制約がストレス、ってどこかで繋がってる感じもします。制約って、自分がわかったふりをしなきゃいけない面があるから。
フラワー なるほど、たしかにつながっていそうですね。外のどこかにルールがあるってことを認めないと制約という発想はそもそも出てこないし。
川合 離人症っていうと、
妊婦は酒はのまず月がくだものみたい
の句もそんな印象を受けますね。
フラワー そうですね、ある状況があって、言及するべきことはたくさんあって、でも優先順位がわからないとこういうことになるのか、でもちょっとまとめ意識があるかな。でもそもそもこれ川柳っぽくないですね。短歌だろうな、これ。
川合 そうですね…ただこれ、やはり川柳だと思うんですよ。スタイルが川柳的というか。
フラワー えー、そうですか、それはうれしい。川柳を作ろうと思って作ったので。季語的なものに頼らない、切れを作らない、というふたつのことだけ頭において作ったのだけど。
川合 何をもって川柳というか、いろんな人が定義しようとして困難にぶつかってますが、その「正体不明」感が川柳だと思いました。この句。
フラワー おお、よかった。いままでにないことやってるなって、自分で感じました。自分が、ってことだけど。
川合 それは楽しかったのではないか、と邪推してしまいます。多分、そのあたりで、「自分」をめぐる問題が出てくるのかもしれないですね。でもこの妊婦の句、「自分」から自由な気がしました。
フラワー 楽しさはありましたね。どうしてだろうな。ここにも広場があったのかっていう発見だったのか。
川合 広場なんだと思います。あと、川柳を作る器官、ってものができた楽しさなんじゃないでしょうか。新しい器官の心地よさとか。
フラワー 目だけになりたい、と思うころはけっこうありますね。脳がなくて目だけの詩。自由だなって手応えはありました。
川合 自由と不自由って、川柳をやっていて凄く思うんですよ。
フラワー 作り手としての自由ってことかな。
川合 作り手と、あと自分の句を最初に読む読者としての自分の自由ですね。
フラワー ああ、それは考えませんでした。そうか、最初の読者は自分か。考えたことなかったな。読者としての楽しみがないと、創作つづかないかもな、考えてみたら。
川合 たぶん、自分が最初の読者だから、僕は川柳続けてるんですよ。
フラワー なるほど。小説はそういう気持ちで書いてますね。世界に自分が好きな本を増やす、みたいな気持ち。とすると、自分は小説と短詩型はちがう態度で作っていたわけか。
川合 ああ! そうだったのですね! それすごい発見じゃないですか。
フラワー いままで見たことのないものを作る、自分の目でそれをみたいという意識がどこかにあったかもしれません。ほかの分野、どうなんだろう。音楽はどういう気持ちで作ってるんだろう。みんなちょっとずつ違うかもしれないな。
川合 そこを突き詰めてゆくと、「川柳」っていうものの川柳性がわかるかもしれないですね。逆算して。
フラワー そうですね、逆算して。
川合
あたりまえだと謝らずまだ飲むのか
の句もいいですね。最後に「飲むのか」と聞いてるところが。もうかなり二人とも飲んでるだろうし、そもそも一人かもしれない。
フラワー そのあたりは限定しなくてもいいものなんでしょうか。短歌だったらもうすこし説明できるのだけど、字数が足りない。
川合 僕はいいと思います。ただ、限定しなさい、という人は多くいます。
フラワー おお、そうなんですね。わたしは言いっぱなしが多いので、不親切ではあるよなと常々思ってます。短詩型で自分がやっているのは、リファレンス(参照)やインデックスだと思っているのですが、川柳もそこは同じだけど、ほかにべつの要素、何かが入ってくるようで、興味深かったです。
川合 不親切ではないと思うんですよ。言わない親切ってあるじゃないですか。
フラワー なるほど→言わない親切
川合 ありがとうございます。五句、ぜんぶ見てゆきましょうか。
フラワー はい。
川合 お疲れではないですか?今日も一日大変であられたようですし。あ、すいません、六句でしたね。ロック。
フラワー だいじょうぶですよ。ロック。最初は三句でしたよね、作っているうちにやっぱり増えちゃいますね。
川合 ですよねー。作り出すと止まらないときありますね。
前の奥さんが怪我をして慌てる
の句、面白いです。ただ、慌てる、でちょっと理に落ちてる感じもします。もしかして、慌てる、をまるごと削っても良かったかもしれませんね。でもそれだと、みえ切っちゃいますかね。
フラワー え、それで成立しますか。
川合 します。
フラワー おお。
川合 〈前の奥さんの怪我〉
フラワー なるほど。
川合 これで一句になります。
フラワー 「前の奥さん」は目の前にいる、っていう意味にとってますか。
川合 いえ、別れたひと、ととりました。
フラワー そうなんですか。「前の奥さんの怪我」だとわたしはもうすこし足したくなります。
前の奥さんの怪我 足
とかかな。足りる足りないの話はいつも面白いのだけど。
川合 最後に一字、それも足りる、の足とは面白いですね!
フラワー 最後に入る語は、ありすぎて決めきれないかもしれないですね。なにいれても計算高く見えてしまうかも。
川合 ここはほんとうに悩みますね。
フラワー 最後に「慌てる」としたのは短歌のほう「ただごと歌」って言われるようなものにしたかったのだけど。「前の奥さん」について言及するだけで、なにかが生じるので、そして人によってかなりその生じるものが違いそうで、より難しいのかも。
川合 たぶん、ここは、読者の自分、に聞いてみるのがいちばんかもしれないです。どれが面白い?って。そこを聞くのがまた難しいんですが。
フラワー ここになにをいれるかって、川柳、短歌、俳句、詩で全部違うような気がしますね。
川合 はい。そこでジャンル分けができるかもです。
フラワー なるほど。
川合 ここに何を入れるかは、正解はなくて、限りなく正解に近い何か、がいちばんいいのかもしれません。そしてそれは一見誤答かもしれないです。
フラワー 一見誤答、か。すごくいいものは一瞬そう見えるかもしれないですね。今回全然推敲してないんですが、川合さんはするほうですか。
川合 推敲ですね。九割がたしてません。ただ、発表する直前には少し手を加えます。
フラワー 短詩型は瞬発力なのかもしれないですね。推敲してよくなるものってあまり想像できない。いや、そうでもないのかな。ものすごく推敲する作者いるのか。
川合 それはほんとうに人それぞれかもです。短距離のひと長距離のひと。句の長さではなく。むしろ関節技で倒すか打撃技で倒すかの違いかもです。うまくない喩えですが。
フラワー そうなんですか。ほかのジャンルの人にもちょっときいてみたいな。推敲の量。
川合 ほんとうにそうですね。では、次行きます。
もういいか探していいのか探すぞ
の句ですが。
フラワー はい。
川合 これ17音字になってるんですね。そのなかでの崩しかたがよかったです。みずからをみずから探しているような構造を感じさせてますね。
フラワー これが一番だめかなと思ってました。なにも言ってないというか。
川合 いや、これ面白かったですよ。ただごと、ではなく。なにも言っていなくて構造だけがある、ってことをきちんと言っている逆説なんじゃないかと。
フラワー そうなんだ。
川合 空白をめぐる句として読みました。
フラワー もちろん、面白いと思って作ったのだけど、こういうのはなんというか何のためにあるのか、なにに寄与するのか、とか考えちゃいます。まあ、なにに寄与しなくてもいいのだけど。まあ、コアなほう、狭い方にいきますが。
川合 句は句のためにあっていいんじゃないかと思うんです。自家中毒と隣り合わせなんだけど。どんな句にもレゾンデーテルはあるし、またすべてにないのかも。でも出来てしまったものは、もうなかったことにできないです。
フラワー 自家中毒と隣り合わせ、そうですね。
川合 長いジャンルほどその危険性から遠い感じがするんですが。今回、川柳作られてみて、短歌や小説と違いを感じましたか?
フラワー 作家しだいかなあ。こんなに自分で痛めつけてよくここまで生きてたなあという作家もいますね。でも違いありますね。風景は同じなのだけど、なんだろう、違う人格ではないですね、違う道を歩くんで、近所を歩いているのだけど、知らないところに見える、みたいな感じかも。
川合 なるほど。
フラワー ただまず川柳的な態度を作ることをしないと作れないかもしれないです。自然にはでてこない。
川合 それは僕も同じで、精神を少し揺すぶらないと出てこないです。閃くことってほぼ無いんですよね。絞り出してくるが実感です。
フラワー そうなんだ。
川合 最後の句、行きましょうか?
フラワー はい、いきましょう。
川合
迷子の放送の説明がずいぶん長い
の句ですが、いちばん意味性高いですよね。これは一般的な川柳観になりますが、もっと省略できる、と言われる句かもしれません。ただ僕は、この言葉には必然があると思います。
フラワー ああ、なるほど。
川合 あえて省略しない、という省略のしかた。
フラワー ふむ。図のなかで起こっていることの意味を提示するのではなくて、こういうことが起こっている図を見せることによって、運動みたいなものを引き起こしたいというスタンスで作ったのかしれないです。でも、短詩型の場合、それは難しいですね。短歌で、信頼できない語り手、をやるにはどうしたらいいのかなってずっと考えているのだけど。
川合 うーん。川柳作者として短歌を作る、とか。
フラワー 短詩型で書いたことはたいていみんなほんとだって思っちゃうんですよね。
「高校生になるまで短距離で負けたことはなかった」
と書いたら、みんなそう思ってしまうのが不満なんですよ。嘘をついてるかもしれないじゃないですか、ちょっと話がずれたな。
川合 いやでも、面白い話です。
フラワー 歌集1冊がぜんぶ妄想ってことだってある気がするんだけど。平井弘さんなんか見てるとそんなふうに思います。
迷子の放送の説明がずいぶん長い
川柳で一般には「もっと省略できる」というかもしれないというので、なんとなく分かりました。
川合 はい。さすがです。やっぱりフラワーしげるさん、川柳に向いてると思います。
フラワー うー…どうだろう。楽しくはあるけど。
川合 これから深みにはまって行きましょう。
フラワー 雑な語でもうしわけないですが、エンタメ川柳と文学川柳の対立みたいなものはないのですか。あと、世代間の軋轢みたいなのは。
川合 あります。
フラワー やっぱり。
川合 数え切れないくらい。
フラワー そうなんだ。まあ、どのジャンルもそうか。
川合 ただ川柳の場合、エンタメ同士戦ってる感じもしますね。そのエンタメはぬるい! とか。
フラワー そうなんですか、エンタメ同士。→「そのエンタメはぬるい!」
川合 ノリとしてはそんな感じかもです。
フラワー でも今回、明らかに違う道を歩いた手応えがあって面白いです。情みたいなものも感じるし、底意地の悪さも感じますね、川柳は。そのあたり面白いです。
川合 フラワーしげるさんが、底意地の悪さにどこまで染まってしまうのか、次回を乞うご期待! みたいな感じにしましょうか。
フラワー まあ、もともと底意地は悪いですしね。
川合 笑。いや笑でいいのだろうか。
フラワー 句集の出版おめでとうございます。フラワーしげるも第二歌集にとりかかりました。
川合 ありがとうございます! フラワーさんの歌集、とても楽しみです!…とこれは信用できない語り手ではないですよね?
フラワー だいじょうぶです。ちゃんと出ます。
川合 よかったあ。ほんとうに、今日はありがとうございました。いろいろ拙くてすいません。遅くまでお疲れ様でした。
フラワー あ、こんな時間なんですね。遅れてすみませんでした。ありがとうございました。面白かったです。おつかれさまでした。ひきつづきよろしくです。
川合 ありがとうございます! 僕はとても楽しい時間でした。すごく勉強になりました。
フラワー はい、わたしもです。楽しみにしてます。ではひとまずおやすみなさい。
川合 それでは、また。またよろしくお願いします。おやすみなさい。
(2021.4.1-4.2 深夜 地球上にて)
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