雷命の造娘:~第二幕~わたし Chapter.3
四方を機械尽くしの鉄壁に囲われた大部屋──。
そのテクノロジー然とした造りは旧暦から継承されな遺物の陳列ではあるが、人類文明が衰退した闇暦に於いては不釣り合いにしか思えない。
コンピュータが絶え間無く電子演算に勤しみ、その結果を正面壁面に組み込まれた巨大なディスプレイモニターが分割表示にリレーする。
無情緒にして賑々しい環境音だ。
室内に居るのは、二人──即ち〝ウォルフガング・ゲルハルト〟こと〝ヨーゼフ・メンゲレ〟と〝ハリー・クラーヴァル〟こと〝サン・ジェルマン伯爵〟である。
両者は抗菌的なテーブルを挟み、尋問めいた対話に臨んでいた。
メンゲレの背後には二体の科学兵士が、近衛兵然と棒立ちに従えている。
「意外だな……てっきり解剖室にでも回されると思ったが?」
軽い展望の後、浅く皮肉を向けるサン・ジェルマン卿。
メンゲレは下から覗くような独特の睨め付けで「フン」と鼻を鳴らした。
「いずれは回すさ。だが、現状では訊き出さねばならない情報が多過ぎるのでな」
「御期待に沿えればいいが」
軽い皮肉に肩を竦める。
とはいえ、もはや隠匿する気も無い。
抵抗を諦めた……わけでは無いが、彼は感じ取っていたのだ。
大きく動き出した運命のうねりを。
「さて、ハリー・クラーヴァル──いや、サン・ジェルマン伯爵よ。まずは肝から訊かせて貰おうか? 『Fの書』は何処だ?」
「無いな」
涼しい自嘲に流す。
「ふざけるな! この期に及んで! 貴様正体が〝時代を越えて生き長らえる伝説の男〟である事が割れた以上、そのようなはぐらかしが罷り通ると思うか!」
「事実だよ。もっとも、以前に君が来城していた頃は、虚言にはぐらかしていたがね」
(やはり、あの頃は秘匿していたか)
メンゲレが演繹するに充分な情報であった。
(しかし、いま現在は無いと言う。ともすれば、間違いないだろう)
確信に深く背凭れると、メンゲレは駄目押しの一手を向ける。
「あの女怪物が持っているのではないだろうな?」
サン・ジェルマン卿の眉尻がピクリと小さな反応を示した。
充分だ。
煙草に火を着け、勝利の優越を紫煙に噴く。
「女怪物は、いったい何者だ?」
追求されたサン・ジェルマン卿は、然れど指摘を否定するでもなく、遠い目に虚空を見つめた。
「私の愛……そして、罪の結晶だよ」
「よもや『Fの書』による被造物か?」
「ああ」
「素晴らしい!」
「何?」
予想外の反応に──否、予想していたものの許容できない反応に、サン・ジェルマン卿は軽い嫌悪感を含む。
その機微を感受する事も忘れ、メンゲレは高揚を語った。
「いや、あの被造物の事ではない。それを成した『Fの書』の信憑性だ。これで彼の書物が確かな物だと立証されたのだからな」
「それを得て、何を為そうと?」
「知れた事を……我が〈完璧なる軍隊〉の更なる強化に決まっているだろう!」
「その先だよ」サン・ジェルマン卿は蔑視めいた値踏みに続ける。「やはり〈ナチス第四帝国〉の実現か? 或いは、かつての主〝アドルフ・ヒトラー〟の再生か?」
「クックックッ……〝ヒトラー〟の再生? 何故? あのような時代錯誤な狂人、今更必要あるまい? 〈完璧なる軍隊〉は、私の軍隊なのだからな!」
「……〈第四帝国〉の否定はしないのだな」
「当然だ! かつて旧暦第二次世界大戦に於いて、ナチス指導者アドルフ・ヒトラーが妄信的に固執していた理想! 超人的進化──或いは、強化──を施された新人類による支配帝国! それこそが〈第四帝国〉! そして、我が〈完璧なる軍隊〉こそ、それを具現化した雛型なのだからな!」
「確かに、ヒトラーはそれを顕現させようと腐心していたな」
「フン、まるで会っていたかのような口振りだな?」
「ああ、会っているよ……かつて彼が所属していたオカルト秘密結社でね」
「成程、貴様は〈ゲルマン騎士団〉に所属していた時期もあったという事か」
「結局は組織内部から派生した〝ヒトラー指示者層〟──即ち、君達〈ナチス党〉によって滅ぼされたがね」サン・ジェルマン卿は、苦笑に肩を竦めた。「加えて言うならば、彼を稀代の象徴性と乗し上げた弁舌力は〈ゲルマン騎士団〉の英才教育によって授けられた賜物──若き日のヒトラーは、そこに所属する期待の新鋭であったのだから。つまり〈ゲルマン騎士団〉は、自分達で作り出した怪物を制御しきれなくなって滅ぼされたとも言える」
「フン、『オカルト弾圧』の事か」
「ナチス党の政策一環『オカルト弾圧』──これによって、幾多のオカルト組織が解体させられた。それは来るべき科学時代の曙として、旧時代的な俗信を排斥する合理的運動にも見える。が、実際には〝ナチスドイツによるオカルトノウハウの独占〟こそが、真の目的だったのではないのか?」
「フン、さてな?」
対話が込み入りそうなのを察し、メルゲレは二服目へと着火した。
如何なる相手とて、知性に交える論は嫌いではない。
「だが、ヒトラーが掲げた理念『アーリア・ゲルマン民族至上主義』は、そもそも彼の出身地域たるブラウナウ近域で勢力を振るったオカルト秘密結社〈新テンプル騎士団〉が啓蒙した教義だ。同郷の彼が影響を受けていても不思議ではあるまい」
深く吐いた紫煙に言うメンゲレに、サン・ジェルマル卿は追求を向けた。
「地政学者〝カール・エルンスト・ハウスホーファー〟を知恵袋として抱えたのも?」
「地政学は戦争に於いて重要な戦略要素だ。不自然でもあるまい」
「確かに戦略的な意向こそ強いだろう。だがしかし、ハウスホーファーは〈地底王国ヴリル〉を捜索探究するオカルト秘密結社〈ヴリル協会〉の創設者だ。地底王国に住まうとされる超人種族〈ヴリル・ヤ〉──その情報をヒトラーが切望していたという可能性は否めないだろう」
「……何が言いたい?」
揺るがぬ正視にメンゲレを見据え、サン・ジェルマン卿は結論を断言する。
「つまり、総てはヒトラーが思惑通りに進めた連鎖だったという事だよ。君が〈アウシュビッツ強制収容所〉にて任命されていた〝人間の遺伝子メカニズム〟を突き詰める為のおぞましい悪魔の人体実験も……」
「先駆的と言って貰おうか。まだ〈バイオテクノロジー〉という分野すら確立していない時代に、先駆けて着手した研究成果は大きい。人為的に〈超人〉を造り出そうというのならば、これは大きな重要性を占める。我が〈科学兵士〉こそが、その立証だ」
自尊を誇示するメンゲレ。
サン・ジェルマン卿は続ける。
「ともすれば、彼が発端となった第二次世界大戦こそが、旧人類淘汰の下準備であったのでは?」
「大局的真相を知るのは、あの狂人だけよ」
「……どうやらヒトラーには誤算があったようだ。研究成果を掌握する君の本性は、忠心を欠く野心家だったという事だ」
「フン、そんなものは何の足しにもならん」
思惑が交差する。
無言の距離に紫煙が踊る。
と、不意にメンゲレが話題を進展させた。
「さて、為すべき策は見えてきたな。あの女怪物は貴様が『Fの書』を用いて造り落とした物で、その『Fの書』はアイツ自身が持っている──クックックッ……蓋を開けてみれば、何ともシンプルな話ではないか?」
「彼女を葬って『Fの書』を奪い取る……と? そう簡単にいくかな?」
「何か言いた気だな?」
「いや、何……御自慢の〈完璧なる軍隊〉も歯が立たなかったと、風の噂で聞いたものでね」
「確かに、あの時は辛酸を舐めた! だが、それならば次こそ最大戦力で挑めばいいだけの事!」
「頼りは、数……か。まるで決戦だな」
「兵は捨てるほどに有る」
「成程、素材には事欠かさないだろう。世に〈デッド〉は溢れている」
対話の背後に立つ対象物を盗み見る。
「フン、看破しておったか」
「駆逐した〈デッド〉の内から破損状態が良い物だけを素体と回収し、サイボーグ手術を施した再生体──それが〈科学兵士〉なのだろう?」
「如何にも。尤も、最初は志願兵──即ち〝生きた人間〟を素体としていたがな」サン・ジェルマン卿が不快に曇るも、紫煙噴かしの慢心は気付かずに続ける。「だが、兵数充填には効率が悪い。そこで〈デッド〉に着目したというワケだ。肉体さえ使えれば、脳などは些末だからな。つまりは〝死体の再利用〟──奇しくも貴様が造り出した〈女怪物〉と同じというワケだ」
「違うな」
「何?」
毅然たる意思に否定するサン・ジェルマン卿。
「彼には〝心〟が有る」
「ならば、不完全という事だ」
合理的な兵器論に軽視するメンゲレ。
「これで『Fの書』の有益情報は、概ね得た。次は貴様自身について訊かせてもらおうか?」
「既に調査済みなのではないかね?」
挑発を含むサン・ジェルマン卿の蔑笑を流し、メンゲレは手元の資料を読み上げ始めた。
「サン・ジェルマン伯爵──〝不死身の男〟と異名に称される怪人物。主に十八世紀頃──即ち一七五〇年頃のパリに現れるも、後世にも変わらぬ容姿で出現したとされる謎の貴族。古くは紀元前一〇世紀にて〝シバの女王〟と謁見し、紀元前四世紀にはバビロンにて〝アレクサンドロス大王〟が存在を目撃。紀元前一世紀には〝キリストの奇跡〟を目撃するも、同時にキリスト教徒迫害の暴君と知られる〝皇帝ネロ〟とも知己であると本人が豪語している。一七八四年に没したとされるも、翌年には秘密結社〈フリーメイソン〉に出席した姿が目撃されているな? 更に一七八八年にはマリーアントワネットへと送った手紙が物証として遺されている。その他諸々の目撃談は枚挙に尽きぬが、少なくとも一八〇〇年代に入っても目撃談は後を絶たない。時代の遍歴に於いて一向に年齢を取らぬ奇異性から〝不老不死〟と、まことしやか噂されている──そうだったな?」
「そこまで知っていて、今更、何を?」
「フン、知りたいのは〝異能力の根源〟だ。旧暦なら真偽不明な眉唾情報と一笑に伏すところだが、闇暦となった現在では〝不老不死〟と云われて疑う余地も無かろうよ。さて、貴様は何者だ? 広義の意味では〈不死者〉だが、まさか〈吸血鬼〉ではあるまい? では、如何なる者か? 実に興味深い」
「君とて同じ者だろう? ヨーゼフ・メンゲレ?」
「遺伝子工学の恩恵だとでも? いいや、それならば紀元前や中世に於ける生存の辻褄が合わん。遺伝子工学が確立したのは、もっと後年なのだからな」
「科学理論の学術的確立は後年だが、事象そのものは存在していた……万事、そういうものだよ。それに、私が言う〝同じ〟とは、異能根源の事ではない。存在そのものに於いて、我々は〝同じ〟という事だ」
ともすれば煙に撒くかのようなサン・ジェルマン卿の講釈に、メンゲレは腹立たしく「フン」と鼻を鳴らす。
「同じだと? いいや、違うな。確かに、私は〝遺伝子工学〟によって不老不死を得た。だが、完璧ではない。定期的に細胞レベルの調整が必要なのだ。しかし、貴様にはそれが無かろう? 悔しいが、貴様の方が理想的完成形に近いのだ。さて、それでは源泉は何だ? 遺伝子工学が確立していない時代に、貴様を不老不死足らしめたものは?」
「言ったところで許容できまい?」
淡い苦笑を浮かべると、サン・ジェルマン卿は虚空眺めに顔を上げた。
訝しげに観察するメンゲレ。
卿が仰ぎ見据えるのは、蛍光灯が眩しく照る天井──いや、もっと遥か先か──その事に気付いたメンゲレは、ようやく何を指しているのかを察した。
黒月──闇暦の支配者にして、人智を超越した奇怪事象の象徴。
「さしずめ〈魔術〉の類……か?」
「探究された〈魔術〉は合理的概念と結び付いて〈錬金術〉となり、やがて、その〈錬金術〉が礎となって〈科学〉が確立した──ともすれば〝根〟は同じなのだよ」科学発展の遍歴に持論を投げ掛けるサン・ジェルマン卿。その自嘲は、寂しくも渇いたものであった。「つまり、私と君の差は〈魔術〉か〈科学〉かの差でしかない。哀しいかな、その所業もな。だからこそ〝同じ者〟と言う」
歴史の直視に裏付けされた真理は、科学絶対主義者たるメンゲレにとって面白いものではない。
彼は腹立たしさに「フン」と鼻を鳴らすと、身を乗り出した上目遣いに睨め付けた。
「サン・ジェルマンよ……貴様は、いったい何なのだ? 〈怪物〉か? それとも〈人間〉か?」
「君はどちらかね? ヨーゼフ・メンゲレ?」
その定義の拠が〝生態〟か〝心〟か──青き慧眼はそれを訊い返していた。
無言の意地が反目を刻む……。
事態が急転したのは、その直後であった!
けたたましい警報と共に赤灯が荒れ狂う!
「な……何だ? 何事だ!」
卒爾として生じた予想外の展開に、メンゲレは操作板が組み込まれた壁面へと走った!
モニターディスプレイに分割投影する定点カメラが映し出したのは、交戦する科学兵士逹!
基地内で展開する戦闘光景であった!
「敵だと? この基地内に?」
改めて敵影へと焦点を合わせる。
奇襲の仇は……同じく科学兵士!
「まさか? また暴走だと?」
いつぞやの苦汁が込み上げてきた!
「何故だ? 何故、こうも暴走が起こる? 脳神経コントロールシステムの不備は発見されなかったはずだ!」
「作為によるものだからさ」
背後に座るサン・ジェルマン卿が、然も当然とばかりに指摘する。
「何? どういう意味だ!」
困惑に狼狽えるメンゲレとは対照的に、サン・ジェルマン卿は淡い苦笑に浸るだけであった。
然も予見通りとばかりに……。
「言葉通りさ。仮にシステム異常が無くとも、外部から悪意に狂わされれば暴走も起こる」
「外部干渉だと? いったい誰が?」
冷静さを欠いたメンゲレが声を荒げた直後、部屋の重金属扉が爆破に砕け散る!
「クッ?」
メンゲレは咄嗟に腕裾をマスク代わりにし、濛々と燻す黒煙から呼吸を守った。
次第に引いていく煙幕から浮かび上がる襲撃者の姿に、やはり──と予測通りの歯痒さを噛む。
暴走兵士だ。
それが数体、制圧に乗り込んで来た。
「何故だ? 何故、我が科学兵士が!」
「もうテメェの兵隊じゃねえからだよ」
姿無き回答が室内に響く!
男の声だ!
黒い霞に眼を凝らすと、果たして大口開けたドアを潜って人影が入って来た。
見るからに粗暴そうな男だ。
そして、その傍らに従えるのは、メンゲレにとって貴重な研究対象!
「ヘル? 貴様、どうやって霊子監獄を?」
「オイオイ? 現状、テメェが相手取らなきゃならねぇのは、オレ様だろうが?」
恰も庇い立てるかのように、男が割って入る。
とはいえ、娘は知っている──この男には、そんな殊勝な親子愛など無い。
単に敵の親玉を優越浸りに挑発したいだけだ。
ジャキリと機械音が重なる。
背後の科学兵士が警戒威嚇に沿って銃腕を向けたのに呼応して、暴走科学兵士が同対応を返した音だ。
「貴様、何者だ?」
「……悪神」
激昂を鎮めるかのような沈着な抑揚は、その場に居合わせた捕虜のものであった。
自然とロキの目がスゥと細まる。
「ほぅ? よく知った顔も居るじゃねぇか? 久しぶりだな? 数百万年ぶりか?」
単なる人間ならば歯牙に掛ける程でもない。
しかしながら、彼はロキにとって予想外の同席者であった。
「封印を解いたのだな……或いは〈黒月〉が解き放ったか」
「さてな……だが、テメェの面は忘れなかったぜ? 古の封印地へ来訪するような奇妙な野郎は、テメェだけだったからな」
「長生きはしたくないものだな」
「あん時、オレに訊ねた〝死ぬ方法〟とやらは見つかったかよ?」
「さて……な」
向けられた嘲笑を、サン・ジェルマン卿は涼しい自嘲に流す。
「で、何故テメェが居る?」
「運命が動き出した……とでも言おうか?」
「カッ! 相変わらず喰えねぇ野郎だ!」
「現状、質問しているのは私だぁぁぁーーッ!」
存在を無視されたかのような展開に、ヨーゼフ・メンゲレが憤慨を吠えた!
「貴様が、どうやって我が科学兵士達を! いったい目的は何だ?」
「テメェの?」愚かな人間の誇示に不快感を含みながらも、ややあってロキは狂ったかのような高笑いに溺れ出した。「プッ……クッ……クククッ……アーハッハッハッハッハッ!」
「何が可笑しい!」
「テメェの兵隊じゃねえって言ったろ? コイツ等は、もうオレの人形なんだよ!」
そして、満を持して切り札へと威令を吼える!
「冥女帝!」
名を呼ばれ、黒いドレスが数歩進み出た。
気は進まない。
なればこそ、己が〈完璧なる軍隊〉に攻め込まれた際も、その能力を行使しなかった……。
だが、振るわねばなるまい。
父親の命令だ。
何よりも、自分はその目的の為に解放されたのだから……。
幽鬼的な白い細腕がゆっくりと上がり、高々と頭上へと翳される。
薄い唇が何やら詠唱を始めたが、草々が擦れるよりも細い声音は聞き取る事が叶わない。
それに踊らされるかのように、不穏な滞留が空間を泳いだ!
目には見えずとも、肌撫でる体感で分かる!
それは〈ダークエーテル〉に似通っていながらも別な物だ!
瘴気の類には違いないが清涼にも感じる冷気に澄み、闇暦魔気のような重暗い淀みは無い。
しかしながら、決して居心地良い気ではなかった。
あまりにも不自然過ぎる涼感は、逆に不気味さを呼び起こす。
霊気──そう呼ばれる物である事を、科学者以外は熟知している。
冥女王が掲げた掌中には、芳香に誘われる虫の如くそれが集中していった。
遅々ながらも膨大な圧量が集っていく。
そして、締め括りとばかりに明確な言葉を叫んだ!
「我に従え!」
華を握り潰す!
黒塊と化した霊気と共に!
飛沫と弾けた闇が、放牧された羊の如く嬉々と躍り出していく!
物理的な柵など無意味とばかりに、壁や床を擦り抜けて!
あれよあれよと基地内に蔓延していく絶対的な支配力!
暗く深い波動に呑まれ、メンゲレの護衛達がガクリと膝を着いた。
否、総ての科学兵士が……だ。
大規模にして無差別な沈黙!
──再起動!
再び点る赤眼が認識する主は、最早〝ヨーゼフ・メンゲレ〟ではなかった!