雷命の造娘:~第三幕~ありがとう Chapter.7
白雷が黒雲の波間に猛り息吹く。
その渦中にて〈雷命の造娘〉と悪神は対峙していた。
これが……最後の闘いだ!
〈神〉と〈科学〉の!
「ヘッ、わざわざエネルギー源の中へ誘き寄せたってか?」絶対的な自信に酔いつつ、ロキは周囲の電蛇を蔑む。「違ぇよ、バーカ! 乗ってやったのさ! 全力のテメェを完膚無きまでに叩き潰さなきゃ、神の気が済まねぇからな! ヒャハハハハハハッ!」
「そうか、ありがとう」
「……あん?」
「おかげで、オマエを叩き潰せる」
「てンめぇぇぇ……ッ!」
ピキッと青筋を立てた。
如何なる感慨すら孕まぬ率直な宣言は、そのまま〈神〉への侮辱でしかない!
「あの世で後悔しやがれェェェーーーーッ!」
光矢の如き突進!
みなぎる〈気〉を乗せ、繰り出す拳!
が──「消えた?」──攻撃が当たったと思えた刹那、眼前にいた像は残像と消える!
それは〈完璧なる軍隊〉との戦いで見せた高速移動!
背後に出現した気配を察知し、ロキは咄嗟に両腕の交差にガードした!
「ふんっ!」
「グッ!」
渾身の雷拳を間一髪で防ぐ!
重い!
その衝撃の余力は、ロキを数歩退かせた!
「まぐれが……続くかよォォォーーーーッ!」
翳す掌から放たれる気弾!
「む?」
顔面を捕らえた!
しなやかな巨躯が、仰け反りよろける!
この隙を見逃すはずもない!
「ヒャハハハハハハッ! ヒャハハハハハハハハハハッ!」
連射!
連射ッ!
連射ッッッ!
「ヒャハハハハハハッ! どうした? まだまだ、これからだぜ? ヒャハハハハハハハハハハッ!」
最高だ!
いくら浪費しようと尽きる事など無い!
最高の生贄だ!
サン・ジェルマンは!
濛々たる爆煙へ向けて、飽きるまで叩き込む!
視界を埋める霞が〝雲〟か〝煙〟かは、もはや判らない。
と──「何……だと?」──拡散に消える煙幕から現れたのは、無傷な〈娘〉の姿であった!
彼女の前にパリパリと弾ける微光の蟲──展開していたのは、不可視たる電気の壁〈電荷バリア〉!
高電圧の障壁が、気弾を電解拡散させたのだ!
「テメェ……結界魔術を?」
神話の遺物が理解出来ようはずもない──人類の貪欲な吸収欲を! その罪深さを!
「ふむ? そういう使い方も、あるのか……」
己が掌を眺め〈娘〉は一顧を刻んだ。
見様見真似で試す。
「ふんっ!」
膨大な光弾が迫り来る!
光弾?
否、これは雷弾だ!
自身には行使出来ない〈気〉に代えて、自在に操れる〈電気〉にて再現したのだ!
またひとつ〈怪物〉は学習した!
「ざけんじゃねぇぞォォォーーッ!」
迎え撃つ気弾!
腹の底から絞り出す!
ぶつかり合う巨光!
呑むか──呑まれるか!
凱歌を吠えたのは雷光!
夥しい躍動を纏う巨弾が迫り来る!
「クソが!」
忌々しさを噛んだロキは、頭上への跳躍で回避した!
眼下を過ぎる光球をやり過ごすも、一息の間すら無い!
「ふんっ!」
「何ッ? グハァ!」
背後に現れた〈娘〉は、体重を乗せた後ろ回し蹴りをブチ込んだ!
蹴り飛ばされる悪神!
(ふざけんじゃねぇぞ……下等な〈怪物〉風情が!)
慣性に刻む自尊心が虚空を踏み止まらせる!
睨み据えるは、追撃に跳び迫る敵!
雷光纏う科学怪物!
「オレは〈神〉だァァァーーーーッ!」
猛り狂う憤りを吠え、内在する〈気〉を──〈神力〉を絞り出す!
それは、遥か〈神話の時代〉から蝕んでいた〝心の闇〟であった……。
天は嘆きに激情を噛み絞める。
雷雨を狂わせる黒雲に、二対の激光が明滅を繰り返していた。
「……見えますか、ヘル?」
「……ああ」
互いに満身創痍の身体を支えあい、戦乙女と冥女帝は全貌知れぬ激戦を仰ぎ眺める。
「戦っています……彼女が! 私達の親友が!」
低く唸る黒雲が、またも激しく発光した。
ヘルは静かに噛み締め願う──自身でも背負いきれぬ酷な願いを。
(…………止めてくれ……父上を!)
マリーは祈った。
路地裏の入口から見守る天の威嚇に……。
(神様、どうかお姉ちゃんを守って下さい……大好きなお姉ちゃんを…………)
あの雷雲の向こうでは、どんな凄まじい光景が展開しているのであろうか?
一際大きい轟雷が弾ける!
大地を震わす恐ろしい咆哮に、小さな肢体が畏縮に竦んだ!
脳裏に浮かぶのは、反り血に染まりながらも暴力を止めなかった虐殺の雷人!
大好きな〝お姉ちゃん〟に潜む、もうひとつの顔!
やはりあの時の恐怖が甦り、カタカタと震える身体をギュッと抱き締めた。
ドス黒い悪夢が、少女の足腰から力を吸い取っていく。
それでも──「ずっと見てるよ、お姉ちゃん……見守っているよ……だから、帰ってきて…………」──確固たる決意に奮起して、遥か果てに見えぬ戦いを正視した。
もはや普通の天候現象でない事は、街人達の目にも明らかであった。
そして、同時に察していた……あの黒きヴェールの内側で何が起こっているかも。
「な……何なんだ? あの〈女怪物〉は?」
「あのとんでもない〈ロキ〉と互角にやりあってるのか?」
「いったい……何者なんだ?」
ざわめき戸惑う群衆。
その困惑に答える者が、彼等の背後から進み出た。
「知りたいか? あの〈娘〉が、戦う理由を……」
一同の注視が向けられる先に居たのは、卑しい容姿のせむし男──アイゴールであった。
「ぅがあああぁぁぁーーーーッ!」
光速が迫る!
「クソがァァァーーーーッ!」
迎撃に踏み込むロキ!
雷拳と気拳が、ぶつかり合う!
周囲に踊り狂うエネルギー反発!
「何なんだ! テメェは! 何故、そこまでして人間共に荷担する! テメェだって疎まれて生きてきたんだろうが! それを……何故だ! 何の得がある? ああっ?」
「……友達がいる」
「な……何ィ?」
「……生命が在る!」
「だから……何だってんだ!」
苛立ちをエネルギーに転化した!
膨れ上がる気!
「温もりがあるッ!」
ならば、呑み返す!
辺り一帯から雷電を呼び込んだ!
「雷を喰らいやがるか!」
「無尽蔵なのはオマエだけじゃない!」
「ッ! テメェ、サン・ジェルマンを取り込んだ事をッ?」
ふと予感を覚えた。
「ま……まさか?」
何故、サン・ジェルマンは〈気〉の種明かしをした?
何故、ヤツは気弾ではなく接近戦に重きを置いていた?
その特性を明かさねば、虚を突く事も出来た!
即興的に取り込んだ自分が〈気弾〉を放てる以上、サン・ジェルマンがその攻撃法を知らぬはずがない!
「まさか……謀られたってのか!」
「受肉?」
サン・ジェルマン卿の奇策を耳にして〈娘〉は怪訝そうに訊ね返した。
樫卓で揺らぐ燭灯に照らされ、対面に座す精悍が柔らかく微笑む。
「錬金術師が、何故〈金〉の創造へ血眼となるか……解るかね?」
「富を得たいから?」
俗説を鵜呑みにしている〈娘〉に、サン・ジェルマン卿は苦笑しつつ首を振る。
「それは〈鞴吹き〉と呼ばれる輩──自称だけ〈錬金術師〉を名乗って、貴族から泡銭を吸い取ろうとする山師さ」
「そうか。じゃあ知らない」
「旧暦中世まで〈金〉は〝完璧なる金属〟とされていた。その中に不純物が混じっていれば〈銀〉〈水銀〉〈銅〉〈鉄〉とランクが下がる。つまり〈金〉とは〝一切の不純物が混在していない究極の金属〟とされていたのだよ。そして〈錬金術師〉の目的は〈金〉そのものではない。〈金〉を生み出すプロセスの方なのさ」
「プロセス? 何の為に?」
「不純物が混在しているとされている〈銅〉や〈鉄〉から〈金〉を生み出すには、どうすればいいと思うね?」
「総ての不純物を除外する?」
「そうだ。そして、そのプロセスを〝人間〟に応用しようと試みていたのさ」
「人間に? どうして?」
「……〈神〉となる為に!」
「ッ!」
一際大きな稲光が、神の威嚇と轟く!
庭に生えていた〝オークの大樹〟が裂かれ燃えた!
落雷である。
恰も〝人間の業〟を糾弾するかのような……。
暫しの沈黙──ややあってサン・ジェルマン卿は浅い苦笑に思惑を紡いだ。
「その逆プロセスをロキへと応用する」
「ロキに? どうやって?」
「私を取り込ませる……」
「ッ!」
息を呑む〈娘〉!
それは、あまりにも残酷な奇策!
「逆論で言えば〈神〉が受肉をするという事は不純物が混在するという事──つまりは劣化だ。ともすれば、君にも勝機は生まれる」
「その……後は?」
「……心配は要らないよ〈娘〉? 君は示してくれた──フォンも、エリザベスも、生きていると」
そう慈しみに言って、愛しい〈娘〉の頭を胸に抱き寄せた。
「君は守りたい者の為に生きなさい……己が己で在るために…………」
自分には叶わなかった……。
ならば、我が〈娘〉に託そう……。
不死と定命が共存できる未来を…………。
「ロキィィィーーーーッ!」
渾身の雷拳に総てを乗せる!
培った信念を!
育んだ愛を!
「誰も愛せない者が、誰かに愛されるわけがないだろう!」
右頬を打ち貫く痛み!
「他人を愛せない者が、自分を愛せるわけがないだろう!」
左頬に刻まれる痛み!
打つ!
打つッ!
打ち抜くッッッ!
想いを乗せた拳は、纏う雷よりもそれ自体が痛かった!
(クソが!)
苛立つ。
(クソがッッッ!)
腹立たしい!
(何故、死なねぇ!)
世界に疎まれた──。
万人に忌避された──。
そして、謂われなき嫌悪を浴びせられ続けた────。
この上なく似通った環境に足掻き苦しみながらも、その着地は真逆であった。
だから、見えてしまうのだ……この〈娘〉の姿に重なる己自身が!
かつて心の奥底に封殺したはずの自分が!
殴打に浴びせられる〈娘〉の糾弾は、自分自身からの糾弾であった!
神話時代に殺したはずの良心の亡霊であった!
(殺したはずだ……遠い昔に……殺したはずだろうが! 俺自身はよ!)
──成程……君にも罪悪感があったというわけか?
(サン・ジェルマンッ?)
──だから他者を軽視して認めようとはしない……自分自身から目を背けるために。
(黙れ! クソが! ブッ殺すぞ!)
──我々と同じく、憐れな魂だったのだな……君も。
(黙れ! 黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 黙りやがれ!)
──だが、ロキよ……君と──いや、我々と〈娘〉の差は『世界の──愛の重さから目を背けた』か『愛の重さにしがみついた』かの差なのだよ。
「うるせぇって……言ってんだろうがァァァーーーーッ!」
激情の暴走に〈神力〉が荒れ狂う!
「むぅ!」
咄嗟に〈電荷バリア〉で防ぐも、エネルギー斥力に〈娘〉は弾き飛ばされた!
滞空に踏み留まり敵を見据える。
荒げた息遣いに立ち尽くすロキからは、満身創痍が窺えた。
さりながら臨戦意思に減衰は無い。
ともすれば、次が最期の一手と考えて間違いないだろう──決着の時だ!
「ハァ……ハァ……クソが!」荒げる呼吸に呪怨が睨め付ける。「……認めてやるぜ〈怪物〉? テメェは、このオレが全身全霊で叩き潰さなきゃならねぇ敵だってな!」
「そうか、ありがとう」
「ああっ?」
「オマエは、私を認めてくれた」
「ほざくんじゃねぇぇぇええーーーーッ!」
吠える憤慨に、ありったけの〈神力〉を滾らせる!
弱体化に心許ないなら〈気〉だ!
己の内に満ちる総てを振り絞る!
それだけの相手だ!
全身全霊を以て叩き潰さねばならぬ害敵だ!
「ハァァァアアアーーーーッ!」
それは〈娘〉にしても同じ事!
憎しみも私怨も無いが、この男は倒さねばならない!
愛すべき人間の──否、マリーの明日の為に!
なればこそ貪欲に喰らおう!
周囲に漂い眠る幾多もの雷電を!
黒雲の内部を闘技場として、二対のエネルギー球塊が眩い奔流を威嚇に咆哮させた!
瞬発の突撃!
双方同時に繰り出す特攻!
「ロキィィィイイーーーーッ!」
「怪物風情がぁぁぁあああーーーーッ!」
輝拳がぶつかり咬み合う!
圧し合う力点が奔流を放出する!
拮抗する超常力!
科学と神!
この激戦を制したのは──「がふっ!」──血反吐を吐いた!
悪神の腕が〈娘〉の腹へとブチ込まれていた!
空いた左腕を用いた奇襲であった。
「残念だったな、怪物?」
「ぐ……ぅ!」
忌むべき槍を両手掴みに抑える〈娘〉。
「ヒャハハ……まともに相手すると思ったかよ?」
「ふぅ! ふぅ!」
荒げる呼吸に狡猾を睨み据えた。
乱れた髪から覗く呪視は、ゾッとする鬼気を孕みながらも美しい。
ロキの左腕を抑える両手に力が込められる。
ガッツリとした握力は指先を食い込ませた。
「……終わりだな、怪物? このまま、ありったけの〈神力〉を──いや、現状は〈気〉か──を注ぎ込めば、さすがのテメェも御陀仏だろうよ」
「あり……がとう……」
「あん?」
「この瞬間を狙っていた……オマエが、私と強固に密着する瞬間を!」
「な……何ッ?」
「ぅがあああああぁぁぁぁぁーーーーッ!」
獣が吠えた!
死人が雄叫びを叫んだ!
全身が夥しい発光を帯び、その姿は球電そのものと思えるかのような光源だった!
「テ……テメェ! 何をッ?」
戦慄が神を呑み込む!
恐怖が災厄を支配する!
怖れるべきは眼前の〈娘〉ではない!
その効果だ!
魂そのものを吸引するかのような感覚!
間違いない……コイツは喰らっている!
気を──生命力を──オレに内在する全エネルギーそのものを!
「電気は〈生命〉の源だ! だからこそ、電荷によって再生が叶う!」
「テメェ! 放しやがれ!」
自由な右腕で殴り掛かるロキ!
ひたすらなる殴打!
が──(足りねぇ?)──明らかにパワーが不足していた。
急速に生命力を奪われている!
「そして、私は電気を食らう怪物だ!」
「うぉぉぉッ? は……放しやがれ!」
発光が微々と激しさを増してくる!
それが何を意味しているのか……現状のロキには把握出来た!
還元されているのだ!
己の生命力を!
この〈娘〉の生命力に!
「それは、つまり応用すれば……生命力そのものを吸収出来るという事! ありとあらゆる生命を糧と喰らえるという事! 解るか? この世の、ありとあらゆる生命は、私の糧という事だ!」
「テ……テメェ! テメェらは、最初から、その算段で受肉をッ?」
それは、この〈娘〉にしか行使できない特異性──自らの〝操電能力〟と〈サン・ジェルマン細胞〉との併せ技であった。
「受肉したオマエは、もはや〈神〉ではない! 私と同じ〈怪物〉だ! 同じ〈怪物〉なら、私が負けるはずもない!」
「ッざけんな! オレ様は〈神〉だ! 唯一無二の──」
「〈怪物〉なんだ! 私も! オマエも! この闇暦世界の一端でしかない! 忌み嫌われる〈怪物〉に過ぎない!」
それを知るという事は、ますます〝人間〟から掛け離れるという事──サン・ジェルマン卿は、そう言った。
それでも構わないと〈娘〉は言った。
どう足掻こうと、自分は〈怪物〉だ。
溝が埋まるはずもない。
ならば望むは、ひとつだけ──たったひとつの想いだけ。
あの子の明日だけ──。
(クッ! こうなったら、ありったけの〈神力〉と〈気〉をブチ込んでやる! 魂の底から! 後先なんざ知った事か!)
いつぞやの再演の如く〈娘〉の顔面へと掌を翳した!
なけなしの力とはいえ、ここまで至近距離からならば起死回生の一撃と機能するはずだ!
が──(させないよ)──一際大きく脱力感が支配する!
自分自身の内にいる別人からの横槍であった。
「クソがぁぁぁあああーーーーッ! サン・ジェルマァァァーーン!」
「……いま返してやる」
取り込んだ生命力を電気へと一気還元する!
夥しい雷蛇が〈娘〉から生まれ、食らいつく相手を盲目に探り暴れた!
青白い光を発する巨躯を核として、生命の鼓動が具現化する!
そして──「生命讃歌ッッッ!」──眩い光球が弾けた!
白き閃光が総てを呑み染める……。
黒雲も……。
轟雷も……。
黒天さえも…………。
穏やかな丘陵に寝そべり、ロキはフラストレーションを吐き捨てた。
「チッ! クソが……」
「よぉ、ロキ? 此処にいたのか?」
「ああっ?」
頭を上げれば、粗暴な髭面が立っていた。
筋骨隆々とした巨躯の男だ。
然れど、厳つい面構えのわりには、豪気な破顔が人好きを誘う。
「……チッ! トールかよ」
雷神〈トール〉──唯一の親友である。
神敵〈霜の巨人〉の出自と知りながらも、ロキを対等に構える唯一の〈北欧神族〉だ。
「また何かやらかしたのか?」
脇に腰を下ろしたトールは、苦笑いに語り掛けてきた。
「……ケッ!」
ふてた一瞥に、ロキは唾を明後日へと吐き捨てる。
「どいつもコイツも気に入らねぇんだろうよ! このオレ様が〈霜の巨人〉でありながらも〈北欧神族〉の一員だって事がよ! それも随一の実力者だからな……やっかみ孕みの嫌悪ってヤツだ」
「確かに我々〈北欧神族〉にとって〈霜の巨人〉は永遠の神敵だ。偏見は根深いが……」
「以前はよ? オレとしても信頼を勝ち取ろうと思って必死コいてたさ。オメェの雷鎚〈ミョルニルハンマー〉や最高神の神槍〈グングニル〉を、わざわざ手に入れてやったりもよォ……。だが、結局はどうだ? どこまでいっても、腫れ物・鼻つまみ者じゃねぇかよ……ケッ、面白くねぇ!」
「フム……」トールは少々困惑を苦虫に、丘陵眼下の緑原を眺めた。「オレからも機会ある毎に言ってはいるのだがな。アイツは、もはや〈霜の巨人〉ではない。立派な〈北欧神族〉だ……と」
「……要らねぇよ、クソ寒い同情なんざ」
腕枕の仰臥に白雲が流れる。
「なぁ? ロキよ?」
「あん?」
「拗ねるのも構わん……疎むのも構わん……嫌悪も構いはせん…………だが、歪んではくれるなよ?」
「ああ?」
「そうなったら……オマエが〈厄神〉と堕ちたら……オレは、オマエをブチのめさにゃならん」
「…………」
「…………」
暫し視線を交わした後、ロキは「ケッ!」と寝返りに背を向けた。
「……そん時ァ、楽しみにしてやるよ」
互いに携える苦笑。
抜ける風が萌える緑を撫で去った。
彼の『北欧光神殺害』の二日前の一幕であった。
この後、ロキは〝バルドル殺害の重罪〟にて拘束封印される事となる。
総ての神族から祝福と讚美を謳われる光神……。
己が身と対極に在るそれが気に入らなかった。
私の作品・キャラクター・世界観を気に入って下さった読者様で、もしも創作活動支援をして頂ける方がいらしたらサポートをして下さると大変助かります。 サポートは有り難く創作活動資金として役立たせて頂こうと考えております。 恐縮ですが宜しければ御願い致します。