労働判例を読む#209

【国(陸上自衛隊訓練死)事件】旭川地裁R2.3.13判決(労判1224.23)
(2020.12.18初掲載)

 この事案は、情報陸曹として日頃デスクワークの作業が主だった隊員Aがいわゆるスキー起動訓練に参加し、駐屯地に戻ったところ、急性心筋梗塞が発症し、数日後に死亡したため、遺族のXが国Yに対し、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を請求した事案です。

 裁判所は、業務と死亡との間の因果関係を認めたものの、自衛隊の安全配慮義務違反を否定し、Xの請求を否定しました。

1.因果関係

 いわゆる公務員の労災に関し、「心・血管疾患及び脳血管疾患の公務上災害の認定指針」が存在します。裁判所はAの死亡が心筋梗塞によると認定しているところ、当該認定指針も心筋梗塞を1つの適用対象としているため、当該認定指針を参考にしても良さそうですし、実際、最近の多くの裁判例で、労災の認定基準が参考に用いられています。

 けれども、この裁判所は、当該認定指針を参考にするかどうか明確にしていません。

 その理由は明らかでないのですが、長時間労働の事案ではないため、長時間労働の目安となる部分(1か月100時間以上、などの目安部分)が適用されず、当該認定指針に規範としての根拠を求める必要性が小さいことが、1つ目の理由と思われます。

 さらに2つ目の理由として、本事案のように基礎疾患がある場合の判断枠組みも、当該認定指針の中で示されているものの、これは、最高裁判決が示した判断枠組みと同様の判断枠組みとほぼ同じであり、抽象度が高く、判断のためのより具体的な枠組みが示されているわけではない点があげられます。特にYが、当該認定指針の「通常の業務に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務に従事した」に該当しないと主張している点について、裁判所は、事実認定の結果、これに該当する「余地もある」と説明しており、当該認定指針は、具体的な数値やより詳細な事実を判断枠組みとして示しておらず、抽象的で、それ自体でも評価が分かれうるため、わざわざ判断枠組みとして参考にするメリットが無いのです。

 このように、当該認定指針はではなく、最高裁判決(地公災基金鹿児島県支部長(内之浦街教委職員)事件H18.3.3労判919.5)の示した2つの判断枠組みを採用し、結果的に因果関係の存在を肯定しています。それは、以下のとおりです。

① 基礎疾患が心筋梗塞を発症させる寸前のような状態でないこと

 この点は、基礎疾患と言っても昔の健康診断で血中コレステロールなどの値が高く、経過観察と評価されただけで、これもその後改善傾向にあったこと、スキー訓練前にも軽い運動と血圧を測定し、問題のないことが確認されていること、などから、基礎疾患などない、と認定しても良さそうなレベルの基礎疾患です。

 つまり、基礎疾患の程度が低いので、業務上のストレスの程度もそれほど大きいものは要求されない、ということになります。

② 基礎疾患を自然の経過を超えて悪化させるほど業務が過重であること

 Yは、医学的な主張として、(裁判所の認定するような)冠動脈プラーク(とその破裂)が原因ではなく、冠攣縮が原因として、業務上のストレスとの関係を否定しましたが、裁判所は、冠攣縮の特徴とAの症状を比較してこの主張を否定しました。また、Yは、自衛隊員による再現実験により、スキー訓練が過重でないと主張しましたが、裁判所は、再現実験の中立性客観性に問題があるとして、Yの主張を否定しました。

 ここで特に注目されるのは、過重性の判断に際し、同様の訓練に参加した隊員を基準にするのは、「危険責任の見地からすると相当でない」とし、雪の中で作業をするのが普通とは言えない一般公務員や、陸上自衛隊でもAのようなデスクワーク中心の隊員からみて判断し、過重性が肯定されている点です。

 これをどのように評価し、今後の参考にするか、という問題ですが、一般に、同種業務を担当する平均的な従業員が基準とされますから、その意味でデスクワーク中心の隊員を基準にした、と評価することが可能です。「危険責任」という言葉が、このような判断枠組みとどのようにかかわるのかよくわかりませんが、危険な状態を作り出していることが責任の根拠とするのが「危険責任」とすると、危険な状態の類型ごとに判断するべきだ、ということになるのでしょうか。

 このように見ると、判断枠組みの設定によって判断が左右されたように見えるかもしれません。

 けれども、判断を決めた大きなポイントは、発症時期のように思われます。Yは、病名が明らかにされたのが、スキー研修終了後しばらく経って、落ち着いていた時期だったので、スキー訓練と関係が無いと主張しましたが、スキー訓練中からXが体の異常を訴えていた、など発症時期の認定が異なります。たしかに、訓練中に発症した場合に比べれば、訓練後時間が経ってから発症した場合、訓練との因果関係は格段に認定しにくくなるでしょう。

 判断枠組みに関する議論も重要ですが、この事案では、発症時期が判断を分けるポイントだったように思われます。

2.安全配慮義務違反

 これに対し、安全配慮義務は否定されました。

 基礎疾患と言っても大したことない状況で、それ相応の健康診断をしているし、Aが不調を訴えた後の対応も、病院にすぐに搬送するなど、適切に対応した、という評価です。

 特に注目されるのは、事前に健康状態を把握した結果、スキー訓練に参加できる健康状態であることが確認された、と認定されている点です。

 事前に健康状況を把握していることによって、一面で、上記1のように因果関係の認定が容易になったようです(基礎疾患があることになるから)が、同時に、その基礎疾患のレベル(大したことないレベル)に応じた安全配慮がなされたとして、安全配慮義務違反が否定されたと評価できます。

 「見ざる言わざる聞かざる」の言葉のように、不都合なことは知らない方が良い、という発想に、不安になると陥ってしまいますが、しっかりと健康状態を把握することが、結果的に安全配慮義務の否定につながっていることが、この裁判例から理解できます。というのも、抽象的な「基礎疾患」ではなく、経過観察と指摘される程度の具体的なレベルの「基礎疾患」にそくした、具体的な安全配慮のレベルが認定されているからです。

 安全配慮義務違反は、「過失」のことですが、予見義務と回避義務のいずれかがあれば、過失が認められます。気づいたリスクを避ける、という回避義務が、過失のイメージに近いでしょうが、気づくべきだった、という予見義務も要素となっています。つまり、気づかない、という「鈍感」についても責任が発生しますので、「見ざる言わざる聞かざる」は責任を逃れることにならないのです。

 むしろ、抽象的なレベルで高度な義務を課されてしまうよりも、具体的な状況に応じた義務が設定される方が、より現実的な義務が設定され、現実的な対応が可能になる、と期待できそうです。

3.実務上のポイント

 因果関係の認定について、この程度の訓練で因果関係を認めることについて、違和感を覚える人がいるかもしれません。基礎疾患と言っても大したことがなく、また、本番よりも緩やかだったとは言え、再現実験まで行われ、負荷は大きくないとされています。しかし、訓練中に体調が変化していたことが一番の要因でしょう。

 けれども、訓練前の健康チェックや、発症後のサポートなどが適切だったため、Yの責任は否定されました。

 これを、民間の労災と会社の民事責任で見た場合、因果関係が認められるので、労災認定される一方で、会社の民事責任は否定される、という結果につながります。

 労災が認められると、民事責任も認められる、という印象が強いですが、会社が従業員の健康に適切に配慮すれば、労災が認められても会社の責任が否定される余地のあることが、具体的に示されたのです。

 また、因果関係と過失の評価について、どのように整合性を認めるのかも問題になります。

 この事案だけで結論を出すわけにはいかないでしょうが、因果関係は事後的な評価、すなわち振り返ってみれば仕事のストレスが原因だった、という問題であり、過失は事前的な評価、すなわち当時の会社・管理職者としては、問題に気付くべきだった、という問題である、と整理することも1つの整理方法と思われます。この事案では、事故後に振り返ってみれば、スキー競技のストレスが原因と言えるけれども、事故当時の立場で見ると、健康診断もしており、事故が発生するとは思われなくても仕方がない、ということです。

 安全配慮義務に関する事例は今後も数多く議論されると思われますが、その中で、因果関係と過失の判断枠組みについて、より突っ込んだ議論がされるかもしれません。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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