経営組織論と『経営の技法』#240
CHAPTER 10.1.1:経験による学習 ④抽象的概念化(step3)
3番目の段階は、抽象的概念化と呼ばれます。これは経験を一般化したり概念化したりすることを指します。あるいは、経験を他の状況でも使えるようにルール化することやルーティンを自ら作ることを指します。この段階を経ない経験は、全く同じ状況でしか使えない知識になってしまうため、ルールやルーティンといったさまざまな状況でも使える形に経験を変換する必要があるのです。
たとえば、初めて作る料理を失敗してしまったときに、内省を通して塩が多かったことや火を入れすぎたことが原因だとわかったときに、次に作るときは塩加減や火加減に気をつけようと考えるのにとどまらず、料理においては塩加減や火加減が重要であること、あるいは塩加減は最初にきつくしないことや適切な火加減をきちんと理解しておくことが大事だと考えることが、この抽象的概念化という段階になります。
(図10-1)経験による学習と成長
【出展:『初めての経営学 経営組織論』223~224頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018)】
この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村修也・久保利英明・芦原一郎/中央経済社 2019)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。
1.内部統制(下の正三角形)の問題
実際の会社組織での、個人の経験の抽象的概念化は、様々な形で行われます。
たとえば、異動する際に「引継書」を作る場合、それまでの仕事の状況を後任の担当者に説明しますが、後任の担当者がスムーズに仕事を引き継げるように、それまでの仕事の様子を上手に整理します。自分の仕事を振り返ることになります。
また、人事考課制度で、自分の成績をまずは自己評価し、それを基に上司が評価を行う場合には、その自己評価の過程で、自分の仕事を振り返ります。しかもこの場合、自分で行った評価自体も検証されることになります。
さらに、たとえばQC活動、改善活動、シックスシグマなどで、業務改善をアピールする場合には、その内容を分かりやすく整理して発表する、という機会を得ます。
さらに、端的に業務の進め方をマニュアル化し、定期的に見直しを行う場合もあるでしょう。これも、業務上のノウハウも含め、抽象的概念化の作業と評価できます。
さらに最近では、匠の技を伝承するために、AI技術が活用される場合もあります。作業工程を、精密な工作機械とコンピューターが記憶し、再現可能にして保存する方法が紹介されますが、これも、個人の技術の抽象的概念化です。
このように、個人の能力が忘れ去られたり、誤解されたりしないように、機会があれば抽象的概念化を意図的に行うことが、会社組織上重要です。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
経営者のノウハウなどの抽象的概念化は、これに比べると、あまり体系的に残されるものではなく、プロジェクトの進め方や、経営会議や各種委員会などでの発言などの中に、経営判断の痕跡が残されるほか、経営者としての経験などを次の経営者のために引き継ぐ方法として、社長を退任しても会長として暫く社長をサポートする、などの方法が取られることもあるでしょう。
経営者の経験の抽象的概念化は、従業員の場合よりも、一般化しにくいのでしょう。
3.おわりに
個人的には、社内弁護士のノウハウを紹介する書籍を何冊か執筆出版しています。これも、私自身の知識や経験の抽象的概念化です。実際に、自分のノウハウを形にしてみると実感しますが、自分自身の曖昧な理解をクリアにし、自分自身のために使えるツールになり、自分自身の成長に確実に役立ちます。さらに、他人にもその内のいくつかについて評価してもらえると、自身にもなります。
経験やノウハウの抽象的概念化は、自分自身のために、ぜひ試してください。
※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。