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労働判例を読む#373

今日の労働判例
【人材派遣業A社ほか事件】(札幌地判R3.6.23労判1256.22)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、会社Y1の支店長であるXが、Y1の役員Y2からセクハラ・パワハラを受け、メンタルの問題が生じた(抑うつ状態になった)として、Y1とY2の責任を追及した事案です。
 裁判所は、Xの請求を概ね肯定しました。

1.セクハラ
 Y2は、かなり露骨にXとの関係を繰り返し継続的に求めており、セクハラが認定されるのは当然と思われます。その中で、特に注目すべき点は以下の点です。
 1つ目は、セクハラを認定する順番です。
 判決は、まず、①身体的物理的な接触(抱き着く、キスする、胸を触る、手を握る)について、不法行為を認定しています。次に、②LINEメッセージ等について、Y2の性的願望を露骨に示した表現(ホテルに遊びにいっていいか、抱いちゃおうかな、ホテルに遊びに行きたいのです、など)について不法行為を認定し、③これ以降のメッセージについて、この②を前提に見て、一体として不法行為を構成する、と評価しました。
 このように、①~③の順番で違法性の程度が評価されること、特に身体的物理的な接触や、露骨な表現は、それだけで違法性が認定されるほど悪質と評価されること、が理解できます。
 2つ目は、当初Xは、明確にY2の言動に拒絶の意思を示していないにもかかわらず、セクハラを認定している点です。
 この点は、アメリカの犯罪被害者の言動に関する調査研究の成果として紹介されることのある考え方に通じるものです。すなわちこの考え方は、強姦被害を受けた女性を中心に調査研究した結果示されたもので、被害者は、肉体や精神の損害を小さくするために、加害者に迎合的な言動を取ることがある、したがって、犯行の際に迎合的な言動を取り、又は明確に拒絶しなかったからといって、同意していたと評価することはできない、という考え方です。
 本事案でXは、「酔うと陽気になり、誰にでも明るく接するほか、異性に対して軽いボディタッチをすることもあった」、①手を握られた際も、関係悪化や場の雰囲気に配慮して明確に拒否せず、他の者と話すと言ってそこから離れるにとどめた、抱き着き・キス・胸タッチの際も、関係悪化を恐れてその場を離れなかった、②露骨なメールに対しても、関係悪化を恐れて明確に拒否しなかった、等と認定しています。多くのセクハラで、加害者はこのような被害者の反応を、受け入れてもらう余地があると誤解し、セクハラをエスカレートさせることがありますが、裁判所は、上記のとおりこれらを明確に不法行為と認定しており、同意による違法性の消滅や低下を認めませんでした。

2.パワハラ
 Y2は、Xが不快感を抱いていることを知ると、掌を返したようにXを攻撃し始めました。これも、パワハラと認定されて当然と思われます。
 ここでは、労働政策推進法で示されたパワハラの判断枠組み、すなわち、優越性(=上司の立場を利用)、必要性・相当性の逸脱、によって評価されています。
 具体的には、❶人事考課を付けることに慣れていないXに対し、「1を付けた管理者なんて今まで見たことがない」と叱責(評価方法の指導などもしていない、Xが不慣れであることに付け込んだ)し、❷会社会議で「こんなマネージメントは聞いたことがない」と公開の場で貶め(執拗にXを非難していた)、❸改善点の指導を求めるXに「自分が一番高しいと思っている」と人格否定した(人格非難の根拠がない)、などが指摘されています。
 このうち、❶❸については、Y2のXに対する報復として動機がある、という点も根拠とされています。悪意を持って行う場合の方が、パワハラ認定されやすい、ということでしょうか。

3.メンタル
 近時の裁判例の傾向として、メンタルとハラスメントを分けて検討する裁判例が多いように思われます。例えば他の裁判例では、ハラスメントについては、指導教育が厳しすぎる面があっても、違法とまではいえないとして違法性を否定しつつ、メンタルのケアが十分でなかったとして、メンタルの責任を認めている者もあります。
 この観点で本事案を見た場合、ハラスメント被害の相談を受けたY1が、ハラスメントを認定できないとして、メンタルのサポートをしなかったことについて、もちろん、特に②について容易にハラスメントを認定すべきだったとしたうえで、さらに、支店長業務によるストレスではないことが容易にわかるのに、支店長業務の継続を希望するXの意向に反して降格処分をし、さらにXのメンタルに悪影響を与えている点や、ストレス原因であるY2との分離という、本来の対策を講じなかった点を指摘し、健康配慮義務違反を認めています。
 ハラスメントの責任がはっきりしなければメンタルへの対応ができない、と考える会社は未だに多くありそうですが、(本事案ではハラスメントの責任も認められましたが)メンタルの問題が生じていることが分かったのであれば、まずはメンタルへの対応を急いで検討することが、実務上重要でしょう。

4.実務上のポイント
 本判決には、セクハラ、パワハラ、メンタルのそれぞれに関する重要な問題が含まれています。労務管理上の教訓としてだけでなく、判断枠組みやそのレベル感、プロセス、運用などについても参考にしてください。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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