労働判例を読む#324

今日の労働判例
【PwCあらた有限責任監査法人事件】(東京地判R2.7.2労判1245.62)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、監査業務を行っていたXが、ストーカー行為によって諭旨解雇とされ(退職を勧告されるものであって、これによって当然退職にはならない)、その後、業務成績不良によって降格され、その後、職務遂行能力の欠如や勤務成績の不良を理由に解雇された従業員Yから、これら処分の無効などを争われた事案です。裁判所は、降格は有効としましたが、諭旨解雇と解雇を無効としました。その他にも論点がありますが、ここでは、諭旨解雇・降格・解雇について検討します。

1.諭旨解雇
 Yの諭旨解雇は、懲戒処分の一種であるものの、懲戒解雇と異なって直ちに解雇の効力が発生するものではなく、退職を勧告するものです。そこでXは勧告を受け入れず、その後も従業員としてYに在籍することとなりました。勧告に従わない場合には懲戒解雇される可能性はあるものの、本事案では懲戒解雇に至っていません。
 このような、Yの諭旨解雇の特徴、特に直ちに解雇の効力が生ずるわけではない点を注目すれば、実際にストーカー行為によって警察が対応に乗り出し、ストーカー規制法に基づく警告が発せられた状況を考えると、有効と評価される可能性もあったように思われます。特に、女性の働く環境を大事にし、そのためにハラスメントなどを厳しく規制している会社の場合には(Yがそうであったかどうかはともかく)、その態様は非常に悪質と評価されるべきでしょう。
 けれども裁判所は、被害者にPTSDのような後遺症が生じたわけではなく、警告後はストーカー行為も行っておらず、ストーカー行為自体の立証(回数や対応)も不十分であるとして、諭旨解雇を無効としました。従わない場合に懲戒解雇の可能性のある点が、非常に重い処分である、という評価につながり、合理性の判断レベルが高くなったように思われます。

2.降格
 他方、降格処分は有効と判断しました。
 降格処分は、Xの人事考課の低いことが根拠となっています。Yの人事考課制度は、業務内容の高度な専門性を反映したもので、労働判例でよく見かける人事制度とかなり異なります。詳細は、裁判所の認定した事実をお読みいただきたいと思いますが、一定レベル以上になると、自分で顧客を開拓するか、事務所内の他の専門家に一緒に仕事をするように声をかけてもらうかしなければなりません。仕事は与えられるものではなく、自ら獲得すべきものであり、誰からも声をかけられず、仕事がなかった時期が長く続いたことが降格の大きな理由でした。
 このように、自分で仕事を見つけられなければ人事考課も下がり、降格もある、という人事制度の合理性が、裁判所によって認められたと評価できるでしょう。

3.解雇
 これに対して、解雇は無効と判断しました。
 特に注目されるのはその理由です。裁判所はYの就業規則の定める解雇事由の解釈・あてはめを行っていますが、特に検討しているのが「職務遂行能力」「職務怠慢」「その他の事情」です。
 「その他の事情」についてYは、上記ストーカー行為や、上司への誤った報告などの不適切ないくつかのの行為がこれに該当すると主張しましたが、解雇に相当するほど「重大な事由」があるとは言えない、と評価しました。この点は、言動の悪質性の程度を問題にしてきたこれまでの裁判例と、構造的に異なることはありません。程度の問題であり、評価の問題ですが、ストーカー行為の悪質性評価が低すぎないか、議論の余地があります。
 特に注目されるのが、降格との関係です。裁判所は、Yの人事考課制度の合理性を認め、それに基づく降格処分の有効性も認めているにもかかわらず、Xには「職務遂行能力」があり、「職務怠慢」はなかったと評価しました。要は、機会がなかっただけで、能力はあるし、仕事をさぼる気もなかった、ということです。これは、降格には合理性があっても、解雇には合理性がない、ということの説明として、それなりに合理性があるようにも見えます。
 けれども、仕事に求められるものは、会社によって異なります。専門性の高いYで求められるのは、この人事考課制度の中で具体化されているのであって、この人事考課制度によって最低の評価を受けるということは、Yで求められる業務を遂行できない、ということに他なりません。つまり、雇用契約上の労務提供義務を提供できない、あるいは履行不能・債務不履行状態にあることを意味するはずです。ところが裁判所の評価によれば、雇用契約で約束した債務を履行できなくても、能力とやる気さえあれば解雇されないということになってしまいます。家賃を払わなくても、家賃を払う能力と意欲があれば契約解除・立ち退き要求されない、という解釈が有り得ないように、雇用契約で約束したことができなくても、その能力と意欲さえあれば解約されない、という解釈は雇用契約の本来の内容に明らかに反する、不当な解釈です。

4.実務上のポイント
 とは言うものの、契約本来の趣旨を曲げてでも労働者を保護する、という判断が示されたことから、今後も一定の確率で同様の判断が示されることを想定しなければなりません。適切な人事考課制度(しかも、本事案では裁判所自身が適切と評価している)に基づく最低の評価があっても、就業規則の規定の解釈を根拠に解雇無効と評価されたのですから、この問題に対応する1つのヒントは、就業規則の規定にあります。
 すなわち、Yの就業規則での解雇事由は、概要、「職務遂行能力不足」「職務怠慢」ですがこの2つの解雇事由自体が、Yの人事考課システムのポリシーや具体的な評価基準と合っていません。結果が出せなくても能力はあるかもしれないし、結果的に迷惑をかけても悪気はなかったかもしれません。ところが、人事考課制度は自分で仕事を開拓できたかどうかを評価します。プロ集団であり、結果が全て(あるいは極めて重要)の世界のようです。結果が全てですから、個人の能力や悪気の有無は問題にされていないように見えます。ところが就業規則の解雇事由は、個人の能力や悪気の有無がポイントとなるような表現となっています。
 このように、人事考課制度と解雇事由(就業規則の規定)のズレが、本判決のような不当な判断を許容する原因の1つかもしれません。
 したがって、会社としては、人事制度が就業規則の規定、特にこの事案で問題となったのは解雇事由の規定ですが、そこで示されるルールが一致しているかどうかの検証・確認を怠らないことが重要となります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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