労働判例を読む#514
※ 司法試験考査委員(労働法)
【シャープNECディスプレイソリューションズほか事件】(横浜地判R3.12.23労判1289.62)
この事案は、会社Yに入社後間もない時期から、上司らの指示に反する言動(無届残業等)や、業務遂行能力不足(報告・連絡・相談ができない、長時間泣いてしまう、等)、コミュニケーション能力・社会性等の欠如(懇親会で誰とも会話しない、自分だけ違うものを注文する、等)が見られた従業員Xが、休職を命じられ、休職期間(就業規則所定の16ヶ月に、延長された15か月を合わせた、31か月)満了時に自然退職とされた事案です。
Xは、復職可能だったから自然退職は無効である、と主張し、裁判所はこの点に関するXの主張を認めました。
なおその他に、Xは、Yの従業員らがXの両親に会うことを拒んで机にしがみついていたXを、無理やり引きはがして事務所の外で待つ両親の元まで運んだことや、医師がXの復職に対して消極的な診断書を作成したことが、いずれも違法であるとしてYや医師の責任を追及したところ、裁判所はいずれも否定しましたが、この点の検討は省略します。
1.復職の可否
ここで特に注目されるのは、復職の可否について、これを可能と判断した裁判所の判断理由です。
まず、復職の可否に関する要件や判断枠組みです。
私傷病による休職命令の趣旨について、「解雇の猶予が目的」と位置付けたうえで、復職の要件(この会社の場合は、「休職の理由が消滅した」)について、「債務の本旨に従った履行の提供がある場合」、すなわち「原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合」、と定義しました。ここまでは、多くの裁判例と同様の内容です。
続けて、本事案固有の議論をしています。
すなわち、①「従前の職務を通常の程度に行える健康状態」は、私傷病発症前の職務遂行のレベル以上のレベルを求めることは許されない、という趣旨の解釈を示しました。その理由は、復職不可能な状態は解雇理由でもある、もし発症前の職務遂行のレベルまで求めたら、解雇権濫用法理の適用を受けられなくなってしまう、という内容です。
そのうえで、Xの指示違反、業務遂行能力不足、コミュニケーション能力・社会性等の欠如、などを概ね認め、Xが適応障害を発症していたことと、それが休職期間中に寛解したこと、を認定しました。
さらに注目されるのは、②障害の症状について、適応障害によって発症した面と、X自身の「本来的な人格構造又は発達段階での特性」とされる面が含まれており、両者は区別されなければならない、と指摘しています。このことが前提になっているようですが、Xは、他の従業員と同程度の能力まで回復していないが、発症前レベルの能力までは回復していたから、復職可能だった、という判断をしたようです。
2.裁判所の判断の問題点
この判断には、次のような問題があるように思われます。順番が前後しますが、②から検討しましょう。
②については、Xの障害の症状について、適応障害によるものと、Xに属人的なものに分けることが本当にできるのか、という点です。
この点は、同じ労働判例誌の冒頭に掲載されている本判決の解説記事(三柴丈典(近畿大学法学部教授・日本産業保健法学会副代表理事)労判1289.5)も指摘している問題点です。さらに、Xに属人的な症状も、業務に起因する障害(による症状)ではありませんから、私傷病と位置付けられるので、法律上は適応障害による症状(これも私傷病)と同じであって、分ける理由がないのではないか、という疑問があります。
また、②を前提にした対応を考えてみましょう。仮にXに属人的な症状が残されたまま復職を認め、それに続けて、Xに属人的な症状を適切に記録化し、債務不履行状態にあることを客観的合理的に評価し、Xに回復の機会を与えたうえで解雇したとしても、今度は解雇の有効性の判断に際し、Xの疾病を理由に解雇した、疾病を治癒する機会を与えなかった、という理由で解雇権濫用と評価される可能性があるのではないか、そうすると、従業員に属人的な症状がある限り、休職後の自然退職も、復職後の解雇も、いずれもできない、という事態が生じてしまうのではないか、という疑問が生じます。復職後の解雇は難しそうです。
そうすると、適応障害による症状が寛解した段階で一度復職させ、属人的な症状が残っていることが確認されれば、今度は属人的な症状を根拠に休職をさせる、ということになるのでしょうか。けれどもこの方法だと、①によって、回復すべきレベルが属人的な症状のあるレベルに設定されてしまいますので、休職を命じること自体ができません。復職後に再度休職させる、という対応も難しそうです。
つまり、従業員に属人的な症状がある、と認定されてしまうと、当該従業員に退社してもらう方法は、自主退職以外に存在しないことになってしまうのです。
①については、発症前の職務遂行のレベル以上のレベルを求めることができない、という基準に、以下のような問題があるように思われます。
まず、事実認定の問題です。これは、上記②と同じ問題ですが、Xに属人的な症状だけを残し、適応障害による症状だけ寛解したという認定が本当にできるのか疑問です。
次に規範の問題です。「解雇の猶予が目的」が休職制度というのだから、休職期間が満了しても解雇を避けられる状態に回復していなければ(すなわち、適応障害による症状だけでなく、属人的な症状も寛解していなければ)、復職不能として自然退職とすることも可能であり、むしろ、解雇を回避する理由が無くならなかったのだから、自然退職とすべき状態にあることが確認されたと評価すべきではないか、と思われるからです。
さらに、①②以外にも問題があります。
その一つは、③医師の診断書の評価です。
復職可能とする診断書で、医師は、Xの復職の際にYが遵守すべき事項を20項目指摘しています。具体的には、業務内容として、Xの得意な分野の業務、1人で行う作業、人間関係をあまり必要としない業務、等。理解すべき点として、Xが自分外の視点を持つことが苦手、指示の内容が複雑な業務は処理が難しい、励ますつもりでも強い口調や叱責は苦手、等。配慮事項として、口頭だけでなく、文書やメールでも指示する、指示・報告は、上司1人に絞る、指示出しや優しく淡々と伝える、等が記載されています。
これを受け取ったYは、記載事項のすべてを遵守することは不可能であり、したがって業務遂行できる状況にまで回復していないと判断した(これも根拠として、自然退職とした)のですが、裁判所は、これは「助言又は配慮事項であって」すべて満たす必要は無い、という評価をしました。
しかし、会社がこのような診断書を受領したら、条件の全てが満たされないのに復職を認めてしまうと、復職後に医師の指示に反し、安全配慮義務に違反する、等という別の理由での責任を負わされる危険が生じますので、復職を認めることに躊躇してしまうはずです。裁判所の評価は、会社に無理を強いるものです。
さらに、上記論文も指摘するとおり、④寛解の認定そのものも問題があります。
というのも、Xは、自分が望む診断書を作成してくれない医師であると見極めれば、他の医師のいる病院に転院する、ということを繰り返しており(実際、復職可能という診断書を作成してほしい、という要求を医師に行っていた経緯も認定されています)、しかも、復職可能とする診断書を複数の医師に作成してもらうように求めたYの要求にも関わらず、1通しか提出しませんでした。しかも、休職前に確認された様々な症状が、本当になくなったのか、という事実について明確に認定しておらず、復職可能とする診断書と、①が、復職可能となるまでに寛解した、という認定が主な理由であり、とても事実に基づく認定がされているようには見えません。復職可能であることの証明責任が、会社側と従業員側のどちらにあるのか、という議論もありますが、それ以前の問題として、適切な事実認定と評価だったのか、検討すべきポイントです。
このように、裁判所の判断には、議論すべき問題がいくつかあるように思われます。
3.「債務の本旨」は不要か?
他方、裁判所の判断の合理性について考えてみましょう。
この点で注目されるのは、①②が適用された場合の影響です。これによって、復職の可能性の判断基準のハードルが下がることになります。そうすると、従業員が雇用契約で約束したレベルの労務提供ができない場合でも、復職が認められる場合が生じてしまうことになります。
けれども裁判所は、それで良い、と考えているかもしれません。すなわち、退職や解雇に関わる労務提供可能性は、約束したレベルの労務提供可能性(債務の本旨)であるが、復職に関わる労務提供可能性はそれよりも低くても構わない、という判断です。
これがどういうことかというと、これまで、傷病休職制度は解雇・退職を猶予するものであり、復職の機会を与えるものだ、という理解から、解雇・退職の条件(ここでは、「債務の本旨」の提供可能性)と、復職の条件は同じである、という暗黙の共通認識があったように思われます。そして、両者の条件が同じである方が一貫しています。
けれども、休職制度をこのように理解するとしても、解雇・退職の条件と復職の条件が同じであるべき理論的必然性はありません。休職制度によって、少なくとも休職に入る前の状態にまで回復してくれれば、その後、解雇・退職の観点から「債務の本旨」のレベルでの労務提供可能性を適切に検証される、という二段階のプロセスを採用することも、理論的に説明可能なのです。
実際、裁判所は、「私傷病発症前の職務遂行のレベル以上のものに至っていないことを理由に休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせる」事態を、問題のある事態として仮定します。この事態は、私傷病発症前に「債務の本旨」レベルにない可能性のある事態でしょう。すなわち、入社前から「債務の本旨」提供可能性がなかったかもしれないうえに、入社後の私傷病が重なることで休職となった事態で、復職の際に「債務の本旨」提供可能性がないことを理由に、復職を認めず自然退職とする取り扱いをする場合です。
この事態について、裁判所は、「いわゆる解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせることになり、労働者の保護にかけることになる」との懸念を表明しています。すなわち、「債務の本旨」提供可能性について、本来であれば労契法16条などの規定(とこれに関する判例法理)に基づいて検討されるべきであるはずです。この場合、医学的な面だけでなく、法的な面での検討も必要となりますし、近時の裁判例では解雇プロセスが重視されています。しかし、復職可能性の判断は、医学的な判断が中心であり、復職可能性を見極めるプロセス(お試し出社やリハビリなど)が踏まれるとしても、医学的な面が中心になります。
このように、特に解雇の場合に限定すれば、解雇制度と自然退職制度は、従業員の退職という結果につながる点では同じですが、退職となる理由・背景が異なり、その条件や必要となるプロセスも異なるのだから、両者の判断レベルも異なりうる、ということでしょう。
このように見れば、裁判所は、あえて「債務の本旨」提供可能性とは違うレベルの判断レベルを設定した、と評価することができそうです。
今後は、(仮に本判決をこのように評価できるとした場合)このような二重の基準がルールとして適切かどうか、議論が深まっていくでしょう。
4.実務上のポイント
とはいうものの、実際にこのような判例が出されたということは、今後、同様の事案で同様の判断がされる可能性があるわけですから、同様の事案でどのように対応すべきか、会社としては考えておく必要があります。
1つ目の対応は、医師の診断書で、復職の際に会社が遵守すべき条件を、具体的な配属先と業務に合わせた内容となるまで、やり取りを繰り返してしっかりと詰めておく、という方法です。この事案でも、Xが復職する際にYが遵守すべき条件を数多く列挙した医師の診断書が作成されましたが、そこに記載されている諸条件は一般的な内容に過ぎません。そこで、復職後に与えるであろう業務を具体的に医師に伝え、医師から与えられた諸条件を実現・実行するための具体的な施策やマニュアル(会社にとって実行可能なもの)を作って医師に示し、これ以上の対応はできないが、この内容で復職可能と判断するかどうか、確認しておく、という方法です。
これにより、医学的な問題について、医師も認める方法で業務を命じることが可能となりますので、あとは法律的な問題(つまり、債務不履行といえるような業務遂行状況と業務遂行能力かどうか、を見極めること)だけが残ることになります。医師が、このような環境設定に協力してくれないと実現できない方法ですが、これによって、医学的な問題と法律的な問題が混在する状況を整理することが可能となるのです。
2つ目の対応は、実際にYも検討した方法(但し、Xが受け入れなかったので断念された方法)ですが、高い業務遂行能力が要求されない業務(Yが検討したのは、主に障害者が勤務する関連会社での業務)を与え、処遇もそれに合わせて変更する、という方法です。この方法の場合、従前の条件・給与水準に戻すのではなく、条件を大幅に変更することになりますから、就業規則にそのことを可能とすべき規定などが無ければ、一方的な減給等が違法と評価される危険があります。Xが同意しなかったために、Yが断念した理由も、このような危険によるようです。そこで、復職の際、給与も含めた条件が、その症状などに応じて変更する可能性のあることを明示しておく、等の対策も合わせて必要となるでしょう。
なお、復職の際の減給について、これを認めるべきではないか、という意見もあります。例えば労判1189.27には、復職の在り方について議論している座談会で、指宿昭一弁護士による、「労務提供の程度なり、質なりが変わった場合に、一定の合理的な範囲で賃金を減額することはあり得るのではないか。」という発言があります。休職前と同じ給与を支払うべき水準まで回復しないと復職できない、となりかねないが、能力に応じた給与での復職が可能となれば、復職できる場面が多くなる、という趣旨の配慮があるようです。
最後に、本判決の内容をもう一度整理しましょう。
従業員の属人的な症状を、精神障害による症状と区別し、前者が残っていても復職を認めるべきである、という本判決のロジックは、法的な評価や位置づけが曖昧な「属人的な症状」という領域を作り出し てしまうため、それが医学的な問題(休職可否の問題)なのか、法律的な問題(業務遂行能力などの問題)なのか、という根本的なところで曖昧な状態を作り出してしまいます。
そのため、会社側の対応を極めて困難にしてしまいますが、それでも、上記2つの方法(もちろん、他にもあるはずです)のような対応が検討できそうです。参考にしてください(実践する場合は、会社の状況に応じた固有の問題や、私が見落としている問題があるかもしれないので、専門家に相談してください)。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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