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労働判例を読む#491

※ 司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例
【地方独立行政法人市立東大阪医療センター(仮処分)事件】(大阪地命R4.11.10労判1283.27)

 この事案は、救急医療の中でも特に、難易度の高い手術などを専門とする(三次救急)医師Xが、病院Yの院長との確執などをきっかけに、同じ救急医療でも難易度の低い対応(二次救急)に配置転換された事案です。Xは、新しい担当が業務でないことの確認と、従前の業務をYが妨害しないことを命ずる仮処分を求めたところ、裁判所はXの請求を認めました。

1.2つの法律構成
 裁判所は、Xの請求を認めるに当たり、2つの根拠を示しています。
 1つ目は、職種限定合意があった、そしてXの配転はこの合意に違反し無効である、という根拠で、2つ目は、仮に職種限定合意違反でないとしても、配置転換は権限の濫用である、という根拠です。
 それぞれ単体でも十分、配置転換を無効とするものですが、この手続きが「仮処分」手続であって、本来の訴訟手続きで慎重に判断したわけではないからでしょうか、慎重を期して、2つの根拠が示されたのです。

2.職種限定合意
 1つ目の法律構成は職種限定合意ですが、これは所定の業務だけが担当業務として限定する合意で、専門家を雇う場合によく見かけます。実際、私もいくつかの会社で社内弁護士として勤務していました(労働契約)が、その際、いずれの会社でも、法律業務だけ担当することが合意されていました。これは、職種限定合意が明文で明らかにされている場合です。
 他方、XY間では、このような明文での職種限定合意はありません。
 けれども、三次救急を担当する医師が不足している状況で、そのことを明示して募集し、実際にXも三次救急の経験が豊富であったこと、等の背景を踏まえ、明文で合意していなくても職種限定の黙示の同意がある、と認定されたのです。
 かと言って、明文での合意がなくても良いのか、と簡単に受け止めてはいけません。
 特に職種限定合意は、採用した従業員が会社の業務や社風に合わない場合などに、その従業員の配置転換ができない、ということになり、会社に大きな負担を与えることになりますから、簡単には黙示の合意が認められません。この事案のように、会社側と従業員側の両方に、専門性を前提とすべき事情がはっきりと認められることが必要であり、当然、医師や大学教授など、極めて専門性が高い場合に限定されます。
 この事案は、どのような事情が黙示の合意を認定すべき背景事情になるのか、を見極めるうえで参考になります。

3.権限の濫用
 配置転換の濫用について、本判決は、有名な東亜ペイント事件(最二小判S61.7.14労判477.6)の示した判断枠組み、すなわち①業務上の必要性、②従業員の著しい不利益、③会社の不当な動機・目的、の3つの事情で判断することを示しました。
 とは言うものの、実際にこの事案を分析して評価する過程で、③については言及していません。Yの側の不当な動機・目的を問題にするまでもなく、①Xを二次救急に回す必要性がない(Yの主張する二次救急と三次救急の連携強化の必要性は名目的なものと評価される、など)、②三次救急の専門家としての認定を受けるための必要な手術経験が積めなくなるなど、Xの不利益が著しい、という点が、ポイントです。
 会社による処分の有効性は、今回の配置転換の他にも、解雇や更新拒絶、降格など様々な場面で争われ、裁判所は、いずれも数多くの事情を総合的に評価して判断します。
 それぞれの場面に応じて、判断枠組みは多様です(裁判所は、事案に応じた判断枠組みを柔軟に設定する傾向があります)が、①②に典型的に示されるように、基本となるのは、①会社側の事情と、②従業員側の事情です。
 すなわち、天秤の図をイメージすると分かり易いのですが、一方の皿に会社側の事情、他方の皿に従業員側の事情、支点に当たる部分に、その他の事情(プロセスが特に重要)、を当てはめ、さらに、事案に応じてポイントとなる事情(東亜ペイント事件では、③不当な動機・目的)を追加している、と整理すれば、多くの場合、判断枠組みをより具体的に理解することができます。

4.実務上のポイント
 判決が詳細に認定した事実を見ると、Xは、病院の三次救急部門の所長と事務長に対峙していたようです。Xが三次救急に戻るように様々な活動をしている最中に、所長が退職し、三次救急に関わる医師や関係者がXの復帰を求める嘆願書が提出されており、それでもXを三次救急に戻さなかったのは、事務長の意地が大きな要因だったのでしょう。
 組織内の派閥や人間関係が原因となったトラブルは後を絶ちませんが、それが本事案のように、上下関係で問題となる場合には、構造上、どうしても上司の側の主張が重視される誘因が働きます。
 もちろん、経営の観点から行うべき検討や判断は、現場と異なる面があり、現場の見解と対等に比較しなければならない、と言うものではありません(公平)が、客観的な合理性の裏付けのない経営判断はやはり問題です。経営の判断が現場の判断と異なり得るとしても、「公正」であるべきであり、Yにはそのような「公正」性を担保すべきプロセスや客観性が足りなかったのかもしれません。
 労務管理上の問題としても、学ぶべきポイントです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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