労働判例を読む#208
【福山通運事件】最高裁二小R2.2.28判決(労判1224.5)
(2020.12.17初掲載)
この事案は、会社Yの業務としてトラックを運転していた従業員Xが、業務に関して交通事故(死亡)を起こし、その遺族に損害賠償を行った後、Yに対して損害賠償金の負担を求めて求償した事案です。
1審は、Xの請求を一部認めましたが、2審は、Xの請求を否定しました。
最高裁は、XのYに対する逆求償が認められる、したがって逆求償できる金額を再審査するように、と2審に事件を差し戻しました。
1.逆求償
同じ状況で、XではなくYが、遺族に対して損害賠償をした後、YがXに対して求償した場合を考えてみましょう。
この場合、民法715条3項が適用されますので、YはXに求償できます。
けれども、Yに責任があれば、Yも相応の責任を負担すべきですから、賠償金全額を求償できません。条文上は、求償金額が制限されることが記載されていませんが、過去の最高裁判決(茨城石炭商事事件、最高裁一小S51.7.8民集30.7.689)により、「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に制限される」と判断され、これが先例となっているのです。これにより、例えばYの責任割合が8割であれば、YはXに対し、賠償金額の2割しか求償できなくなります。
では、逆の場合はどうでしょうか。本事案が、この逆の場合になります。
すなわち、Xが遺族に対して損害賠償をした後、XがYに対して逆求償した場合です。
この場合、民法715条3項は適用されません。また、XのYに対する逆求償のルールを定めた規定は存在しません。
このことから、2審はXの請求を否定しました。
けれども、「損害の公平な分担」から見ると、Yが相応の責任を負担すべきである、という状況は、上記の場合と同じです。上記の例によれば、Yは8割分責任を負担すべき状況にあります。
そうすると、2審の示したルールに従えば、従業員が先に賠償金を支払えば、会社は責任を負わなくなるが、会社が先に賠償金を支払えば、会社は8割の責任を負う、という結果になってしまいます。どちらが先に賠償金を支払うのか、という違いが、責任分担方法に大きな違いを生じさせてしまいますが、「損害の公平な分担」を決めるのは、このような賠償をどちらが先にしたか、という先後関係ではなく、事故による損害の発生に関する会社と従業員の関与の程度などによって決まるはずです。
このことから、条文に規定はないけれども、XY間の責任割合に応じた処理ができるように、逆求償が認められたのです。
2.実務上のポイント
逆求償を認めたのは、この最高裁や、この事件の1審が最初ではありません。これまでも、いくつかの下級審裁判所で逆求償が認められており、また、逆求償を認める方が合理的であると一般に評価されているため、この最高裁判決は、それほど違和感なく受け入れられ、今後は逆求償が認められる、というルールが定着していくと思われます。
問題は、どのような事情で「損害な公平な分担」を評価するのか、という点です。
この事件に関して言えば、差し戻された2審がどのような事情をどのように評価するのか、が注目されるところですが、この最高裁判決に付された補足意見の中に、実務上気になる点があります。
それは、Yが自動車保険に加入していなかった点です。運送業者が自動車保険に入っていない点に疑問を抱く人がいるかもしれませんが、いわゆる「自家保険」と言われるように、自動車の数が多く、継続的に一定数の交通事故が発生する運送会社の場合、損害賠償を保険で賄わず、運送会社自身が直接支払った方が、保険料を保険会社に支払う場合よりも安く済む場合があります。この事案のYもそのような「自家保険」を採用していたのですが、補足意見は、Yが任意保険に加入せず「自家保険」で対応したことについて、そのことでXに負担がかかったことを、Yに対する逆求償の金額算定の際に考慮すべき事情として指摘しています。
このように、「自家保険」に加入するかどうか、という問題は、単なる財務上の問題にとどまらず、労務管理上の問題としての面もあることが明らかになったのです。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!