労働判例を読む#549
今日の労働判例
【社会福祉法人紫雲会事件】(宇都宮地判R5.2.8労判1298.5)
この事案は、定年後再雇用された嘱託職員Xが、介護施設Yから支給されるべき様々な手当てについて、正規職員との差異が「同一労働同一賃金」の原則に反して違法である、と争った事案です。
裁判所は、その一部について、Xの請求を認めました。
1.概要とポイント
Xの請求のうち、裁判所が認めたものは、Xに①年末年始休暇・夏季休暇が付与されなかった点です。他方、裁判所が否定したものは、Xに、②期末・勤勉手当と③扶養手当が支給されなかった点です。
このうち、パート法の改正部分が適用される2021年(令和3年)4月以降の同8条・9条が適用されるのは、②期末・勤勉手当の一部であり、それ以外は全て旧労契法20条が適用されます。
論点の関係を、適用される条文の方から整理しましょう。
まず、旧労契法20条について、①がこれに違反し、②の一部と③がこれに違反しない、という結論です。旧労契法20条により、違法となる場合とならない場合の比較ができます。
次に、パート法は②の一部に適用されますが、8条と9条のいずれにも違反しない、という結論です。特に同9条は、これまで正面から議論された裁判例が公開されていないようです(2024年2月当初に、労働判例誌、ウェストロー、判例秘書を検索しましたが、見つかりませんでした。探し方が悪いかもしれませんが。。。)ので、同9条の解釈と適用に関し、参考になります。
適用条文から見ると、②だけ、適用される条文が3つ(旧労契法20条、パート法8条・9条)ですが、結論としては違法ではない、というものです。
2.旧労契法20条・パート法8条
パート法は、その内容が概ね旧労契法20条と同じであり、同様の判断をしていますので、合わせて検討します。ここで注目すべき点は、以下のとおりです。参考のために、パート法8条の規定を引用しておきます(❶~❸は筆者が追加)。
(不合理な待遇の禁止)
第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の❶業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、❷当該職務の内容及び配置の変更の範囲❸その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
1つ目は、判断枠組みです。
これまで、条文に判断枠組みが明記されている(❶職務内容、❷変更範囲、❸その他)一方、最高裁が示した判断枠組みもあり、両者の関係がわかりにくい状況でした。
すなわち、最高裁が重ねてきた判断枠組みの主なものは、❹支給される金額全体を比較するのではなく、個別の手当や条件ごとに比較する(もちろん、個別に比較できない場合にはいくつかの手当・条件をまとめて比較することがあります)、❺比較の際、手当・条件の目的・趣旨を明確にし、その目的・趣旨に照らして合理的かどうかを検討する、❻有期契約者と比較されるべき無期契約者は、原則として原告(有期契約者)が指定する、というものですが、このうちでも特に、❺が、❶~❸とどのような関係にあるのか、分かりにくい関係でした。例えば、日本郵便他(佐賀中央郵便局)事件(最一小判R2.10.15労判1229.5)では、❺の判断について、❶職務の内容・❷変更の範囲・❸その他「につき相応の相違があること等を考慮しても、」という関係性を示したうえで、❺の判断をしています。この表現を見ると、❺は、❶~❸とは独立した判断枠組みと位置付けているようにも見えます。
これに対して本判決は、❺を❸の中で検討しています。すなわち、論点ごと(①~③それぞれ)について、❶❷を検討した後に、❸として❺(これも、さらにいくつかの判断枠組みに整理されています)を検討し、最後に❶❷と❺を取りまとめて結論を示しているのです。
もちろん、大事なのはその中身なのですが、判断枠組みを整理して理解しておくことは、議論を整理し、混乱や誤解を防ぐことにつながりますので、本判決は、議論を整理するうえで参考になります。
2つ目は、各判断枠組みの検討内容です。
まず❶❷です。①~③に共通する判断です。
この点、本判決は結論的に、「中核的業務に本質的な相違はない」「一部について相違は認められる」と判断しました。誤解を恐れずに言えば、概ね同じ、という評価でしょう。
このうち、「中核的業務に本質的な相違はない」の部分は、施設利用者への日常生活上の支援(食事・入浴支援、清掃、洗濯、検温等体調管理、など)であり、これは正規職員と嘱託職員で同じ、ということです。
これに対して、「一部について相違は認められる」の部分は、嘱託職員の場合、運用上夜勤シフトに入らなくなった、シフト調整作業が減った、支援計画書作成業務が減った、各種業務の責任者にならなくなった、主任に就任することはない、という程度の、主に運用上の違いがあるにすぎない、ということです。
このように、制度だけでなく運用の実態も考慮すること、正規職員と嘱託職員の違いは、同一か否か、という二者択一の問題ではなく、程度の違いであること、等が理解できます。
次に❺です。①~③につき、それぞれの制度の目的・趣旨の認定は異なりますが、以下の点は共通する判断です。
すなわち、正規職員の賃金と異なり、長期雇用・年功的処遇などを前提とせず、賃金を引き下げる合理性があること、退職金を支給されていること、基本給は退職時の80%、中堅職員と同等、手取額は退職時の60%、年金受給、等の収入状況であること、嘱託職員の処遇条件は労働組合との交渉で決まったこと、が特に指摘されています。
このように、①~③のうち、共通する部分について、詳細に人事制度とその運用を検証して、それなりに合理性を認めていることが理解できます。どのような事情が考慮されるのかが、参考になるでしょう。
次に①と②③の違いです。ここでは、それぞれの目的・趣旨を判断したうえで、正規職員と嘱託職員の違いが合理的かどうか、を判断しています。
①は、年末年始休暇・夏季休暇の目的・趣旨を、心身の回復、多くの労働者が休日を取ることの考慮、と位置付けたうえで、この目的・趣旨は、嘱託職員にも等しく当てはまる、として合理性を否定しました。
これに対して②は、期末・勤勉手当の目的・趣旨を、本俸・在籍期間に基づいて計算される、という点を根拠に、功労報償・月令給の補完(賃金の後払的性格。生活費補償)と位置付け、正規職員にだけ支払われる点を根拠に、人材の確保・定着(勤務継続の奨励)と位置付けました。そのうえで、上記共通判断部分を根拠に、合理性を認めました。
③は、扶養手当の目的・趣旨を、福利厚生・生活保障、継続雇用確保、と位置付けました。そのうえで、(上記共通判断部分に加え)幅広い世代の正規職員がいる、として合理性を認めました。特に継続雇用、という目的・趣旨は、正規職員にこそ当てはまる、という趣旨でしょう。
以上、2つ目のポイントとして、各判断枠組みの具体的な内容を検討しましたが、❺に関する最高裁の判断基準が実際にどのように活用されるのか、参考になります。
3.パート法9条
この点で裁判所は、同8条との違いを強調しています。まず、同9条を参照しましょう(傍線は筆者が追加)。
(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)
第九条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(<略>)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(<略>)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。
ここで裁判所は、傍線部分「短時間・有期雇用労働者であることを理由として」という文言に注目しています。
すなわち、この文言の意味について、「処遇の相違が有期労働契約であることを理由としたものであることを要する」との解釈を示し、規範として定立しました。
そのうえで、裁判所は、有期かどうかで相違があるのではなく、嘱託かどうかで相違がある、という理由でこれに該当しない、と判断しました。具体的には、上記共通判断部分の中でも、嘱託職員の処遇条件に関し、定年後再雇用者であって、正規職員としての長期勤務後に退職金も支給されていて、労働組合との交渉を通して条件が決まった、という点を強調しています。
嘱託職員も有期契約ですが、有期契約一般としての相違ではない、嘱託職員固有の相違だ、だから「短時間・有期雇用労働者であることを理由として」に該当しない、ということのようです。
たしかに、言葉の意味だけを考えればそのとおり、とも思われますが、実際にこのような解釈がルールであるとすると、有期契約者に共通する手当や条件の相違を設ければ、同9条が適用されるのに、有期契約者をさらに細分化してその一部の者だけについて相違を設ければ、同9条が適用されない、ということになるでしょう。
同9条に関する裁判例が少ないこともあり、参考になる判断です。
4.実務上のポイント
同一労働同一賃金に関する判断枠組みや、実際の判断方法について、これまでの裁判例に沿った部分が多く、議論が整理されるとともに、判断すべき事情や評価について、参考になります。
さらに、パート法9条についても、新しい判断として、参考になります。
パート法9条は、パート法8条と異なり、①②が同一の場合であり、この場合(基本給、賞与その他の待遇のそれぞれに限定された表現ですが)、「不合理と認められる相違を設けてはならない。」という基準(同8条のこの基準は、旧労契法20条と同じです)ではなく、「差別的取扱いをしてはならない。」という基準が適用されます。①②が同一であり、共通する範囲が広いことから、相違を設ける場合の合理性のレベルが高くなっているはずです。
そのため、①②の同一性が必要とされるのと同様に、同9条の適用範囲が狭くなっており、そのために「短時間・有期雇用労働者であることを理由として」という文言が追加されているのでしょうが、上記3で検討したところを見ると、これが、どのように適用対象を限定しようとしているのか、逆に言うとどのような場合を適用対象から外そうとしているのか、ルールとして分かりにくい表現です。
何のために、どのような場合を適用対象外にしようとしているのか、今後の議論のシカが注目されます。
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