労働判例を読む#591
今日の労働判例
【社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件】(最二小判R6.4.26労判1308.5)
この事案は、溶接などの技術を買われて途中入社した技術者Xが、当該事業の縮小・廃止に伴い他の業務に配置転換された事案で、Xが、配置転換が無効であるとして、慰謝料の支払いなどを雇用主Yに対して請求しました(最高裁の判断に関係する部分のみ検討します)。
一審・二審はいずれも、Xの請求を否定しましたが、最高裁は、Yには配置転換する権限がないとして、慰謝料請求権の有無を審理するために、二審の判断を破棄し、事件を二審に差し戻しました。
1.何が示されたのか
最高裁判決なので、先例としての重要性が高く、何についてどのような判断が示されたのかを確定する必要があります。
一審・二審は、XY間に職種限定合意がある、という認定をしたにもかかわらず、配置転換が有効かどうかを問題にし、Xの雇用確保のためであることなどを理由に、配置転換を有効、と評価しました。
最高裁は、この判断を否定し、差し戻しているので、職種限定合意があれば配置転換できない、という判断を示したようにも見えます。
けれども、話は少し複雑です。
というのも、最高裁は、YにXを配置転換する権限がない、という認定をしていますが、配置転換が有効かどうかについて、何ら言及していません。この点の最高裁の表現は、「被上告人(Y)が本件配転命令をする権限を有していたことを前提にして、その濫用にあたらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」というものです。さらに続けて、二審の損害賠償否定部分は破棄されるとしたうえで、「そして、本件配転命令について不法行為を構成すると認めるに足りる事情の有無や被上告人(Y)が上告人(X)の配置転換に関し上告人に対して負う雇用契約上の債務の内容及びその不履行の有無等について審理を尽くさせるため」差し戻す、としています。
会社の人事権の行使が問題になる場合には、①権限の有無、②権限がある場合には、その濫用の有無、③人事権行使の違法性(権限がなかったり、濫用があったりすると、人事権行使は違法となるのが普通)、④従業員の労働契約上の地位や処遇・条件(違法となると、元の地位にあったり、元の給与だったりするのが普通)、⑤損害賠償請求権の有無と内容(違法であると、損害賠償が認められる場合が多い)、という論点が、一般的に、問題となります。
けれども、この最高裁判決は、①②⑤についてだけ言及し、③④について言及していません。一審・二審が言及していないから、最高裁としても言及しようがなかったのかもしれません。
そうすると、以下のような理論構成の可能性が残されているようにも思われます。
1つ目は、①職種限定合意によって配置転換する権限がなく、②濫用を問題にする余地がないが、③例えばXが、解雇されるよりはまだまし、等の理由で配置転換に合意していたと評価される可能性です。そうすると、④配置転換が有効であることが前提となりますので、⑤損害賠償請求は認められなくなります。
2つ目は、①②は同様で、③は違法、④は元の技術者としての地位にあるべきなのに、そうではないことになり、Xにとって不本意な状況にあることが前提になるものの、⑤仕事がなくなってしまうのを避けるために配置転換したのだから、Yには損害賠償義務が発生しない、という可能性です。
たしかに、この2つの可能性は、いずれもそれほど大きいものではないでしょう。会社が権限なく一方的に行う人事上の措置は、契約内容を一方的に変更するもので違法だからです。
けれども、最高裁が言及しているのは、①権限がない、②濫用は問題にならない、という2点に加え、⑤損害賠償の成否について審理が必要、という点だけであり、配転命令が有効・適法なのかどうか、それとは別に損害賠償請求は認められるのかどうか、についての判断は示されていません。
この最高裁判決によって何が示されたのか、差し戻された高裁の判断が注目されます。
2.実務上のポイント
権限がない(①)が、違法(③④)とは限らないのではないか、という点にこだわるのは、職種限定合意があっても、解雇を回避するために止むを得ない場合には適法になる可能性を認めたように読める裁判例が、労働判例誌の本判決の解説部分(1308.9)でも紹介されているからです(東京海上日動火災保険(契約係社員)事件(東京地判H19.3.26労判941.33、ジブラルタ生命(旧エジソン生命)事件(名古屋高判H29.3.9労判1159.16)。
近時の最高裁判例には、判決がシンプルな反面、その内容がわかりにくいものも見受けられ、本判決も、実際にどのような事件の先例となるのか、何についてどのような判断を下したのか、わかりにくい判決です。
職種限定合意の拘束力の範囲やその効果について、問題提起した判決、と評価すべきでしょうか。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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