労働判例を読む#139
【ヤマト交通(組合事務所明渡請求)事件】
東京高裁R1.7.3判決(労判1210.5)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、会社Xが、労働組合Yに24年間無償貸与してきた組合事務所の明け渡しを求めた事案で、裁判所は、Xの請求を棄却しました。
1.法律構成
この事案では、XY間に使用貸借契約が存在しているが、その使用貸借契約を解除できない、という法律構成が採用されました。
すなわち、①ルール(判断枠組み)として、組合事務所の返還を求める正当な理由がある場合には、その返還を求めることができるとし、代替施設を提供したか、組合活動への妨害になるか、等を考慮することが示されました。
そのうえで、②あてはめ(事実)として、Xの事情として、Xが本件事務所を使用する必要性を否定しつつ、Yが本件事務所を使用する必要性を肯定しました。両当事者を天秤にかけて、それぞれの保護の必要性を比較衡量していることがわかります。
さらに、適切な代替施設の提供がないことや、組合活動に対する妨害の意図がうかがわれることも指摘し、Xの請求を否定したのです。
注目されるのは、「不当労働行為」という問題に触れていない点です。労働組合の活動に対する不当な関与は禁止されていますので、そのような観点からXの請求を否定する法律構成も、理論的にはあり得るからです。
なぜ、このような法律構成が採用されなかったのでしょうか。
裁判所は、そのことをわざわざ明示していませんが、以下のような理由が考えられます。
1つ目は、証明のハードルの高さです。
すなわち、不当労働行為、という構成の場合には、Xの請求の不当性をYが証明する必要がありますが、明渡請求の場合には、Xの請求の正当性をXが証明する必要があります。そして、明け渡しを求めているのはXですから、Xがこの両方のハードルを越えなければならないのですが、そうすると、不当労働行為の議論をするまでもなく、明渡請求の議論さえすれば、結論が出てしまうのです。
2つ目は、他の事案(裁判例)との関係です。
これは、この裁判例が掲載されている労判の7頁に記載されているとおり、沢山の裁判例が、使用貸借・これに類する契約として位置付けたうえで、その解約を制限しています。多くの裁判例に沿った解決をすることは、会社と組合との間の紛争に対する解決の方向性について予見可能性を与えることになります。
3つ目は、訴訟手続きの負担の軽減(訴訟経済)です。
仮に、ここで不当労働行為かどうかを争うとなると、XとYのこれまでの過去からの関係全てが問題になる可能性があります。もちろん、過去の経緯が問題にならない場合もあり得ますが、この事案のように長い歴史のある組合の場合は、昔の対応はこれで良かったのに、なぜ急にダメになったのだ、などのように、会社の対応の不当性や合理性を議論するためには、過去に遡った検証の必要性が出てきます。しかも、交渉の経過やプロセスの中での、対応の不当性や合理性が問題になりますから、その間の両当事者の言動や関連性まで検証しなければなりません。
他方、使用貸借契約の解除の可否であれば、上記のように両当事者の事情を天秤にかけることになり、判断枠組みが比較的わかりやすいうえに、やり取りなどのプロセスの詳細まで検討する必要がありません(ある程度は必要ですが)。
このことから、裁判所にとって、不当労働行為の問題よりも使用貸借の問題として位置付けた方が、検討すべき対象が少なくて済むように思われるのです。
2.実務上のポイント
会社経営者にとって、組合対応は、他の企業や消費者との対応に比較すると、全く異なる発想が必要です。
ここでは、組合から賃料を一銭ももらっていないのに、組合側が組合事務所を使用する必要性があると認定評価され、会社側の必要性と対等に(あるいはさらに、より重く)比較衡量されています。経済的な合理性は全く考慮されていません。20年以上、ただで使わせていたのだから、そろそろ返してくれてもいいだろう、という発想ではなく、むしろ逆です。20年以上も使っていて、組合活動の本拠地として定着しているのだから、その本拠地を奪うには相当の合理性が必要だ、すなわち長く使わせるほど立退請求はより一層難しくなっていく、とも思われるのです。
すなわち、この事案のような組合事務所としての使用許諾に関して言えば、組合事務所の提供は会社にとって経済的な見返りがあるものではなく、従業員を数多く雇用する際に発生する固定費・コストと認識するべきものなのです。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?