経営組織論と『経営の技法』#322

CHAPTER 12.3.2:古典的組織変革のプロセス ⑥変革その4 戦略的突出の限界
 しかしながら、ミドルによる戦略的突出が成功であっても、変革の波及が組織全体に及ばないことがあります。ミドルによる変革をより大きくするためには、その変革が組織の中で突出する必要があります。これまでの組織の活動の延長線上にあるような変革では、変革とはいえないからです。
 このような、より大きな戦略的な突出をサポートすることがトップに求められることですが、一方で戦略的な突出が大きければ大きいほど、これまでの活動との乖離が大きく、変革の波及が難しくなります。つまり、「彼らは特別だ」とか「彼らはサポートがあったからできたのだ」 というような認識があるために、戦略的な突出が波及していかないのです。結果として、一時的な変革が起こったが、また元に戻ってしまったということになってしまうのです。

【出展:『初めての経営学 経営組織論』278~279頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018)】
 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村修也・久保利英明・芦原一郎/中央経済社 2019)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 ここでは、突出しすぎが問題にされています。すなわち、戦略的突出が過ぎると、従業員にかえって受け入れられない、という現象が紹介されています。
 これを、前回と同様、リスク対応(リスクセンサー機能とリスクコントロール機能)や従業員の意識(ベクトル)の観点から見てみましょう。
 前回は、徐々に変革するのではなく一気に改革する「戦略的突出」が必要な理由として、イメージを共有させるだけでなく、従業員に様子見や妨害を意識させず、この船に乗り遅れてはいけない、乗るからには早い段階からその貢献を認められたい、という動きを作り出す点を指摘しました。つまり、組織での人々の動きを知っていればこそ、様子見や妨害を考えている人のベクトルを、変革を積極的に支持・支援する方向に変えさせて流れを作り出すことが可能となるのです。
 この観点から見ると、戦略的突出が過ぎる場合とは、やはりこの船に乗ろうという意欲を従業員に抱かせることに失敗した場合といえるでしょう。突出感が足りなくてこのような意欲を抱かせられなかったのか、突出感がありすぎてこのような意欲を抱かせられなかったのか、という違いはありますが、この船には乗れない、という評価が生まれてしまうところが、共通する1つの理由と思われます。
 この分析から見えるポイントを2つだけ指摘させてください(他にもありでしょう)。
 1つ目は、経営的な戦略や戦術は、決して二者択一であったり、どちらかが正しくてどちらかが間違い、といったりするものではなく、程度の問題である、という点です。過ぎたるは及ばざるがごとし、です。
 2つ目は、戦略的突出の問題にばかり囚われるのではなく、ここで示した「乗るべき船かどうか」のような(そして、後者の視点であれば足りない場合と行き過ぎな場合の共通点が見えてきます)違った視点からも分析し、何が問題なのかを立体的に把握することが重要である、という点です。
 たしかに、行き過ぎた戦略的突出と、戦略的突出が足りない場合とでは、現象としてかなり違った問題が生じます。だから、このような違いを具体的にイメージしておき、実際の経営の過程で生じる問題を早めに気づくことが重要です。しかし同時に、このような問題を突き詰めると同じ問題がある、ということに気づくと、対応の幅が広がっていきます。
 このように、違った視点からの分析は、どちらが正しいのかという問題ではなく、どのように組み合わせれば役に立つのか、という問題なのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 投資家である株主から投資対象である経営者を見た場合、本文の視点から見れば経営者に求められる資質の1つが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」であることが理解できます。他方、上記の「リスク対応」の視点から見れば経営者に求められる資質の1つが、従業員の気持ちを乗せる方法の問題であることが理解できます。
 経営者には、このような多角的な視点を持ち、自分自身の立ち位置や置かれた状況、やろうとしていることの意味や受け止められ方を客観化し、冷静に分析する能力も欲しいところです。

3.おわりに
 ここでは、現象面の多様性を理解するツールとして「戦略的突出」、背景にある組織的構造的力関係を理解するツールとして「リスク対応」、それぞれが適用されることが分かりました。経営のツールは、学問的に見ると基本的であまり面白くない領域の中にも、見つけることができるのです。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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