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労働判例を読む#131

【国・伊賀労基署長(東罐ロジテック)事件】
大阪地裁平30.10.24判決(労判1207.72)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、従業員Xがパワハラによって精神障害が発病したとして、労基署Yに対して労災の支払いを求めたものです。裁判所は、労災を認定しました。

1.判断枠組み(ルール)
 労災は、第一次的には労働基準監督署が認定しますが、その行政判断に不満がある場合には、訴訟でその判断の合理性が検証されます。
 ここで、労災認定されるためには、業務上の疾病が発生したことを意味します。ポイントは2つあり、①精神障害の場合、「ICD-10(国際疾病分類)第5章」に該当すること、②業務との間に「相当因果関係」があること、です。
 このうち、①「ICD-10」は、国際的に標準的な分類ですが、これに該当しない場合でも、業務と疾病との間に相当因果関係があれば、労災補償の対象になります。本事案では、ICD-10第5章のF32の「うつ病エピソード」が問題になりました。
 また、②「相当因果関係」の判断については、「心理的負荷による精神障害の認定基準」が策定されていて、行政官だけでなく裁判所も、この判断枠組みを合理的なものとして尊重し、これに沿った判断が行われます。この「認定基準」は、本来は行政処分の公平性や迅速性を確保するために策定されており、実際、裁判例によってはこれを修正して適用している場合もありますが、本事案の裁判所は、他の裁判所と同様、「認定基準を参考にしつつ、個別具体的な事情を総合的に考量して」判断する、としています。
 すなわち、①②いずれも、第一次的には行政上の基準が参考にされるものの、場合によってはこれと異なる判断がされる余地があるのです。
 しかし、実際にこの事案では、行政上の基準が修正されることはありませんでした。裁判に先行する労基署は、労災該当性を否定しましたが、裁判所はこれを覆しました。覆したのは、ルールの違いではなく、事実認定(あてはめ)の違い、ということになります。

2.①のあてはめ
 裁判所は、専門家医師の意見、すなわち、適応障害発症から改善せずに6か月以上継続すれば「うつ病エピソード」に移行したと思われる、という意見に基づいて、適応障害発症時期と、それが6か月以上継続したかどうかを、証拠に基づいて詳細に認定しています。
 しかし、両者の違いについて、専門家でも説明の方法が異なります。また、裁判所はうつ病エピソードについて、3つの兆候のうちの2つ以上が満たされるかどうか、という観点から評価していますが、例えば厚労省のHPでは、DSM-IVという診断基準が紹介されています。そこでは、いくつかの要素が指摘され、そのうちAとして、9つの症状のうち5つ以上が2週間存在していること、としています。
 このように、うつ病の認定は非常に難しいところ、裁判所はうつ病の認定に関する専門家の意見を、一種の判断枠組み(ルール)と見立て、適応障害とうつ病との違いを認定しました。
 うつ病は、労災の中でもなかなか認定されない疾病です。その中で、一応確からしい専門家の意見を拠りどころに、①「疾病」該当性を判断するという評価手法は、あくまでも裁判所が個別事案の認定のために採用した特殊なものにとどまるのか、今後、他の裁判例や行政上の判断の中で採用されていくのか、注目されるポイントです。

3.②のあてはめ
 裁判所は、日常的に、しかも相当悪質な「嫌がらせ、いじめ、又は暴行」に該当する対応をしていたことを認定し、それがストレス強度「強」の程度である、と認定しました。これは、②「認定基準」29項に該当する事項であり、そこに例示されたものとは異なりますが、個々のハラスメント行為をバラバラに評価するのではなく、日常的継続的に行われていたことなどを「総合的に勘案」したうえでの結論です。
 労基署が、労災該当性を否定した理由は確認できませんでしたが、もしかしたら、労基署が1つひとつの行為をバラバラに評価したのに対し、裁判所は一体として評価したことが、違いをもたらした原因かもしれません。

4.実務上のポイント
 裁判所は、特に②に関し、その他の単発のハラスメント行為も認定し、それぞれは「中」「弱」であっても、上記3の事実を補強しています。
 上記3と合わせてみると、単にエピソードをバラバラに評価するのではなく、一連の大きなストレスが日常的継続的に加わっている状態と、単発のエピソードを対比させてストーリーをリアルにし、説得力を高めようという文章構成になっているように思われます。
 逆にいうと、裁判所を説得する立場から見た場合、ストーリーの具体性を訴えることの重要性を再認識させてくれる裁判例である、と評価することが可能です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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