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労働判例を読む#436

【アルデバラン事件】(横浜地判R3.2.18労判1270.32)

※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、看護師Xが、居宅介護サービスを提供する会社Yに対して未払賃金等の支払いを求めた事案です。緊急看護対応のための待機時間が労働時間かどうか、早出残業や居残残業はどうか、昼休みに労働していたかどうか、管理監督者に該当するかどうか、固定残業代の合意があったかどうか、休日の振替えが行われていたかどうか、など、労働時間と給与に関する数多くの論点が争われました。
 裁判所は、そのうちのいくつかについてXの主張を認め、Yに対し、合計約1800万円の支払いを命じました。ここでは、特に注目すべき論点について検討します。

1.早出残業と居残残業
 同じ残業でも、始業時間前に出社した「早出残業」と、就業時間後に職場に残っている「居残残業」では、労働時間として認められるかどうかについて、大きな違いがあると言われます。すなわち、早出残業の場合には、例えば通勤ラッシュを避けたいとか、始業前に気持ちを盛り上げたり、仕事と言えないような雑用を片付けたりしながら、ダラダラとメールの整理などを行っており、とても就業時間中の業務と同程度の密度の仕事とは言えない場合が多いでしょうから、原則として労働時間とは認定されません。他方、居残残業の場合には、仕事が終わっているのにダラダラと居残るよりも、少しでも早く終わらせて帰りたいと考えることが多いでしょうから、仕事もそれなりの密度で行うことになり、原則として労働時間と認定されます。もちろん、それぞれ例外がありますし、このことが当てはまるのはホワイトカラーの場合が典型的であり、全ての労働者に該当する普遍的なものでもないでしょう。
 けれどもこの判決は、早出残業と居残残業に関する一般的な考え方を採用しています。
 すなわち、早出残業については、始業時間前に仕事をしていたことを認める証拠がない、として労働時間に該当しないとしました。他方、居残残業については、仕事が終わっても居残っていたことを認める証拠がない、として労働時間に該当するとしました。労働時間と認めるかどうかについて、原則が逆になっているのです。

2.管理監督者
 労基法上の管理監督者に該当すると、時間外手当などの支払いが不要になります(労基法41条2号)ので、従前、かなり広い範囲で管理監督者を認めてきた会社が多くあります。
 けれども近時は、この認定が厳しくなってきました。裁判例で見ると、管理監督者性を判断する判断枠組みに関し、「経営との一体性」が重視されるようになってきました。これは、チームのリーダーとしての権限をどれだけ沢山持っているのか、という積み上げ方式の判断方法ではなく、経営者と一体となって会社全体の舵取りをしていると言えるかどうか、という上から下におろしていく判断方法と言えるでしょう。つまり、リーダーとしての権限を多少有していたとしても、会社全体の方向性を決定するなどの経営上の判断権限や責任を負っていなければならない、ということになります。従業員から出世してリーダーとなって部下が増えていく、という量的な変化で測るものではなく、むしろ、使われる側でなく使う側になったかどうか、という質的な変化で測るもの、という見方もできるでしょう。
 そしてこの判決も、施設の管理を任されていると言っても、経営には関与していない、という点を様々な方向から検討し、管理監督者性を否定しています。管理監督者性に関する最近の厳しい傾向を示す具体的な事例、と評価できるでしょう。

3.固定残業代
 Yは、管理監督者としての手当は固定残業代である、とも主張していますが、固定残業代が何時間分の残業に相当する者か、等の明確性と、それに対する明確な合意が存在しないという理由で、Yの主張が否定されました。このような判断基準は、近時、ルールとして定着してきたもので、特に目新しいものではありませんが、給与体系や労務管理がしっかりとしていない会社が、ときどき苦し紛れに固定残業代として手当を支給していたと主張することがあります。厳しい言い方ですが、そのような苦し紛れの主張がなされ、否定された事例、と評価することができるでしょう。
 ここで特に注目すべきポイントは、固定残業代出ないと評価された場合の影響です。
 ここでは、管理者としての手当について、固定残業代出ないと評価されたのですが、その結果、割増賃金から控除されない、というだけでなく、「かえって、通常の労働時間の賃金(労働基準法37条1項)に該当し、割増賃金の算定基礎に含まれる」と明示されました。つまり、ある手当が固定残業代出ないと評価されると、支払額を減らす効果が無くなるだけでなく、逆に、残業代を増やす要因となってしまう、というのです。
 したがって、本事案のように、管理監督者性が否定された場合には固定残業代、というような大雑把な検討では、固定残業代として認められることはとても考えられない、ということになるでしょう。管理監督者としての手当と位置付けるのであれば、残業代の発生する一般従業員のための固定残業代という説明をすることなど、理論的に矛盾し、考えられないからです。

4.実務上のポイント
 さらに本判決は、携帯を持たされて緊急対応のために待機していた「待機時間」について、労働時間であることを認めました。労働から「解放」されたかどうか、という基準は、かなり古くから確立している基準ですが、実際に出動した頻度が一般的に1/8程度であること、等、実際の頻度も重要な要素とされています。その他にもどのような事情が考慮されたのか、という点も含め、「待機時間」に関する参考となります。
 このように、本事案はとてもたくさんの論点を含みますが、近時は、このように数多くの論点が問題となる裁判例が数多く見かけられます。労務管理のルールや実際の運用が不完全な場合には、とても数多くの問題を一挙に顕在化してしまうのです。
 労務管理のルールや運用をしっかりと検証し、確立することは、無用なトラブルを避け、安定した経営をするためにとても重要ですので、弁護士や社労士に相談しながら、じっくりと検証していきましょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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