労働判例を読む#495
今日の労働判例
【学校法人宮崎学園事件】(福岡高宮崎支判R3.12.8労判1284.78)
この事案は、定年を超えて1年ごとの有期契約で雇用されていた大学教員Xが、給与制度改定後の更新契約によって給与が約2割減額されたため、従前の給与との差額の支払いを大学Yに対して求めた事案です。
1審は、Xの請求を否定しましたが、2審は逆に、Xの請求を概ね認めました。
1.1審と2審の違い
1審と2審の違いから先に整理しておきましょう。両者の一番大きな違いがどこにあるのか、という点ですが、一番大きいのは、X側の不利益の評価です。
すなわち、1審ではYの経営が非常に厳しい状況にあり、経営再建のために人件費削減の必要性が高かった、と評価していますが、2審もこの点について、概ねそのまま同じ評価をしています(高度な必要性は無いが、必要性は相当高かった、という微妙な表現ですが、1審の判断を正面から否定する部分はありません)。
そのうえで1審は、有期契約者の減給可能性が予め明記されていたこと等を主な理由に、人件費削減の必要性の方を重視したのですが、2審は、Xの不利益が大きい点を重視し、Xの請求を認めました。
そこで、1審の判断を中心に、人件費削減の必要性を判断する際のポイントを検討し、次に、2審の判断を中心に、給与削減される労働者の受ける不利益を評価する際のポイントを検討しましょう。
2.人件費削減の必要性
ここではまず、Yの経営状況を、特に財務状況を中心に検討しているところがポイントでしょう。ここでは、①どのような指標を重視するか、②いつの時点で判断するか、③経過なども考慮するのか、について裁判所が着目しています。
まず、①どのような指標を重視するのか、という点です。
1審・2審いずれも、消費収支差額(収入から、校舎・備品等の取得費や教育研究・管理運営等の事業活動費を控除した額)、定員充足率、人件費依存率(授業料等収入に対する人件費支出の割合)を中心に、さらに長年にわたって継続的に取り組まれてきた人件費抑制策を考慮しています。
特に、人件費依存率は、教育事業を営むYの経営状況を見極める指標として、財務分析の観点から見て、きっとかなり有効な指標なのでしょう。事業の内容に応じた指標で、財務分析がされる点が注目されます。例えば、「学校法人梅光学院(給与減額等)事件」(山口地下関支判R3.2.2労判1249.5、労働判例読本2022年版57頁)も、同じく学校での人件費削減の有効性が争われた事案ですが、帰属収支差額、資金剰余額(帰属収支差額①に減価償却費を加えたもの)、流動比率(流動負債に対する流動資産の割合)、流動資産超過額(流動資産から流動負債を差し引いた金額)、固定比率(純資産に占める固定資産の割合)、純資産構成比率(資産に占める純資産の割合)、有利子負債率(資産に占める有利子負債の割合)、外部負債に対する金融資産の倍率、外部負債の金融資産超過額、換金可能な金融資産、有利子負債+長期借入金、資産に占める純資産(自己資金)の割合、といった指標が用いられて、合理性が検討されました(学校敗訴)。
次に、②評価すべき時点です。
これは1審でだけ触れられていることですが、定員充足率や人件費依存率が(裁判所は、改善傾向は認められないとしていますが)仮に改善傾向であるとしても、それは給与制度改定後の変化であって、給与制度改定の必要性を左右しない、と評価しています。
次に、③経過です。
1審・2審いずれも、長年さまざまな人件費抑制策を講じてきた点を、人件費削減の必要性を判断すべき事情と位置付けています。ずっと取り組んできても苦境を脱出できないことが、本格的な人件費削減の必要性を裏付ける事情である、ということでしょうか。
より大規模で、よりインパクトの大きいリストラ(例えば、大規模な整理解雇)の場合には、さらに、このような人件費削減の必要性だけでなく、人員削減をした場合としない場合のシミュレーションなど、人件費削減の必要性だけでなく、危機的状況を回避するための経営上の選択肢として、人件費削減の合理性まで説明できることが求められる場合があります。
2審が1審の判断を覆したのは、Xの被る不利益の方が大きい、という点ですが、その背後には、不利益をXに負わせることが合理的かどうか、という意味で、人件費削減の合理性が問題にされている、と見ることもできそうです。
3.労働者の受ける不利益
1審は、最低限の保障があったわけでなく、むしろ有期契約者の給与は理事長が決定できるなど、減額されることが予め示されていた点を重視し、Xに「大きな不利益があるとはいえない」としました。
けれども2審は、概要、以下のような事情を指摘しています。
❶ 年俸20%削減。
❷ これまでの人件費削減策は、緩やか(見送った年もある)で、小さい(せいぜい2%)。
これに対し、Xについては、一挙に20%、経過措置・代償措置なし、無期契約者は対象外。
これは、無期と有期の間に不均衡、さらに有期の中でも不均衡。
❸ Xが教授に昇進し、重責を担うようになった時期に、20%減額。
❹ 50%削減された従業員と比較できない(前提条件が違う)。
❺ 生徒減少などで2割程度負荷が減った、という事象は、Xだけの問題ではない。
❻ 給与以外の諸手当も、比較すべき前提条件が違う。
ここで特に注目されるポイントの1つ目は、有期契約者であるXが、無期契約者よりも、さらに他の有期契約者よりも不利益が大きい点です(❷❹❺❻)。
これは、同一労働同一賃金の原則と同様の視点です。また、上記2の最後で触れたように、経営の責任で回避すべき経営危機の不利益をXに負わせて良いのか、という意味で、人件費削減の合理性の問題に関連すると見ることもできそうです。
2つ目は、❷に関し、Yによる人件費削減の努力が不十分であったために、Xの給与が一挙に20%も削減された、という意味も読み取れるでしょう。これは、整理解雇の場合に要求される判断枠組み(整理解雇の4要素)で言えば、解雇回避努力に相当します。
このように、労働者の不利益に関し、1審のようにXとYの間の関係だけで見るのではなく、他の従業員や会社の経営再建の在り方全体との関係で見る、という意味で、より広い視野で評価された、と整理することができるでしょう。
4.実務上のポイント
判断枠組みは、労契法10条に示されたものがベースとなっています。Xの雇用条件は、毎年の契約で決まるものですが、その背景にある統一的な雇用条件がそのまま契約内容となっているため、就業規則の変更と同じ状況にあるからです。
けれども、特に上記3で指摘したように、整理解雇の4要素で示されたような事情が、本事案では特に労働者の不利益、という広い枠の中で考慮されています。
最近の裁判例では、事案に応じた柔軟な判断枠組みが設定されることが多くなっており、本事案でも、労契法10条の判断枠組みをアレンジする(整理解雇の4要素に近づける)ことも可能だったはずですが、1審・2審はそこまで踏み込みませんでした。
その代わり、特に2審は、整理解雇の4要素で示されるような事情を考慮して、柔軟に判断しています。
従業員に不利益を与える会社側の判断の有効性が議論される場合には、判断枠組みも重要ですが、どのような事情がどのように検討されるのか、という具体的な中身が重要です。その意味で、本判決が重視した事情と、その評価方法も、今後の参考になります。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?